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5話 この力で、わたしは変わる

学校の中庭。

木漏れ日が踊るベンチに、クラリスとヴィルは肩を並べて座っていた。


教室の中は、あまりにもうるさかった。

好奇心と悪意が混ざった冷やかしの声が飛び交い、空気は騒がしさと嘲りに満ちていた。


クラリスは無言で立ち上がり、隣の少年の手を引いた。

誰の目も届かない、静かなこの場所まで。


「やっと、静かになったわね」


クラリスはようやく吐息をひとつこぼし、微笑んだ。


「私はクラリス。聞いてたと思うけど、パン屋の娘」


そう言って、かばんをごそごそと探り、小さなロールパンを差し出す。

ヴィルは一瞬ためらいながらも、そっと受け取った。


「…ぼくはヴィル。角の宿屋の…十二番目の息子だよ」

「えっ?あの宿屋の?すぐ近くじゃない!」


クラリスは思わず首をかしげた。


(同い年の子がいたなんて知らなかったな…?)


彼女の不思議そうな表情に、ヴィルは思わずくすっと笑った。

その笑みには、ほんの少しだけ寂しさがにじんでいた。


「…僕は、兄弟のなかでも、おちこぼれだから…」


パンを持つヴィルの手に、ぎゅっと力がこもる。

柔らかい生地が潰れる音が、かすかに聞こえた。


その手を、クラリスはそっと両手で包み込んだ。


二人の間に、ほんの数秒だけ静寂が落ちた。


「あなたのことは正直よく知らない。けれど…」


クラリスは、真っすぐヴィルを見つめる。


「あなたの魔法は素晴らしいわ!」


その言葉に、ヴィルの瞳が揺れる。


「ど、どうして…? みんな、僕の魔法なんて手品くらいにしか使えないって…落ちこぼれで、魔法もだめで……“くず”って……」


ヴィルは下を向く。言葉の最後は、かすれて消えた。


「そんなことない!」


はっきりとした、強い声が空気を震わせた。


ヴィルがはっと顔を上げる。


「あなたの魔法は、使い方次第でとんでもない力を持つ。この街の、いや、この国の…何百人、何千人もの命を救う素晴らしい力になる」


あまりにも突飛で、現実味のない言葉だった。

でも、クラリスの顔に冗談の色は微塵もなかった。


目が合う。


その瞳は、真剣で、熱くて、なにより――

“信じてくれていた”。


(初めてかもしれない…こんなふうに、誰かが僕のことを……)


ヴィルの目に、涙が滲んだ。


その瞬間だった。


「というわけで、ヴィル」


クラリスはヴィルの肩に、がしっ!と手を置いた。


「わたしがあなたに解剖学を叩き込む。毎日共に行動するように」


「……えっ???」


裏返った声が、中庭に響く。


「あなたの魔法を、ちゃんと“使える力”にしてあげる。あなたは医業に携わるべき人間よ」


「い、いぎょ……?? 解剖……??」


まだ状況を飲み込めていないヴィルの頭上に、はてなマークが飛び交う。


クラリスはにやりと笑った。


「そう。わたしがあなたを――医者にしてみせる!」


その宣言に、ヴィルは思わず身体を震わせた。

でも、クラリスの目を見てしまった。


強くて、真っ直ぐで、否応なく引き込まれる光。


ヴィルは、小さく、小さく頷いた。









それからというもの――

クラリスとヴィルは、嵐のような日々を送り始めた。


教室では魔法の“発動訓練”と称した謎の時間。

帰宅後には家庭の手伝い。

その隙間を縫って、クラリスは自分の能力の検証を続け、同時にヴィルの“再教育”に乗り出していた。


いや――それはもう、“鍛錬”と呼ぶべきものだった。



ヴィルは幸い、文字が読めた。

だからクラリスは、骨の図を描き、名前を書き込み、

ヴィルはそれを徹底的に叩き込む。


「覚えた骨を、わたしの体で探して。透視で見て、正確にスケッチして。"正常"を知らなければ、"異常"はわからないわ」


魔法が日常にあるこの世界に、“解剖学”など存在しない。

骨の形を“視た”者など、誰もいなかった。

そこで、正確な形で覚え直す。


しかも、ヴィルの能力にも回数制限がある。

貴重な一回を無駄にしないよう努めなければならなかった。


そんな日々が続いた。

ノートが何冊も潰れ、鉛筆が幾度も削られ、

スケッチの束は分厚くなっていった。


そして――半年が経った。


「これは?」

「膝蓋骨!」


「これは?」

「舟状骨!」


「これは?」

「楔状骨!」


クラリスの口元が、にやりとほころぶ。


「……素晴らしいわ」


その言葉に、ヴィルは肩の力を抜いたように微笑む。

手元のスケッチ帳は、何度も開かれ、擦り切れ、ボロボロだ。


「僕、先生に褒められたんだ。骨が見れるなんて素晴らしい能力ですねって。クラのおかげだよ」

ヴィルは目に涙を浮かべる。


「あなたが頑張ったからよ。途中でやめたくなるくらい大変なことを、あなたはやり遂げたの」


クラリスはふわりと微笑んだ。

ヴィルはぐず、と鼻を啜り、声も震えた。


「ありがとうクラ、ぼく一生わすれな」

「次は筋肉よ。それが終わったら臓器」


クラリスの声が、その言葉を真っ二つに切り裂いた。


「えっ……???」


中庭に響く裏返った声。

ヴィルの表情が、一瞬にして硬直する。


「正直わたしも筋肉は名前に自信ない部分もある。でも頑張りましょう。やるしかないの」


クラリスはがしっとヴィルの肩に手を置いた。

目は、炎のように燃えていた。


「言ったでしょう?あなたを医者にしてみせるって。まだやっと入り口に立ったところね。ここからが頑張りどころよ」


ヴィルはスケッチの束を見下ろした。


(これで…入り口…?)


クラリスの顔をそっと見上げる。

その笑顔は、有無を言わさない力に満ちていた。


「やるわよ。いいわね?」


その声に――抗う術など、あるはずもなく。


ヴィルは、小さく、小さく頷いた。







一方、クラリスは――

自分に与えられた“神の力”の研究にも、容赦なく踏み込んでいた。


まずはその対象がなににあたるのか…そこから始めた。


無機物の方が手軽だということでそこから取り掛かった。


目の前の鉛筆を消すところから始まり、徐々にサイズを大きくしていく。

筆箱、かばん、ゴミ箱、椅子、机…


初めは知的好奇心ということで見逃されていたが、流石に教室の扉を消した時には、女教師に強めの電流を流された。


電流が背中を走ったその日、クラリスは静かに決めた。


「学校は狭すぎる。研究場所を変えるわ」


そうして、学校の外へ出た。


空き地に放置された腐った角材。

雨ざらしの大木。

そしてついには――ゴミ処理場。


廃材と廃棄物が積み上がる一角に、クラリスは仁王立ちになっていた。


「いい眺めね」


腕を組む彼女の隣で、ヴィルは眉を顰め、小さく息を呑んだ。


そして跡形もなく消すことにも成功したのだ(処理場のおじさんには勧誘された)。


その経過でわかったこともあった。


一日のうちに行使できる回数は限りがある。


しかもそれは、消した対象の大きさや重さには影響されない。


「つまり、“能力の行使”それ自体にコストがあるってこと」


彼女は、そう分析した。そしてそれは、随伴しているヴィルにも該当した。


そして、筋肉のように――使えば増える。


最初は1日1回が限界だった。

発動するたび、全身が鉛のように重くなる。

まるで当直明けのような懐かしい疲労感が、骨の奥までしみた。


けれど、半年後。

クラリスは2回程度までは無理なく行使できるようになっていた。

クラリスの方が、能力の最大回数が増えるスピードが早かった。

(もしかしたら、魔力のようなものは、体力とも関与しているのかもしれない)

幼い頃から筋トレを欠かさなかった自分をクラリスは褒め称えた。


回数に限りがある分、研究の進みは遅い。

だが彼女は焦らなかった。




そうしてゴミ処理場を美しい空き地に変貌させた、翌日のことだった。

クラリスは、ついに“それ”に踏み込むことを決めた。


有機物――つまり、生体への干渉。


彼女の視線は、隣で黙々と筋肉スケッチに励むヴィルへと向く。

じっと見つめながら、思考が巡る。


(人体で、一番まあ……なくても、いいものといえば……)


クラリスの眉がぴくりと動く。


(鼻毛……?)


ごく自然な流れで答えを導き出した彼女は、そっと目を閉じた。


(わたしの鼻毛消えろ)


願いながら手に力を込める。


ぱぁっと光が溢れ…なかった。


(なぜだろう…場所の指定が、甘かったから?)


もう一度目を閉じる。


(わたしの右鼻腔の鼻毛消えろ)


今度は、空気が震えた。

指先から淡く、確かな魔力の光が溢れ――すぐに静かに消えた。


光が引いたあと、クラリスは少し震える指で鼻をそっと触れた。何も触れない。


鞄から手鏡を出すと、右鼻の鼻毛が根本からなくなっていた。

左鼻は長く伸びてはいないものの、そこにある。


(これ…毛根からきえた?はえてくる…よね?指毛とかにしておけばよかったかな…)


戸惑いにも似た不安がよぎる。

だがそれ以上に、クラリスの心に満ちたのは――確信だった。


「この力は、生きたものにも通用する」


彼女は、拳を握りしめる。

静かに、だが確かな熱で、ガッツポーズを決めた。


人体に干渉できる。

つまり――やり方次第で、人を“消せる”ということだ。


(とうとう手に入れたということになる…独裁スイッチ…!)


その事実に気づいたその日、クラリスは「フフフ…フハハハハ…」と笑いが止まらなくなり、隣の部屋から「静かに寝なさい!」という母の鉄拳制裁が飛んだ。


1日2回しか使えない力を毎日毎日積み重ね、研究ノートは何冊、何十冊にも高く積み重なっていく。





こうして、力を授かってから2年が経とうとしていた。

以後月木更新予定です。

お付き合いいただけますと嬉しいです。

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