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番外編 願いのオルゴール

 音楽の街の片隅、古い路地の奥に、ほとんど忘れられたような小さな建物があった。

 木の扉には細かい模様が彫られ、窓から漏れる光は淡く、まるで昼間でも月明かりのように柔らかかった。

 その建物の中には、古いオルゴールがひっそりと置かれていた。

 街の伝承によると、このオルゴールは「願いをひとつだけ叶える音を鳴らす」と言われている。


 ソラは扉をそっと開け、建物の中に入った。

 埃を含んだ空気が鼻をくすぐり、古い木の香りが漂う。

 オルゴールは小さな台の上に置かれ、銀色の装飾が月光にかすかに反射して輝いていた。

 その旋律はまだ鳴っていない。静かに待っているようだった。

「一つだけ……か」

 ソラはつぶやき、手をオルゴールにかざす。

 これまで街で出会った人々や精霊、四季の音たち……たくさんの心の旋律が浮かび上がる。

 誰の願いを叶えるべきか、それは一つだけ。

 選ぶ責任が胸に重くのしかかる。


 春の精が優しく微笑む。

「花が咲かない小道の願いを、忘れないで」

 夏の精は太陽の光を浴びながら、静かに囁く。

「川に迷った小魚の願いも、覚えておいて」

 秋の精は落ち葉を舞わせ、声をかける。

「風に揺れる葉の願いもあるのよ」

 冬の精は雪の結晶を指でそっと触れ、淡く言った。

「寒さで眠る命の願いも、忘れずに」


 ソラの胸は揺れる。

 すべての願いが、胸の中で柔らかく響き、まるでオルゴールの中に眠る音符のように並んでいる。

「誰の願いを叶えれば……」

 手がかすかに震える。選ぶことは、同時に他の願いを後回しにすることだから。

 静かな呼吸の中で、ソラは思い出した。

 街を歩く中で、心の奥でそっと響いた声ーー小さな音符が迷子になった日のこと。

 街中を駆け回り、捕まえたときに生まれた新しい旋律……その瞬間、街全体が喜びに包まれたこと。

 そして、自分が奏でた音や出会った精たちの笑顔、迷子になった音符が街に新しい希望を運んだこと。

「僕が……叶えたいのは……」

 ソラは目を閉じ、胸の奥の音に耳を澄ませる。

 誰のためではなく、街全体のために響く音。

 それが自分の願いなのだと気づく。

 オルゴールに手をかけ、深く息を吸った。


 手を回すと、オルゴールの内部で小さな歯車が音を立てて動き出す。

 澄んだ旋律が静かに広がり、街に溶けていく。

 音は、春の花のつぼみを揺らし、夏の川に光を反射させ、秋の落ち葉を舞わせ、冬の雪に淡いきらめきを与える。

 街の住人たちは気づかぬうちにその旋律に心を委ね、優しい微笑みを浮かべて歩いていた。


 ソラは静かに立ち、胸の中で歌うように小さな旋律を奏でる。

 オルゴールの音と自分の心の音が重なり、街全体に新しい希望を描く。

 願いは一つだけど、その響きはすべてに届き、誰もがその恩恵を感じることができる。


 夜空に月が高く昇る頃、オルゴールの旋律は静かに終わりを告げた。

 でも、街にはまだ余韻が漂い、住人たちの心には優しい温もりが残っている。

 ソラはそっと手を離し、微笑んだ。

「これで……街のみんなが、少しだけ幸せになれる」

 街の片隅で、古いオルゴールは再び静かに息を潜める。

 願いを一つ叶えた後も、次の夜にまた、新しい旋律を待っているかのように。

 ソラは建物を後にし、月光に照らされながら歩く。

 胸の中に残る音は、街の四季と住人たちの笑顔とともに、静かに、でも確かに生きていた。


 そして、街の夜は静かに眠りにつき、オルゴールの願いの音は、ソラの心と街の未来に、優しく灯り続けたのだった。

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