表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/13

秋の風車と記憶のカノン

 秋が音の街にやってくると、空気はひんやりと澄み、どこか遠くから透明な風が吹き抜けていく。

 その風に運ばれて現れるのが“風車の街”だった。

 普段は丘の向こうに隠れているが、秋になると風に乗り、ゆっくりと街全体が移動してくると言われている。

 ソラがその街へ足を踏み入れたとき、無数の風車が回る音が重なり合い、まるでひとつの大きな曲のように響いていた。

 ひゅう……

 くるる……

 からから……

 風車の羽は木でできたもの、紙でできたもの、小さな金属のものまで様々で、ひとつひとつが違う音色を奏でている。

 ソラは思わず立ち止まり、耳を澄ませた。

 ーーこれは……合奏だ。

 風の力だけで、たくさんの風車たちが奏でる旋律。

 それは秋らしく切ないのに、どこか懐かしい温かさがあった。


 街の中心には、ひときわ大きな風車塔が立っている。塔の羽根は緩やかに回り、回転するたびに深い音色が響いた。

 ぽうん……ぽうん……

 まるで誰かが遠い昔に使っていた大きなオルガンの音のようだ。

 そのとき、

 ひゅう……ひいん……

 風が急に強まり、ソラの頬に触れながら吹き抜けた。

 そして、風に混じって、ソラの知らない“はず”の音が、耳元にそっと降りてきた。

 たん、たん……

 たらり……

 小さな鐘のような、ゆるやかなリズム。

 どこかで、いつか、聴いたことがある。

 でも、それがいつなのかは思い出せない。

「……なんだろう、この音……?」

 不思議に思いながら風の方へ歩いていくと、ソラの足元に、小さな風車が転がってきた。

 木でできたそれは、羽根に薄い赤い模様がついている。

 拾い上げた瞬間、

 ころん……ころり……

 風車が音を鳴らした。

 ソラの胸が、きゅっと熱を帯びた。

(この音……知ってる……)

「その風車、懐かしい音がするでしょう?」

 声のした方を見ると、柔らかい金の髪を風になびかせた老人が立っていた。

 風車職人らしく、腰にはいくつもの小さな工具が下げられている。

「おじいさん……この音、なんだか前にも聞いたことがある気がして……」

「そりゃあそうだよ。ここは“記憶のカノン”の街だからね」

 老人は風車塔を指差した。

「あの塔を中心に、秋の風は“過去に触れた音”を集めて運んでくるんだ。聞く者の記憶に、一番近い形でね」

 ソラの瞳がゆっくりと揺れた。

「じゃあ……これも、僕の記憶……?」

「そうさ」

 老人は穏やかに笑った。

「君が小さいころ、どこかで耳にした音なんだろう。たとえ忘れていても、音は消えない。風がまた運んでくれる」

 ソラは木の風車を胸元に抱いた。

 耳をすませる。

 ころん……ころり……

 風に合わせて優しく鳴る音は、遠い昔の匂いと一緒に響いてくるようだった。

 不意に、ほんのかすかな映像が胸の奥に灯った。

 夕暮れの窓辺。

 あたたかい影。

 誰かが、やさしく指先で小さな風車を回していた。

 そこで記憶は途切れる。

 はっきり思い出せないのに、胸の奥がぽっと温かくなる。

「……なんだか……あたたかい気持ちになる」

「それが記憶のカノンの音さ。風車は、ひとりひとり違う“思い出の旋律”を持っている。思い出せなくてもいい。ただ、その音が君を包むなら、それで十分なんだよ」

 老人はそう言って、ソラの肩にそっと手を置いた。

 風がまた吹き抜ける。

 街中の風車が一斉に鳴る。

 ひゅう……

 くるる……

 かららん……

 ぽうん……

 無数の音が重なり、秋だけの大きなカノンとなってソラを包み込んだ。

 ソラは静かに目を閉じた。

 風の音が、昔から自分の中にあったように感じられる。

 その音に導かれるように、一歩踏み出す。

 胸の奥が温かいまま、ソラはつぶやいた。

「……また、聞きに来よう。きっと、まだ思い出しきれていない音があるはずだから」

 その言葉を聞いたかのように、風車塔がゆっくりと深い音で応えた。

 ぽうん……ぽうん……


 秋の風がソラの背中を押し、風車の街はまた、移ろう季節とともに静かに歌い続けた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ