12話 きいては、もらえないんですね?
「痛風ね。鎮痛剤出しておくから。お酒は飲んじゃだめよ」
「うぅ……それが一番つれぇわ。ありがとよ、先生……」
小太りのおじさんは足をひょこひょこと引き摺りながら診察室を出る。
クラリスはカルテを書く手を止めないまま、大きくため息をついた。
「はあーーーーー……」
今日は一日中この調子だったのだ。
(パーティ……なんで頷いちゃったんだろ……)
昨日の状況を思い返し頭を抱えてがしがしと掻く。
(行きたくない……服もないし面倒くさい……)
頭をよぎるのは、たくさんの女の子。
その中央に、自分とシュヴァン。
そして取り囲むように騎士たち。
(あんな状況でとっさに断れなくない!?)
今日も今日で診療所周りには女の子たちが集まっているらしい、と先ほど聞いたばかりだ。
(退勤が怖いな~……)
クラリスが何度目かわからないため息をついた、その時。
「先生今日はため息多いね!ほら、この人で最後だからがんばって!御指名ね!」
「うえぇ……まだおわんないの……」
ハンナがさらりと置いていったカルテを手に取る。
「18歳女性、主訴は、下腹部違和感ね……」
ぺらりとめくったが、それ以外の情報はない。
(初診か。なんか最近似たような人診たな……)
患者を呼び入れると、診察室にたちこめる薔薇のような甘い香り。
「あれっ……?」
見たことのあるメイド服。
クラミジア感染がわかったあの女性の着ていたものと、全く同じだった。
けれど、顔と名前が別人であることを証明している。
「こんにちは先生。友達に聞いたの。ここの先生はちゃんと診てくれるって」
「あ、この前のメイドさんのお友達?そうだよね、お揃いだもんね」
クラリスがメイド服に目をやると、彼女は頷き裾を持ち上げて見せる。
「おなじ職場よ。彼女が先生優しいよって勧めてくれたの。それに……こういうことは女性がいいでしょ?」
恥ずかしそうに笑うと、促されるまま椅子に腰掛けた。
「下腹部違和感?いつから?」
「四日くらい前かしら。それに……」
女性は少しクラリスに顔を寄せると声を落とした。
「おりものも多くて」
下腹部違和感に、おりもの。
カルテに記載をしながら、ペンがぴたりと止まる。
(……それって……)
とある疾患が思い当たったクラリスは、"顕現"の魔法陣が描かれた紙に手を伸ばした。
「性病ね。クラミジアって菌が性器から体の中に入って、悪さをしてるの。今その菌を消すからね」
(最近全く同じ説明をしたな……)
そう思いながら、"消去"の魔法陣をかける。
「やっぱり!友達の話きいて、私もそうだと思ったの!」
光が収まると、メイドの彼女は笑顔を浮かべていた。
「あ、友達の話知ってるんだ?じゃあ聞いたかもだけど、旦那さんか恋人か知らないけど、連れてきて欲しいの」
(そういえば、この前の彼女はまだきていないな……)
そう思いながら、クラリスはカルテにクラミジア(+)と書き殴る。
「うーん、どうかしら。彼、嫌いなのよね……だからここにきたことも内緒にしてるの」
その言葉にクラリスは眉を寄せ、ペンを置いた。
「そうはいっても、彼の方治さないと、彼も菌を持ってる可能性高いよ?またうつされちゃう」
「うーん。まあ、話してみるわ。ありがとう先生!」
彼女は朗らかに笑みを浮かべ手を振りながら足早に診察室を出る。
(あれはまた来るな……)
クラリスは首を横に振りながら、カルテに書き足した。
"配偶者の治療も必要だが、理解得られない模様"
「は~……やっと終わったよ~」
クラリスが背伸びをしながら休憩室に飛び込むと。
「お待ちしておりました」
「へ?」
背後からの声と共に、両脇を固められ、足が少し浮く。
ヴィルは助けに入るべきか迷うように視線を彷徨わせ、アニは面白そうに腕を組んでいた。
ふたりを横目に顔を後ろに向けると、そこには——
「カレル!?」
「お久しぶりです、クラリス嬢。といっても、つい最近お会いしましたか」
カレルが小さく頭を下げる。
(あれ?)
カレルからわずかに漂う香り。
けれど。
「フィーリア様がそれはそれは貴女に会いたがっておられました」
「そ、そうなんだ!?嬉しいけど今雑談のタイミングじゃなくない!?なんで捕まえられてんのわたし!?」
クラリスは手をバタバタと動かすが、騎士であるカレルの力から抜け出すことは困難だった。
カレルはわずかに息を吐く。
「シュヴァン王子殿下より御命令ですので。"逃がすな"と。……入りなさい」
カレルが合図すると、どこに潜んでいたのか、何人もの女性たちが休憩室に入る。
みな巻き尺を手に微笑んでいた。
「へ……?」
「とびきり素晴らしいドレスを仕立てよとの御命令です。……覚悟は、よろしいですね?」
背後からのカレルの低い声。
(断りたい、んですが……パーティ……?)
身を捩ると、両脇を拘束する手に力がこもる。
目の前に迫る笑顔の女性たち。
そして遠いところに診療所のメンバーたち。
「あの、身体拘束は、同意書が必要でですね……」
じり、と後ずさる。
だが両腕はがっちり固定されたまま。
「そもそもこの状況で計測したとして、それが信憑性のある計測データかというと——」
「腕、測りますね」
「聞いて!?」
巻き尺が、するりと伸びる。
その背後では、診療所の面々がぞろぞろと退室していくのが目に入った。
(無理、なんですね……!?)
全く聞き入れてもらえなさそうな目の前の光景に、口角がひくつくのを感じながら、なすすべもなく腕を締め上げられていた。
「終わったのか」
廊下に姿を見せたカレルに、ルスカが問いかける。
カレルは首を振ると、ルスカの横に立った。
「観念されたようですので。いまは胸囲を測定されてます」
「そうか……」
ルスカが目を伏せると、腕を組んだアニが口を開く。
「ねえ、ドレスってなに?それにあんたって、シュヴァン王子殿下付きの近衛でしょ?」
「……来月、王子殿下の御誕生パーティが御座います。クラリス嬢は、直々に御招待されておりますので」
「はぁ!?御誕生パーティって、お妃様選びのあれ!?」
アニの上擦った声に、ヴィルがぴくりと肩をゆらす。
「お妃、様……!?」
「そうだよ。シュヴァン王子殿下は婚約者がいないからね」
飄々と言うアニの横で、ヴィルは目を大きく見開いた。
(クラからは、そんなこと聞いてない……)
ヴィルは震える指を隠すように、拳を握った。
「てことは、俺、いずれあいつに膝ついて頭を下げる日がくるのか?」
ミュラーは笑いながら両腕をさすった。
だが、誰も笑わない。
気まずい沈黙に、ミュラーはごまかすように頭を掻いた。
その時。
「終わりました」
「ご苦労」
カレルが部屋を覗くと、そこにはソファに顔を埋め、魂が抜けたように横たわるクラリス。
「クラリス嬢」
カレルの声に、クラリスが顔だけを向ける。
「ダンスはお出来に?」
「できるわけないでしょ!あれから何年経ったと思ってんの」
クラリスはくぐもった声をあげる。
「踊りたくないし、踊らないよ。パーティは肉だけ食べて端っこで過ごすんだから!!」
「では、ダンス講師の手配を。御命令ですので」
カレルの淡々とした声に、クラリスが呻き声を上げながら顔を上げた、その時。
「ルスカに教えて貰えばいいじゃん。上手に踊ってるの見たことあるし、できるでしょ」
アニがちらと視線をルスカに向ける。
ルスカは何か言いたげな表情を変えないままだ。
「いや、迷惑でしょ。ルスカだって仕事終わりにさぁ」
「ならば講師の手配を」
「ルスカ!!お願い!!」
クラリスは慌てて起き上がるとルスカの前に立ち、その手を握った。
皆の注目が、その手に集まる。
わずかに沈黙した後。
「……俺は、やるからには厳しいからな」
ふいと背けたその顔の口元は、ほんのわずかに緩んでいた。




