#1 勇者、スナイパーに狙撃される(プロローグ)
買い物客で賑わう商店街に、女児用のベビー服を着た勇者『早目野パブロフ』が現れた。
身長およそ3メートル。
体重は300キロほどか。
自慢のベビー服に、銃で撃たれたような穴があいている。
イケメンなのに、左右の乳首を出して優雅に歩く彼は、別の意味で勇者なのかもしれない。
夏に涼をもたらすはずの風鈴の音は、今日に限って通行人たちの恐怖心をあおる。
勇者を見上げたお年寄りは、白目をむいて経を唱えはじめる。
背筋を伸ばしたネコがスキップをして逃げてゆく。
表情ひとつ変えることなく、乳首まる出しの勇者は目的地へと急いだ――。
「遅いぞ。パブロフ」
食べ放題の文字が輝く焼肉店の前で、ヤリを携えた長髪の老人が勇者の到着を待っていた。
老人の名は『ノーデンス』。
旧神と呼ばれる謎めいた神性の最高神である。
ちびっ子たちにカンチョーかまされても、ノーデンスは笑顔を崩さない。
そんな彼の趣は、プレゼントを忘れてきた半裸のサンタクロースに見える。
「凄腕のスナイパーに狙撃されたらしい。おかげで左右の乳首が顔を出してしまった」
「オマエのベビー服姿は破壊力が高すぎる……」
彫像を思わせる筋肉モッコリの容姿とは裏腹に、柔和な笑みを浮かべるノーデンス。
巨大勇者の装いにダメ出しをしてくる。
「アンタも人のことは言えないだろ。なんだ、そのカーテンみたいな白い服は? 右肩と右乳首だけ出して恥ずかしくないのか? 回すと金庫が開きそうな乳首だが――」
言いながら、パブロフがノーデンスの乳首を右にまわした。ノーデンスの長いヒゲが徐々に短くなってゆく__。
左にまわせば旧神のヒゲがアゴに収納される様子は、シャーペンとボールペンが合体した筆記用具を想起させる。
「カーテンみたいな服ではない。ニトリンで買ったカーテンだ。着こなしについては捨て置け。あえて言うなら、動きやすいというところか」
ノーデンスは、反撃とばかりにパブロフのスネを小刻みに蹴とばしている。
「ダイエット中の俺を焼き肉に誘うなんて新種の拷問か? 先に言っておく。食後、すぐにウ〇コが出るタイプでな。俺は勇者だが、肛門は駆け出しの冒険者だ。レベル1の肛門から“電気を帯びた勇者”が顔を出すかもしれんぞ」
通行人から飛んでくる冷たい視線をもろともせず、声高らかにパブロフが宣言した。
ノシリと歩いていたパブロフが突然歩みを止める。
歩道に貼られた黄色いステッカーらしきものに視線を落とした。
「電気を大切に! トーキョー電力!」
パブロフは覚えたての魔法を試したかったのだろう。
『G→』というマークめがけて雷属性らしき魔法をぶっ放す。
さきほど宣言したとおり、彼の肛門さまからピリっと飛び出てきた。
上空に暗雲が立ち込め、雷鳴が轟く。
雲を割って走ってきた光の矢は、ステッカーを瞬時に消失させた。
いまだ消えない光の矢の行き先を確認したパブロフは、「よし!」と満足気に拳を握りしめる。
「よしではない。勝手に剥がしてはいけないのではないのか?」
「そうなのか? ここにゴキブリが居るというサインかと俺は思っていたが」
「地中にあるガス管の位置を示すマークのはずだ。それにしても、私が授けた最高レベルの魔法を街の中で試すとは……」
地面に跳ね返された光の矢をくらったノーデンスが、顔面を押さえながらパブロフに文句をとばした。立派なヒゲが陰毛のごとくチリチリになっていることに、ノーデンスは気づいていない。
「威力は申し分ないが、年に1回しか撃てないって制約はどうにかならないのか?」
「Gのステッカー退治は来年にしろ。話しの続きは店に入ってせんか?」
「そうだな。路上で漫才をしている感じだからな。どうでもいいが、ヤリは長すぎて店に持ち込めないと思うぞ」
「このヤリはな、邪悪なものを退ける効果がある。いうなれば、虫よけスプレーのようなものか。携帯可能な結界ともいえる代物でな。命の次に大事なものだが――」
揚々と語るノーデンスの言葉をさえぎり、4メートルを超える三叉槍をパブロフが奪う。
破壊することはもちろん、キズひとつ付けられないと言われているトライデントを、パブロフは軽々とへし折った。
「“虫よけスプレー”の棒だけもらっていいか? 俺は呪いのせいで武器が装備できないんでな」
パブロフは、ヤリの三叉の部分をノーデンスの胸元に押し付けた。
「オーマイガー! 私の大事なトライデントが……」
ノーデンスは眦に涙を溜めて呆然と立ち尽くす。
「どの神に祈りを捧げているんだ? 最高神のアンタが言うと笑えないな」
そんなやり取りをしながら、大男ふたりが『焼き肉バイキングでヨロレイヒ♪ 』という名の焼肉店へと吸い込まれていった。




