転移者なのに勇者じゃなかった俺と、死んだ真の勇者
勇者が死んだ。
魔王に鉢合わせて、一瞬だった。
「また首がつながれば、再び一戦しようぞ」
その言葉を残し、勇者は首をはねられ、椿の花のようにぽとりと落ちた。
王様の送り出しの言葉を思い出して、身がすくんだ。
「狂い咲きの椿が、吉兆であることを祈る。」
魔王に唯一対抗できるはずの勇者の剣も、真っ二つに折られて泥に沈んでいる。
高笑いしながら闇に消えていく魔王を、俺たちは指一本動かせず見送るしかなかった。
血と泥にまみれた勇者の亡骸。
THE勇者──そんな言葉がぴったりの男だった。
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俺は異世界に転移したとき、自分こそ勇者だと思っていた。
凄い魔法を手に入れ、城に呼ばれ、魔王討伐を頼まれたのだから当然だ。
だが、すでに勇者はいた。
体格がよく、人当たりがよく、
「転移してきた人が僕以外にもいて安心しました!」
なんて、真っ青な空みたいな笑顔を向けてくる大学生。
騎士団とも、学者とも、食堂のスタッフともあっという間に打ち解けて、訓練にも全力で励む。
さらにあいつは、どんな些細な噂話でも拾ってきては熱心にメモしていた。
「北のほうで、頭だけで空を飛ぶ魔物が見られたらしいですよ!
もし魔王の力と関係していたら、大変ですから!」
与太話にしか聞こえない噂でも、あいつは真剣だった。
魔王を倒すために、できることはすべてしようと、必死に。
そんなやつが──死んだ。
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「考えよう。魔王を倒す方法を」
俺がそう言うと、三人はただ顔を上げるだけだった。
誰も声を出せない。風の音だけが虚しく吹き抜けていく。
「勇者が死ぬなんてことあるのかよ」
狩人のつぶやきに、胸が締めつけられた。
昨夜、二人きりのときに初めて漏らした勇者の弱音が脳裏をよぎる。
「怖いんです。倒せなかったらどうしようって。
僕に魔王が倒せるのかって。
できることは全部したつもりなんですけど……不安が消えなくて」
俺にできたのは、その背中を軽く叩いてやることだけだった。
そりゃそうだ。
見送りの王でさえ「椿の狂い咲きは吉兆であることを祈る」なんて不吉なことを言うくらいだ。
不安になるなというほうが無理だ。
狩人のつぶやきに、元騎士団長も第2王子も、心が折れた顔をしていた。
その顔がおかしくて、俺は乾いた笑いを漏らした。
「死ぬだろ。あいつはただの大学生だったんだぞ」
三人はハッと息を呑む。
異世界に投げ込まれたただの大学生が、無敵の存在になるわけがない。
“勇者が魔王を封じる”という伝承を信じすぎていたんだ。
「勇者が死んだ瞬間に何もかも終わりだなんて、
全部あいつに背負わせる気か」
もう一度言うと、今度は三人とも強く頷いた。
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魔王を倒す方法を考えるうち、奇妙な噂が浮かび上がった。
魔王は“新たな神”を名乗り、
首を落とされても死なず、
何度も復活する。
その性質は──
俺の世界にも似た伝承があった。
「勇者が殺されたとき、魔王の存在も揺らいだ気がします」
第2王子の言葉に、狩人も元騎士団長も同意する。
「隙があった」
「魔素が乱れていた」
ならば、今なら倒せるかもしれない。
「作戦がある」
そう言うと、三人は強く頷いた。
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二度目に魔王と相対した瞬間、俺にもわかった。
確かに魔王の内側には、一度目とは違う揺らぎがあった。
元騎士団長が体当りし、魔王の注意を引く。
狩人は、勇者の剣の破片を第2王子の髪でしっかりと結わえた矢をつがえる。
第2王子の髪には、祈りを魔王へ届かせるための意味があった。
本来なら自ら近づき、直接触れて祈りを流すはずだった。
だが彼は戦えない。
だから代わりに、自分の髪を縄のように矢へ繋ぎ、
矢が魔王の肉を裂いた瞬間、その髪を通して祈りを送り込むつもりだった。
狩人が放つ矢。
だが魔王の周囲の魔素は乱れており、そのままでは押し返される。
「いけ──!」
俺は風魔法で矢を押し、運んだ。
風が矢を包み込み、魔王の額へと真正面から導く。
矢が刺さった瞬間、俺はさらに風で体を加速させ、魔王に飛びつき、
矢を深く押し込んだ。
第2王子の髪はまだ矢と繋がっている。
その祈りが魔王へ突き刺さったのが、肌でわかる。
魔王が叫ぶ。
「我が首や、いずこ!!」
次の瞬間、魔王は塵となった。
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「なんだったんだ、あれは……」
呆然とする元騎士団長。
俺は舞う塵を見送りながら答えた。
「俺の世界の怨霊だよ。
首を落とされてもなお怨みを残し、空を飛んだ──そんな伝説のある存在だ」
第2王子は息をのんだ。
「だから、勇者では倒せなかったのですね……」
狩人は意地悪い笑みを浮かべて言った。
「じゃあ、お前のこと勇者って呼んだほうがいいか?」
俺は首を横に振った。
「俺は勇者じゃない」
俺が勇者じゃなかった。
勇者は死んだ。
魔王と差し違いになって
魔王を倒して死んだんだ。




