15話 僕の太陽
「こちらへ」
ぐいと手を引かれ、路地裏に入る。
視界に飛び込む沢山のズボンの裾と靴。
その中心には、汚れひとつない革靴。
クラリスがおそるおそる、ゆっくりと顔を上げると、そこにいたのは――
「クラリス。……あまり、僕を心配させないでくれるかな」
真っ直ぐにクラリスを射抜くシュヴァンの視線。
その顔に笑みはない。
初めて目にする表情に、クラリスはびくりと肩を揺らす。
「クラ!!」
途端にヴィルがクラリスの視界を遮るように、その前に立った。
「な、なんですか、僕たちは診療をしていただけです!どうしてこんな……!!」
震えるヴィルの声に、クラリスははっと我に帰り、何度か頷いた。
「診療。……詳細を、聞いても?クラリス」
低い声。
ただ問いかけている、それだけなのに、びりびりと身体中の毛が逆立つような感覚に襲われる。
ヴィルが一歩後ずさった。
「あ……あの……」
思わず全てを話したくなるような眼差し。
(こわい……)
クラリスは口を開きかける。
だが。
脳裏に浮かぶ、セレンの微笑む姿。
(わたしを信じて依頼してくれたんだから……!)
クラリスは瞼を硬く閉じ、そしてゆっくりと開いた。
「言えない」
シュヴァンはクラリスから目を離さない。
クラリスの背を冷たい何かが流れる。
だが、クラリスもまた目を離さなかった。
「聞き方を変えようか。……怖いと思うことが、あったかな」
「な、なかった、けど……」
クラリスはヴィルに目配せをし、二人揃って頷いた。
「そうか」
シュヴァンはそう呟くと、ヴィルと、それからクラリスをゆっくりと見つめ……ふっと微笑んだ。
いつものように。
「よかった。あれから、練習は進んだかな」
シュヴァンはヴィルの背後に周り、そっとクラリスの右手を取ると、
「頑張ってくれているんだってね」
優しく手の甲に口付ける。
「!」
クラリスの指先が、ぴくりと揺れる。
だが、その手を引くことはできなかった。
「楽しみにしているよ」
シュヴァンは顔を上げると、周囲に目配せをした。
見回すと、二人を取り囲むように、狭い路地裏に十何人もの男性たちがいた。
服装こそ普通の男性だが、みな目つきが鋭い。
よく見ると、カレルの姿もある。
カレルはクラリスと目が合うと、何か言いたげに口を動かし、そのまま目を逸らした。
シュヴァンが背を向け、男たちも無言のまま、その背に続いた。
「な、なんだったんだ……」
ぽつりとこぼすクラリス。
ヴィルは下唇をきゅっと噛み……
「クラは先に帰ってて!僕、用事を思い出したから!」
「えっ!?ヴィル!?」
「大丈夫だから!」
クラリスが慌てて声をかけるも、ヴィルはシュヴァンたちのあとを追うように駆け出した。
「シュヴァン王子!!」
ヴィルの声に、最後列にいた男が即座に振り返り、鞄に手を入れる。
「!あ、あの……!」
ヴィルが息を呑む。
だが引かない。
男がヴィルを睨みつけたその時。
「下がれ」
その一言とともに、男たちの間から、シュヴァンと、その背後にカレルが姿を見せた。
「ヴィル。……僕に、何か用かな」
シュヴァンは穏やかに笑みを浮かべているが、その背後にいる男たちは皆ヴィルを睨みつけている。
何かおかしな動きを見せれば、すぐさま手が出すとでも言いたげに。
ヴィルはほんのわずかに目を泳がせ、しかし真っ直ぐにシュヴァンを射るように見つめた。
「シュヴァン王子殿下は……クラ、いえ、クラリスのこと、どう思ってるんですか」
シュヴァンは笑みを崩さぬまま、何も言わない。
「僕は、七歳の頃から、ずっと彼女と一緒にいます。あなたとのことだって、ずっと見てきました」
ヴィルが視線を下ろすと、指先が震えているのが見えた。けれど、それを押し殺すように拳を握る。
「クラのことは、よくわかりません。推しだとかなんとか言ってますが……けれど、あなたは違った。いつだって本気じゃなかった。彼女を利用してきた。……彼女だけじゃない、誰のことも」
シュヴァンはわずかに目を見開く。
「最近だって、そう……ですよね。誘拐されて何があったか知りませんが、あなたは彼女を手に入れるために、わざと目立つように何度も診療所へ来て、人を集めた。そして、断れなくした」
「ヴィル、王子殿下に向かって……!」
カレルが口を挟むが、シュヴァンは片手を上げてそれを制した。
「続けたまえ」
その声はどこか楽しそうですらある。
ヴィルはその様子に苛立ちを隠せないまま口を開いた。
「っ……やめてほしいんです!彼女を、傷つけるようなことを!」
シュヴァンが小さく息を吐く。
それだけで、周囲の温度が下がったように、ヴィルには感じられた。
「……どうして、君にそんなことを言われる必要が?」
シュヴァンの顔には笑みが浮かんだままだ。
だが、その目に表情はない。
「君はただの幼馴染で、彼女の生徒だ。そうだろう?」
ヴィルの胸がどくんと音を立てる。
それでも、目を逸らさない。
「傷ついたところを見たくないんです。だって彼女は、僕の……太陽だから。だから、王子殿下といえど、彼女を傷つけたら……許せません」
「貴様……!」
低い声が飛び、シュヴァンの背後にいた男たちが一斉にヴィルの背後に回る。
その手は懐に伸びていた。
ヴィルは両手を強く握る。
その拳は震えていた。
しかし。
「やめろ、お前たち。誰がそんなことを命じた?」
「はっ……!!」
シュヴァンの一声に、皆手を戻す。
が、視線はヴィルから外さない。
「ヴィル。君のことはずっと前から知ってはいたが……収穫だな」
シュヴァンはふっと笑みを漏らした。
そして、一歩ヴィルに近づく。
「君に提案がある」
シュヴァンのその目は、楽しげに笑っていた。




