#0 勇者、水の精霊と業務委託契約を交わす(プロローグ)
青い全身タイツの少女が、突風みたいに駆け抜けた。
真昼の商店街。
少女の顔にはラーメンどんぶりをヘルメットのように括りつけている。
ただのファッションではない。
店を飛び出す時につけた“犯行アイテム”だ。
「食い逃げ事件だ! 誰か、あの青く光ってる変態を止めてくれぇ!」
白い割烹着の店主が、のれんを弾き飛ばし、麺の湯気をまとったまま参上した。
「ワシの特製チャーシュー麺を、そのまま頭にのっけて逃げるなんて……前代未聞だ!」
少女は風のごときスピードで逃げる。
その姿は“炭水化物を守る勇者”にも見えた。
だが――。
角から現れたのは、本物の勇者『パブロフ』だった。
彼の身長3メートル。
イケメンなのに女児用ベビー服を着用した姿は、まさに邪道系勇者。
ラーメンどんぶりヘッドの少女を見るなり、勇者パブロフはすべてを理解した。
彼の辞書には『静観』の二文字は存在しない。
あるのは『一発で終わらせる』だけだ。
「ふむ。コイツが噂の『青い全身タイツの食い逃げ犯』か……」
ベビー服の勇者は一気に加速。
少女の横へ滑り込む。
神の力を宿す、彼の右腕には、別の意味で正義が凝縮されていた。
「光速! ラーメン返却ローリング・ラリアットォ!!」
湯気すら吹き飛ぶ、にぶい音が商店街にこだました。
少女は、とぅるんッと一回転。
丼を両手でしっかり抱えたまま地面にへたり込む。
青いタイツが十字に広がり、やる気のないヒトデのようになっていた。
店主が駆け寄り、髪の毛から湯気を立たせながら叫ぶ。
「勇者さま! またあの子、うちのラーメンを……!」
勇者パブロフは、倒れた少女を見下ろし、ニヒリと笑った。
その執念は、かつて戦った邪神よりも熱かった。
「この件は俺に任せろ」
勇者は、空っぽのサイフを取り出して店主に差し出す。
「コイツのラーメン代は俺が払う。 麺を愛する心を、罪とは呼ばせん!」
地面の少女が、どんぶりの隙間から涙をにじませつつ、つぶやいた。
「この御恩、次のボーナス日までは……絶対忘れません……!」
「ボーナス!? 食い逃げ常習犯がボーナスとか言うな!」
勇者は、少女をド突き回した。
「このド畜生がぁ!」
サイフが空だと気づいた店主が、鬼の形相でこちらに向かってくる。
「よし、逃げるぞ!」
青い全身タイツの精霊を担いだ勇者は、全力で逃走した……。
★
勇者と全身タイツの精霊は、ファミレスにいた。
照明はやさしく、店内にはポテトの香りが漂う。
そんな平和空間の隅っこに、3メートルの巨体がぎゅうぎゅうに収まっている。
勇者パブロフは背中を丸め、テーブルに合わせようと必死だ。
店員さんが「ご注文お決まりですか?」と来るたびに、彼の頭が天井スピーカーにコツンと当たるのがまた味わい深い。
対面には、青い全身タイツの小柄な少女――水の精霊。
ストローをチュッと吸いながら、紙の契約書を両手で必死に押さえる姿がなんとも愛らしい。
「業務委託契約書(精霊装備に関する条項)にサインをくれ」
勇者は大きな指でペンをつまみ、精霊はソワソワしながら、自分の名前欄にちょこんとサインを書き込む。
「契約成立だ。お試しで3か月間だがな」
契約書にサインし終えた精霊が、ドリンクバーのグラスを両手で持ちながらぽつり。
「これで……やっとお金、もらえるんですね……!」
「ひとつ言っておきたいことがある。俺は呪いで武器が装備できん。必要な時には、精霊を装備して武器として使う」
「なんですとぉぉぉぉ!」




