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14話 薔薇のアーチの向こうには


「貴族の家に往診かぁ〜やだなぁ〜」


「そう?僕は楽しみだな、豪華なお家みるの好きだから」


「え〜?でも、わざわざ呼びつけるんだよ?絶対やばいやつだって」


「ふふ、やばいやつって……」


水路を進む小舟の上。

クラリスとヴィルの髪を風が揺らす。






遡ること昨日。

診療所のクラリス宛に、手紙を届けられたのだ。

届けたのは、以前診察したあの腹痛のあったメイドだった。


『あのあとどう?』


『おかげさまで、すっかり!』


『旦那さんだっけ?まだきてないよね?』


『説得してるけど……だめね、彼嫌いなの』


『そういう問題じゃないんだけどなぁ……』


ぼやきながら開いた手紙。

そこには、季節の挨拶と手紙での非礼を長々と述べたあと、診察を依頼する綺麗な文字。


クラリスは眉を寄せた。


『貴族は貴族の医者いるんじゃないの?なんでわざわざ?』


『だって女性の先生は、先生しかいないし……わたしが奥様に勧めたの』


無邪気に笑みを浮かべるメイド。

どこか違和感を覚えつつ、yesの返事を持たせたのだった。









「豪華すぎるね……?」


ヴィルの声が震える。

二人の前には大きな門と二人をぎらりと睨む門番の兵。

門の間からは整えられた芝生、薔薇のアーチに噴水が見えている。

その奥には、城のように巨大な屋敷がそびえていた。


顔を見合わせた後、クラリスはヴィルの袖を引いた。


「絶対やばいやつだって!帰った方がいいって!」


「ク、クラ、聞こえちゃうよ!それに手紙の人、わざわざクラに依頼してるんだよ!」


ヴィルがクラリスの手首を引いた時。


ふわ、と香る薔薇の香り。


「クラリス様ですね。お待ちしておりました」


メイドが頭を下げる。

二人も慌てて頭を下げた。


「こちらへ。奥様がお待ちです」


背を向けるメイドに、二人は顔を見合わせ、それから一歩を踏み出した。


鋭い視線を、その背に浴びながら。








「では、こちらでお待ちください」


メイドが頭を下げる。

クラリスとヴィルは出された紅茶のカップに口をつけながら、目を見合わせた。


「今日会うのって奥様なんだよね……?」


「そのはずだよ?」


手紙を鞄から取り出し、文末の一文に目を細めた。


"くれぐれも、内密にお願い致します"


それから案内された部屋を見渡す。


大きな屋敷……を眼前に角を曲がり、薔薇のアーチをくぐる。

両脇をツツジが飾る小道を通り、蔦のアーチの中をくぐり。


ようやく見えたのは——屋敷には似つかわしくない、小さな小屋だった。



その玄関横の一室に二人は通されたのだ。

部屋は古びたダイニングテーブルとチェア。

落ち着いたネイビーの色合いのカーテン。


「……メイドさんの休憩室かな……?」


「やっぱなんかあるんだって。帰ろう?ヴィル」


「今更無理だよ……!!」


立ち上がろうとするクラリスの手をヴィルが引いた、その時だった。


カチャリとノブが周る。

二人は慌てて背筋を伸ばし立ち上がった。


「お待たせしました」


その人物は、腰までの赤いロングヘアを揺らしながら二人の前に立つと、にこりと微笑んだ。


(随分若いというか……同年代、だよね!?綺麗な人……)


化粧気はないものの、切れ長の瞳は長いまつ毛に飾られ、薄桃色の唇は優しく弧を描いている。


(でもなんだろ、この変な感じ……?)


クラリスがぼーっと見つめていると、隣から肘で小突かれた。


「クラ、座って!?」


「あっ……!?ごめんなさい!」


はっと我に帰ると、二人は座り、クラリスを見上げていた。

ヴィルに袖を引かれ慌てて腰掛ける。


「その……綺麗な人だなあと思って……つい」


クラリスが漏らした言葉に、女性は一瞬目を丸くし、それから口元を手で隠し、くすりと微笑んだ。


「まぁ……みっともないでしょう。こんな姿」


クラリスもヴィルも首を横に振る。


「けれどありがとう。わたしはセレン・ヴェサリアン。あなたは……」


「クラリスです」


「ヴィルです」


セレンは目を伏せるが、すぐに上げた。


「メイドたちから聞いたわ、あなたのこと。とても優しくて仕事のできる女性医師、なんですってね」


「あ、あの。光栄です」


クラリスは誤魔化すようにカップに口をつける。


「それでね。……相談があるのよ。わたしのこと」


低く落ちたセレンの声に、クラリスはカップをソーサーに置く。

かちゃんと鳴る音が、やけに響いた。


「身体の調子がよくないの。その……」


セレンはヴィルをちらりと見る。

ヴィルは立とうとするが、クラリスがその袖を引いた。


「彼は男性ですが、医師です。プロです。同席させてはいただけませんでしょうか」


「クラ……」


真っ直ぐセレンを射抜くその視線に、セレンは丸く目を見開き、小さく頷いた。


「いいわ。お腹が痛むの。特に、お手洗いのときや……夜よ。わかるかしら」


クラリスは頷き、口を開く。


「あとは、おりものが増える、かゆい……などでしょうか?」


セレンは机の上で両手の指を組む。


「そのとおりよ。流石ね」


(メイドたちと同じだ。これは、きっと……)


クラリスとヴィルは顔を見合わせ、鞄に手を伸ばした。








「クラミジア。性、感染症……」


セレンは呆然とクラリスの言葉を繰り返す。


「はい。陰部に潜んだ菌が、接触することでうつります。魔法陣に出ているこれは、あなたの体内の菌です」


クラリスは魔法陣の上に"顕現"された菌に視線を移す。


「ご主人に症状は?」


「……わからないわ」


「ご主人も治療の必要があります。でなければ、片方の菌を消したとしても、もう片方に残った菌を移しあってしまうんです」


クラリスはすらすらと説明をしながらちらりとセレンを見る。

セレンは呆然としているようだった。


(無理もない。この人が夫以外に相手がいない限り、夫がどこからか貰ってきているってことなんだから)


クラリスはため息をついた。


「あなたは今治療します。ご主人は……?」


「無理よ。そんな……そんなこと……」


セレンの声は震えていた。


クラリスとヴィルは顔を見合わせる。


「とりあえず、あなたを治療しましょう。ご主人は、お話し合いのあとで。けれどくれぐれも、その……接触しないように」


クラリスは魔法陣の紙を取り出した。










「なんだか、可哀想だったね」


「うん……」


門を出たクラリスは屋敷を振り返る。

ここからは、あの小屋は見ることができない。


(同じ屋敷に三人のクラミジア感染……?)


何かが、引っかかる。

けれど。


(医者は探偵じゃない。余計なこと、考えるな)


クラリスが首を横に振った、その時だった。


手首に、触れる。


一瞬遅れて、強く引かれた。


「こちらへ」


低く、抑揚のない声。


「クラ!!」


手を伸ばすヴィルの声が、路地に響いていた。

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