落ち葉のワルツ
秋も深まり、音楽の街は黄金色の光に包まれていた。
木々の葉は赤や橙、黄に染まり、やわらかな風にそよぐたび、さらさら……ぱらぱら……と小さな音を落としていく。
街の広場は、まるで自然の楽譜の上に置かれたピアノの鍵盤のように、落ち葉で埋め尽くされていた。
ソラは広場の中央に立ち、足元の落ち葉をそっと踏む。
かさっ、かさっ……
一歩ごとに、葉が乾いた音を立てた。
その音が、街全体の空気に溶けて、ほのかに温かいリズムを生み出す。
「……すごい。音が……こんなにたくさん!」
足元の小さな音が、風に乗ってどんどん広がっていく。
まるで落ち葉ひとつひとつが、独自の声を持っているかのようだった。
その時、広場の空気がひゅっと震え、落ち葉の山からかすかな光が立ち上った。
ゆらゆらと、三拍子のリズムに合わせて踊る光ーーそれが“ワルツの精”だった。
精は透明な羽を持ち、衣は秋の色そのもの。
赤や黄の落ち葉がひらひらと身体にまとわりつき、舞いながら回るたびに光を放つ。
その姿は、目で追うだけで胸が高鳴るような美しさだった。
「ようこそ、ソラ。落ち葉のワルツの時間だよ」
精の声は、落ち葉の音とぴったり同じリズムで響き、まるで三拍子の旋律そのものが話しかけてくるようだった。
ソラは息を呑み、足元の落ち葉を見つめる。
かさ、かさ、かさ……
足を踏み変えるたびに、三拍子が自然と生まれる。
左足、右足、また左足……
それだけで、葉の音がひとつの旋律になることに気づいた。
「そう、この街ではね、音には流れと形があるの。ただ鳴らすだけじゃなくて、順番と強弱を意識することで、世界そのものが踊りだすのよ」
ワルツの精は空中でくるりと回り、落ち葉を風にのせて舞わせた。
葉が空中で交差し、舞台のような広場全体にリズムを作り出す。
ソラの目の前で、落ち葉はまるで音楽のノートのように、目に見える形でリズムを描いた。
ソラも無意識のうちに足を動かす。
左、右、左……
落ち葉は足の動きに合わせてかさっ、かさっ、かさっと応え、広場は一瞬にして大きな舞踏会場になった。
「音には、形があるんだ……」
ソラの声は小さく震えた。
今まで聴いてきた音楽は、楽器や歌として存在していたけれど、落ち葉のワルツは違った。
音そのものが物体となり、空気や風、光や影と一体化している。
触れるように、見るように、感じることができる音だった。
「その通り。音はただの音じゃない。流れがあって、形があって、そして触れられるもの。だからこそ、この街では音がいつも生き生きとしているのよ」
精が笑うと、空中で光の輪が広がり、落ち葉がさらに激しく舞った。
風が通り抜けるたび、葉は互いにぶつかり、さらさっ、かさかさっ、ぱらりと変化する。
リズムは一定ではなく、微妙に揺らぎながらも、美しいワルツを描き続ける。
ソラは目を閉じ、心の中でリズムを受け止めた。
落ち葉の音が身体を通り抜け、血の流れと共鳴する。
そのうち、どの音が左足で、どの音が右足で、どの音が手の動きと重なるのかが自然と分かるようになった。
「ソラ、踊ってみて」
精の言葉に従い、ソラは手を広げて小さなステップを踏む。
左、右、左……
落ち葉は喜ぶように舞い、空中で光の軌跡を描く。
街の広場全体が一つの巨大な楽器になったかのようだ。
ソラの心は、音とリズムに完全に包まれた。
悲しさも不安もなく、ただ音に従い、流れに身を任せる。
それだけで世界が楽しくなる感覚。
「わあ……! こんなに音って、生きてるみたいなんだ……!」
精は微笑みながら、空中でくるりと一回転した。
光の尾が落ち葉に映り、赤や橙、黄色の光の渦がソラを取り巻く。
音と光と空気が一体となり、まるでソラ自身もそのワルツの一部になったかのようだった。
その夜、街は静かに風とともに眠りに入る。
だが広場にはまだ、葉の小さな響きが残り、微かにかさっ、さらっ、ぱらりと揺れている。
ソラはその音を胸に刻んだ。
音の街で生きる者として、流れと形を理解する第一歩を踏み出した証だった。
音には、形と流れがある。
それを感じられるようになると、世界はもっと豊かになる。
ソラは静かに深呼吸をして、落ち葉のワルツの旋律を心に抱えた。
秋の夜風はやさしく、広場の木々を揺らしながら、ソラに新しい季節の物語をそっと運んでくるのだった。




