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光る川と水琴の橋

 夏の名残がゆっくりと夜に沈んでいく頃、音の街には“光る川”と呼ばれる不思議な小川が姿を現す。

 昼の間はただの澄んだ川なのに、夜になると、水面がふわりと光を帯び、まるで星が溶けて流れているように見えるのだ。

 その川の上には、一年のうち夏の終わりにだけ現れる“水琴の橋”がそっと浮かびあがる。

 ソラが川辺に着いたとき、夜気はまだ少しだけあたたかく、足元に広がる水面は淡い青の光を放っていた。

 きん、ころん、ころり。

 水琴の橋から、かすかな音が降りてくる。

 水が揺れるたび、橋の下にある無数の小さな音の粒が鳴り合って、柔らかい旋律になって流れてくる。

 ソラは息を呑んだ。

 なんて静かなのに、なんて豊かな音なんだろう。

 橋は手すりこそあるものの、材質は光そのもののようで、踏み出そうとすると足が沈んでしまいそうな感覚に襲われる。

 だが、一歩踏み出した瞬間、

 しゃらん……

 透明な鈴をふるわせたような音が足元から返ってきた。

「ようこそ、ソラ。」

 突然、川の流れの中心から、小さな人影が水面を割るように現れた。

 長い髪が水のように揺れ、衣は流れそのもの。目の前の存在は、まぎれもない“水音の精”だった。

「き、君は……水の音の……?」

「ええ。私はミレ。光る川の守り手よ」

 ミレは水滴のように澄んだ声で笑った。

 足元の水が、彼女の感情に応えるように小さな波紋となって広がる。

 ソラはその美しさに圧倒されつつ、橋を渡りながらミレに続いた。

 橋の上を歩くたび、音が降りてくる。

 ″ちり"

 ”ころ”

 ”しゃりん”

 音の一粒一粒が夜風に混じり、川の光をゆらめかせた。

「ソラ。あなたはもう、この街の“季節の音”をひと通り聴き始めているね」

「うん……街中の音が、前より近く聞こえるんだ」

 ミレは満足そうにうなずき、そっと指先で川面をなでる。

 すると、水面がふわりと高く盛り上がり、遠くの景色を映し出した。

 それは、街のはずれに立つ、細く高い影。

「ミレ……あれは……?」

「“無音の塔”」

 ミレの声が、さざ波のように低くふるえた。

「この街で一番古い場所。すべての音が生まれ出る前に、最初に存在していた場所とも言われているわ」

 ソラは息をのんだ。

 音の街に、音がない塔……あまりに矛盾しているようで、逆に意味があるようにも感じられた。

「どうして“無音”なんだろう……?」

「それは……ソラが近づいたとき、きっとわかるわ」

 ミレは優しく、水の流れをすくうようにソラの手を取った。

「でもね、ひとつだけ覚えていて。塔は“無音”だけれど、けっして“何もない”わけじゃないの」

 ソラの胸が静かに脈打つ。

 橋の音がまたひとつ、ころりんと響いた。

 ミレは光る川の中央まで来ると、足を止めた。水音と夜風が、ふたりの間をすり抜けていく。

「ソラ、あなたは音の街に選ばれた子。季節の音を聴き続ければ、塔があなたを呼ぶ日が来る」

「僕を……?」

「ええ。音はね、ただ鳴るだけじゃない。選ぶの。聞く人を。受け取る人を」

 ソラには、その言葉の重みがすぐには理解できなかった。

 ただ、胸の奥で、静かな音がひとつだけ鳴った気がした。

 水琴の橋がやさしく光を増す。

 ミレがふわりと舞うと、彼女の髪からこぼれた雫が、橋の上で小さくはじけた。

 ぴ、とん、りん……

 それは、どこかで聴いたことのある子守唄のような響きだった。

「ソラ。あなたが次に聴くべき季節の音が、もう近くまで来ているわ。」

 そう言い残し、ミレは川の光に溶けるように姿を消した。

 残されたソラは、ゆっくりと橋を見つめた。

 そして気づいた。

 橋の音が、さっきより深く、遠くまで響いている。

 ソラは胸に手を当てた。

 水音が教えてくれた“無音の塔”。

 それはきっと、ただの謎ではない。

 自分がこの街に導かれた理由と、どこかつながっている。

 光る川が静かに流れ、夏の夜はゆっくりと深まっていく。

 ソラは橋を渡りきると、ふり返り、そっと一言つぶやいた。

「……次の音、ちゃんと聴きにいくよ。」

 その声に応えるように、川の光がやさしくゆらいだ。

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