秋の風車と記憶のカノン
秋が音の街にやってくると、空気はひんやりと澄み、どこか遠くから透明な風が吹き抜けていく。
その風に運ばれて現れるのが“風車の街”だった。
普段は丘の向こうに隠れているが、秋になると風に乗り、ゆっくりと街全体が移動してくると言われている。
ソラがその街へ足を踏み入れたとき、無数の風車が回る音が重なり合い、まるでひとつの大きな曲のように響いていた。
ひゅう……
くるる……
からから……
風車の羽は木でできたもの、紙でできたもの、小さな金属のものまで様々で、ひとつひとつが違う音色を奏でている。
ソラは思わず立ち止まり、耳を澄ませた。
ーーこれは……合奏だ。
風の力だけで、たくさんの風車たちが奏でる旋律。
それは秋らしく切ないのに、どこか懐かしい温かさがあった。
街の中心には、ひときわ大きな風車塔が立っている。塔の羽根は緩やかに回り、回転するたびに深い音色が響いた。
ぽうん……ぽうん……
まるで誰かが遠い昔に使っていた大きなオルガンの音のようだ。
そのとき、
ひゅう……ひいん……
風が急に強まり、ソラの頬に触れながら吹き抜けた。
そして、風に混じって、ソラの知らない“はず”の音が、耳元にそっと降りてきた。
たん、たん……
たらり……
小さな鐘のような、ゆるやかなリズム。
どこかで、いつか、聴いたことがある。
でも、それがいつなのかは思い出せない。
「……なんだろう、この音……?」
不思議に思いながら風の方へ歩いていくと、ソラの足元に、小さな風車が転がってきた。
木でできたそれは、羽根に薄い赤い模様がついている。
拾い上げた瞬間、
ころん……ころり……
風車が音を鳴らした。
ソラの胸が、きゅっと熱を帯びた。
(この音……知ってる……)
「その風車、懐かしい音がするでしょう?」
声のした方を見ると、柔らかい金の髪を風になびかせた老人が立っていた。
風車職人らしく、腰にはいくつもの小さな工具が下げられている。
「おじいさん……この音、なんだか前にも聞いたことがある気がして……」
「そりゃあそうだよ。ここは“記憶のカノン”の街だからね」
老人は風車塔を指差した。
「あの塔を中心に、秋の風は“過去に触れた音”を集めて運んでくるんだ。聞く者の記憶に、一番近い形でね」
ソラの瞳がゆっくりと揺れた。
「じゃあ……これも、僕の記憶……?」
「そうさ」
老人は穏やかに笑った。
「君が小さいころ、どこかで耳にした音なんだろう。たとえ忘れていても、音は消えない。風がまた運んでくれる」
ソラは木の風車を胸元に抱いた。
耳をすませる。
ころん……ころり……
風に合わせて優しく鳴る音は、遠い昔の匂いと一緒に響いてくるようだった。
不意に、ほんのかすかな映像が胸の奥に灯った。
夕暮れの窓辺。
あたたかい影。
誰かが、やさしく指先で小さな風車を回していた。
そこで記憶は途切れる。
はっきり思い出せないのに、胸の奥がぽっと温かくなる。
「……なんだか……あたたかい気持ちになる」
「それが記憶のカノンの音さ。風車は、ひとりひとり違う“思い出の旋律”を持っている。思い出せなくてもいい。ただ、その音が君を包むなら、それで十分なんだよ」
老人はそう言って、ソラの肩にそっと手を置いた。
風がまた吹き抜ける。
街中の風車が一斉に鳴る。
ひゅう……
くるる……
かららん……
ぽうん……
無数の音が重なり、秋だけの大きなカノンとなってソラを包み込んだ。
ソラは静かに目を閉じた。
風の音が、昔から自分の中にあったように感じられる。
その音に導かれるように、一歩踏み出す。
胸の奥が温かいまま、ソラはつぶやいた。
「……また、聞きに来よう。きっと、まだ思い出しきれていない音があるはずだから」
その言葉を聞いたかのように、風車塔がゆっくりと深い音で応えた。
ぽうん……ぽうん……
秋の風がソラの背中を押し、風車の街はまた、移ろう季節とともに静かに歌い続けた。




