雪結晶のエチュード
冬の街は、雪の訪れとともに静けさを増していた。
朝の光は柔らかく、建物や街路樹の屋根に積もった雪を淡く照らす。
踏みしめる雪の音も、街のざわめきも、どこか遠くへ吸い込まれてしまったかのように、空気は澄んでいた。
ソラはマフラーを巻き、手袋をはめながら広場に足を踏み入れる。
空から雪がひらひらと舞い落ち、ひとつひとつが個性的な形を描きながら地面に積もっていく。
ソラは思わず目を見開いた。
「……雪って、ただの白じゃないんだ……」
雪の結晶は、光を受けて小さな光の粒のように輝き、落ちるたびに、ちりり……ちり……と微かな音を立てる。
その音は雪の量が増すにつれて、まるで繊細なオーケストラの小曲のように積み重なり、空気に淡い旋律を描き出していた。
「これは……雪のエチュードなんだ」
ソラは足元の雪を見つめ、耳を澄ませた。
雪のひとつひとつが持つ音はわずかで、ほとんど聞き取れない。
けれど無数に降る雪が重なると、それは透明で柔らかく、どこか懐かしい旋律になる。
その旋律は不安や切なさを運びながらも、どこか優しく、心を抱きしめてくれるようだった。
雪の舞う広場の中心に、ひときわ強く光る存在が現れた。
薄く透き通る氷の衣をまとった、小さな雪の精。
精の名はリュス。雪結晶の音を守る者だという。
「ようこそ、ソラ。冬の夜の雪結晶エチュードへ」
リュスの手からこぼれた光の粒が、雪の舞う空気に溶け、ひらひらと音を伴って踊った。
ソラがその場に立つと、雪が彼の周囲に舞い降り、まるで小さな旋律の川に包まれるような感覚になった。
「雪って……ひとつひとつ音が違うんだね」
ソラは小さくつぶやいた。
「ええ。雪結晶は同じ形を二度と作らないように、音も一つとして同じではないの。一粒ごとに微かに異なる旋律を持ち、それが降り積もることで、世界に新しいハーモニーを生むのよ」
リュスが指先で雪の粒を弾くと、
ちりん……
ころり……
微かな音が空中で重なり、空気がふわりと震えた。
その音は、ソラの胸の奥に届き、少しの不安も、やさしさも、同時に運んできた。
雪って、怖いのに優しい。
冷たいのに、心が温かくなる。
ソラは小さな声で笑った。
降る雪の音に包まれると、孤独だった冬の広場も、恐ろしい寒さも、ふっと軽くなる。
「さあ、ソラ。雪の旋律を受け止めてごらん」
リュスがそう言うと、雪の舞う量が増し、空気が密になった。
ひとつひとつの雪が、足元、肩、髪、手のひらに触れるたびに、ちりり……ちろり……と異なる音を奏でる。
その音は耳だけでなく、体全体に響き、まるで無数の小さな楽器がソラの周囲で演奏しているかのようだった。
ソラは雪の中を歩き出した。 踏むたびに雪が音を立て、風が雪粒を運び、雪結晶の旋律が絶え間なく変化する。
自分の足のリズムに合わせると、雪はまるでダンスの相手のように応えてくれる。
「うわ……すごい……」
ソラは立ち止まり、両手を広げた。雪が空中で舞い、光と音の波が彼の周囲を包む。
リュスは微笑みながら言った。
「雪はね、心の中にある不安も、悲しみも、受け止めてくれる。でも同時に、やさしさや温もりも教えてくれる。 雪のエチュードは、そうやって人の心を映すのよ」
ソラは目を閉じ、深く息を吸った。
雪のひとつひとつが語りかけるように、心の中で旋律を奏でる。
音の濃淡や高さ、リズムの揺らぎまで、雪結晶のエチュードはすべて意味のある音として響いた。
降る雪が夜の光に照らされてキラキラ輝く。
ソラは思わず口を開き、低くつぶやいた。
「……僕、この旋律、忘れたくないな」
リュスは頷き、ふわりと雪の舞う中に溶けていった。
広場にはまだ雪が降り積もり、ちりん、ころん、ぱらりと音を立てながら、ソラの胸に優しく残った。
雪結晶のひとつひとつが奏でるエチュードは、冬の夜の静けさと温かさを同時に教えてくれる。
ソラは雪の旋律に包まれたまま、静かに微笑み、次の季節に向けて歩き出す準備をしていた。




