「別世界というのはあるし、転生というのも可能である。ならば足りないのは発想と技術なのだろう」
「おっ、来たのね」
女性はそう言った。
「やっと、なのかな。あんたの星では」
言葉が口を出ないのは、緊張からか、動揺からか。単に喉が渇いているからかもしれないな。
彼女は宇宙人ではないのだろうし、俺がタイムリープしたというわけでもないのか。
「そんなにジロジロと見ないで頂きたいな。私も乙女なわけだから」
「あ...すまん」
掠れつつ、放つ。
「うん、それで、なにか訊きたいことはある?」
あなたの身長、それは一体おいくつですか。
高身長の女性は確かにかっこいいが、それには度というものがある。戦国の世を描いた漫画で、それはもう像のように巨大な女性が登場したが、武士としての誇りとともに、女としての恥じらいを感じているようだった。
「起きましたか」
もう一人、眼鏡を垂れ目の男がやってきて、なるほど、と。
「そうよ! 全く。私が特別デカいってわけじゃないんだからね」
照れつつも指を向ける彼女だが、いくら何でも、可愛らしいとは思えそうにない。
「ここでは、ワタシでさえも、平均以下なんですよ。センチで言いますと、270くらいです。ワタシはね」
「それで私は250!」
俺は寝ているし、垂れ目の男と情緒のおかしい女は座っているが、違う。
指の太さが違う。呼吸の量が違う。毛穴の一つ一つがよく観察出来て...気味が悪い。
「250か、大きくなったね」
「はぁ!? 私はまだまだ小さいし!」
「今年で19だろう? 学校の背の順が後ろだって、喜んでいたじゃないか」
「ちっがーう! あれは嘘! 間違い! 若気の至りってやつ! 身長なんて小さい方がいいに決まってんでしょ!」
そうして俺を睨む。
国が違えば、もちろん基準も異なるわけだけど、ここまでとは。
「その...」
「大変失礼しました」
男が制止し、女は不満な顔を作って見せる。
「少しお話をしましょうか」
「ぜひ...お願いしたい」
女はそっぽを向いて、だが、携帯を見るでもなく、眠るでもなく、あくまで意識はこちらに向けている。
「ここはね、君たちの言うところの、異世界なんだよ。別世界、そうさ、別世界」
「別世界...死んだってことでしょうか」
「そうだねぇ。死んだというよりかは、転移の方が近いのかもしれないね。だけど、君たちは、何をもって死とするか、少々複雑だから、転生と言っておこうか」
「転生。んじゃ、俺は前の世界、地球で死んで、そんでここに生まれ変わった、と?」
「いいや、違うんだよ。君は死んでなんかいないさ。一度も。でも、そうだね、地球での君はきっと今頃抜け殻のようになっているはずだから、そういう考えでは死んだのかもしれないね」
「そう...なんだな」
地球に置いてきた...という表現が正しいかは分からないが、心残りのようなものは、ない、わけじゃない。
「ええ。本当は、貴方も大きくなれたのですよ。私くらい」
「ったく」
女が舌を打ち、男は宥めるように目を細め笑う。
「ワタシどもは、貴方の脳みそを現像したのみですからね。体や毛というのは付属品です。おもちゃの塗装のようなものですよ」
「脳みそ? 意識だけがこっちに来たってことか?」
「厳密には異なりますね。脳みそが、構成されたのです。この世界で。たった先ほど。そして貴方は目を覚まされた。成功です。お祝いが遅れてしまいましたね。おめでとうございます」
「喜ばしいことなのか?」
「それはどうでしょう。貴方次第としか、ワタシには言えませんね」
男はカカカと緩やかに微笑む。
「んじゃ、なんでこんなことしたんだ」
今の話を聞いて、俺の心、いや、脳なのか、には怒りの感情が湧いてくる。
「それはワタシどもには分かりません。ただ、貴方の方から飛び込んできたのですから」
「はぁ?」
「例えば、そうですね。網を仕掛けていたのです。そこに、川を遡って、貴方がやってきた。それだけでです」
「俺が悪いってか?」
「悪いなんてことはありませんよ」
「目的はなんだ。網ってことは、食おうってか?」
「ほほっ、例が悪かったですね。好奇心ですよ。好奇心。ああ、決してワタシ一人の、ではないので、ご安心を」
「誰が安心できるかっての」
「ワタシも可能ならそうしてあげたいのですが...」
男は顔をしかめ、手元のデバイス(これまた、やはり大きい)をのぞき込む。
「地球には、用意がないようですから」
「用意?」
「ええ。ワタシどもには用意がありますから、いつでも受信可能ですし、構成可能なわけです」
「...脳みそをか?」
「全く、その通りですね」
「異世界人の脳みそを複製して、呼び出して、どうするって? 監禁でもして、実験漬けの日々か? えぇ?」
「......落ち着いてくださいね。来たのは貴方です。貴方が、送信をした。たまたまワタシが受信をした。それからはオートマチック。貴方の脳みそがこちらで生成され、ともにオリジナルは朽ち果てた」
「...そりゃ俺が悪いんか? そりゃないだろうよ」
「そうですね。ですのでこれは貴重なサンプルになりそうです」
「戻れねぇのか、地球には」
「ですので、あちらに用意があれば...」
「あーー! パパはいつも説明が抽象的すぎんのよ!」
女がズタズタと歩いてきて、机にバンと手をつく。
「いい? 脳みそってのは復元可能なわけ。化学組成とその配置さえ分かれば量産できる、でしょ? ネジも本も、同じこと。座標(2,2,6)にはグリア細胞、座標(4,9,-2)はシナプス間隙。そんな風にちょーーーー細かく設計図を作れば、あとは素材なんてどうにでもなる。パパが言ってた送信ってのはこのこと。あんたが、あんたの脳みその座標データを、狂いなく、ちょーーぜつ細分化して送ってきたわけ」
「...そんなことしてないが」
「現にあんたがあんたとしてここに居るのが証拠でしょ」
「仮にデータを得たとして、俺の脳はなにで出来ている?」
「そりゃもう、過去の人の脳みそ一択でしょ。あんた、冴えないわね」
「過去の人...」
「そう! あんたみたいにこっちに来た人もいれば、また同じようにどっかに行く人もいる。その人の脳のデータは、また別の世界で息を吹き返すけど、器はもう必要ない。物質ごとに分解して、こうして、貯蔵する」
彼女のポンポンと叩くタンクには、茶色のゲル状。よく見ると細い管が俺のおでこのあたりに突き刺さっている、ように思える。
「回ってるわけ」
「回る...。脳の成分の配置、それをどこか別の世界に送って、その世界で複製してもらう。元の脳みそは形だけのゴミになって意識や個性は伴わない」
「そ、消されるの。ルール」
「だから、要らなくなった脳は分解して、貯める。そして、どこからかデータが送られてくれば、その人の脳を、人格を作る」
「いいね、やるじゃん、あんた」
「......なんでそんなことするんだ」
「あんたの星でも同じでしょ。好奇心、一択」
終




