夏の通りと太陽のドラム
梅雨が明けた日、音楽の街は一気に色を取り戻した。
空はどこまでも青く、街の屋根は陽ざしを跳ね返してきらきらと光る。
いつもより風の歩幅まで軽くなったようで、街の路地の影は少しずつ短くなっていく。
ソラは朝からそわそわしていた。
街のあちこちで、どん……どん……と、胸の奥まで響くような太いリズムが鳴っている。
まるで大地の底から響いてくるように、街全体が振動している気さえした。
「これが……“太陽のドラム”?」
ソラがつぶやいたそのとき、通りの向こうから、暑さをまとった風が吹き抜けた。
熱をはらんだ風は、ドラムの低音と混ざり合い、通りを跳ねるように駆け抜けていく。
ソラは通りへ足を踏み出した。
通りは、一言でいえば“お祭りの道”だった。
白い石畳は太陽を受けてまぶしく輝き、建物の壁には色とりどりの布が垂らされている。
赤、黄色、オレンジ、濃い青……
まるで色そのものが踊っているようだった。
そしてなにより、この街の夏を象徴する楽器、太陽のドラムが、通りの真ん中にずらりと並んでいた。
大小さまざまな太鼓が、円を描くように置かれている。
表面は半透明で、陽光が当たると中まで光が差し込み、火の玉のように明るく見えた。
太陽の力を少し借りて作るドラム、と聞いたことがあったが、実物を見ると確かにただの楽器ではないと分かる。
ソラが近づくと、不意に太鼓の一つが熱を宿したように震えた。
どん……!
それは誰も触れていないのに鳴ったのだ。
次の瞬間、別の太鼓が答えるように響く。
どどん……!
どん、どどん!
太鼓たちは勝手に会話を始め、通りは低音のうねりで満たされた。
「太陽のドラムはね、自分たちで叩くのよ」
背後から声がして、ソラが振り返ると、明るい金の髪をした音の精が立っていた。
姿は人間の子どもほどだが、その肌は熱を帯びて少しきらきらしている。
陽気で、笑う前からもう笑っているような目をしていた。
「ぼく、ソラ。君は?」
「フレア。夏の精よ。暑いのとリズムがだいすき」
フレアがパッと手を広げると、太陽のドラムたちはその合図に応えるように、一斉に高く力強く鳴り出した。
どおおおん!
どどん、どどどん!!
体の中心を揺らすような振動がソラを包み、胸の奥がびりびり震えた。
なのに、不思議と苦しくはない。
むしろ体中の血が喜びで走り出すような感覚だった。
「すごい……! これ、ぜんぶ太陽のリズム?」
「うん。太陽の光が強いほど、音も強くなるの。夏の街は、一年でいちばん“心臓が速くなる季節”なのよ」
フレアが両手を叩くと、太鼓の音に合わせて風が強く吹いた。
旗がはためき、布が踊り、街の住人たちまで身体を揺らしはじめる。
ソラも自然と足が動いた。
太鼓のうねりが足の裏から響き、膝、腰、胸へと伝わる。
リズムが体の中心に入り込んで、心臓の鼓動とぴたりと合っていく。
どん、どん、どん!
「ソラ、走ろう!」
フレアが手を取ると、ソラは思わず笑ってしまうほど軽く走り出した。
通りを駆け抜けるたびに、太陽のドラムが応援するように鳴る。
どどん!
どん、どどん!
「わあ……! まるでドラムがついてきてるみたい!」
「ついてきてるのよ! ソラのリズムにね!」
フレアは楽しそうに跳ね、ドラムの間を縫うように踊る。
ソラもつられてステップを踏むと、太鼓がまるで返事をするように音を重ねる。
強いリズム、軽い跳ねる音、深く響く重低音ーーそれらすべてが混ざり合い、通り全体が生き物みたいに動き出していた。
「ソラ、聞いて。夏のリズムはね、“生きてる音”なの。悲しい音でも、眠るような音でもなくて…… 『今、ここにいる!』って叫ぶ音なのよ!」
フレアの言葉に、ソラは胸が熱くなるのを感じた。
ーー今、ここにいる。
その言葉に呼応するように、ソラの中のリズムが大きく跳ねた。
心臓がドラムの音と重なって、体の内側で太陽が燃えるようだった。
どん、どん、どどん!
ソラは思わず声をあげ、全身を使って跳ねた。
フレアが笑って手を叩く。
他の音の精たちーー風の精、水の精、火の粒のような精までが集まり、ソラを取り囲むように踊る。
街の人々も、観光客も、子どもも大人も、誰もがステップを踏む。
太陽のドラムは空へ向かって音を投げ、空は光の粒で返事をする。
祭りのような時間が、いつまでも続くように思えた。
やがて太陽が少し傾き、影が通りの端へ伸び始めたころ、フレアがそっとソラの手を握った。
「ソラ。今日、あなたは夏の鼓動を覚えたわ。これはね、弱気を吹き飛ばす音。迷いを振り払う音。生きる力をくれる音よ」
ソラは深く息を吸った。
空気の中には、太陽の匂い、汗の匂い、熱い風の匂い、そしてなにより……
太鼓の余韻がまだ強く残っていた。
「うん……! なんだか、胸の中が力いっぱいになったみたいだよ!」
フレアは満足げに頷き、
「それが夏の魔法。ソラはもう、夏の音をちゃんと持ってる」
そう言って、夕陽に照らされながら、フレアの身体は金色の粒になって空へ溶けていった。
ソラはしばらく、太陽のドラムの真ん中で立ち尽くした。
胸の奥ではまだ、どん、どん、と余韻の火が燃えている。
まるで太陽のかけらが入ったみたいに、身体が温かくて軽かった。
その温かさを確かめるように胸に手を当てると、ソラは静かに笑った。
(夏の音って、すごい)
(ぼくの心の中まで、こんなに明るくしちゃうなんて)
その日は、日が沈んでも街のドラムはしばらく鳴り続けていた。
ソラの胸の中の太陽のドラムもまた、まるで新しい友だちみたいに、かすかに、そして力強く響いていた。




