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3話 ドクター・クラリスと魅惑の魔石

「先生たち、お疲れ様!」


震える手に魔石を握りしめ、ようやく診療所に戻ったクラリスたちを出迎えたのは、看護師のハンナだった。


ハンナは一年ほど前から診療所で働いている。

恰幅が良くて肝が据わっており、五人の子を育て上げただけあって、気づいたらいつも何かしら手を動かしている。


(採用する時は色々あったけどね…)


クラリスはそっと空を見上げた。


『俺はよくわからん!おまえやっとけ!』


ミュラーにぶん投げられた採用面接。

それは苦労した。


王子の身分を隠したままだが"顔整い"で、かつてきぱきと診察するルスカ。

子供から老人まで誰にでも紳士的で笑顔を絶やさないヴィル。

時々ふらりと現れる王子様シュヴァン。


それはまあ大量に、悪役令嬢を婚約破棄させて断罪しそうな少女たちが、採用面接に押し寄せたのだ。


その混乱の中、ようやく仲間になったのがハンナだった。


診療所の仕事を覚えてからの彼女は強かった。

診療の手伝い、薬やカルテの整理、患者補助、押し寄せるおっかけ少女たちの解散誘導。


さらにはミュラーの尻を叩き、ルスカのノートを整理し、クラリスの白衣を洗濯し……。


『やっと勉強に専念できる……!!』


ヴィルは感涙したほどである。


 


「大事な勲章なんだから、外しておくよ!」


そう言いながらクラリスの胸から勲章を外すハンナ。


(こういう肝っ玉師長さん、ほんと好き……)


クラリスは椅子に腰を下ろし、ようやく呼吸を整えた。



「それで?なんなのそれ?」


ヴィルが紅茶の入ったマグカップを配りながら、クラリスの隣の席についた。


「魔石……っていってたよね?初めて聞いたよ」


「ぼくも」


二人は同時に、正面で紅茶を飲んでいるルスカを見る。

ルスカはゆっくりマグを置き、言った。


「……聞いたことがないのは当然だ。それは、貴族以上の身分を持つ者や、公務員、軍人にしか存在を明かされていない」


「へぇーー……?なんで?」


クラリスは石を持ち上げて光にかざす。

緑の魔石がきらりと光り、底面には金の模様が描かれていた。


「……悪用されて、万一反乱がおきれば、制圧が難しくなるからな」


「ふぅん……?ねえ、これって、この世界の"妙に便利なもの"?船とか、夜の照明とか……蓄音機とかさ?」


クラリスの脳裏で、これまで疑問だった“この世界の謎”が一気に繋がる。


それを耳にしたルスカは小さく口角をあげーー


「……見ればわかる」


魔石に触れ、軽く力をこめた。


次の瞬間ーー

部屋いっぱいに、しとやかなピアノの旋律が流れ出した。


まるで目の前で演奏しているかのような臨場感で、ペダルを踏む音すら聞こえてきそうだった。


クラリスはうっとりと頬を抑えて聞いていたが、はっと目を見開いた。


「これ……やはりシュヴァン王子からの求婚では?」


「そんなわけあるか。これは国歌だ」


ルスカが大きなため息をひとつ。

クラリスはごくりと唾を飲む。


「……もっと納税して貢げってことかな……?」


「うーん。それでいいと思う」


「ヴィル、適当に返すのやめてくれる?」


クラリスを無視して石を持ち上げたヴィルが目を丸くする。

魔石の下面の模様が、さっきよりも金色に輝いていた。


「これって……だれかの魔法の具現化なんだよね?」


クラリスがヴィルの持つ石を覗きながらそう呟く。ルスカは一瞬目を見開き、頷いた。


「そうだ。国から選ばれた能力を持つ者は公務員として採用され、更に能力によってはこうして魔石として保持される。学校卒業時にレポートを出したろう。あれで選別している」


クラリスとヴィルは顔を見合わせた。

確かに、出した記憶があった。


『忙しいし、わたしは"ごみを消せます"にしとこ!ヴィルは"ゴミの中身見えます"とかでいいよ!』

『いいのかなぁ……』

『どうせあの女教師しか見ないよ!』


そう言って適当に書いたあのレポートが、国の中枢に見られていた可能性に気づき、今更変な汗が背を伝う。



「でも……てことは、わたしの能力も魔石にできる…?」


曲が終わった魔石にクラリスが力を込めると、またも国歌が流れ始める。

ルスカはマグに口をつけたまま、ひとつ頷いた。



そこへーー


「誰にでもできるわけじゃねえがな」


いつものくたびれた白衣に着替えたミュラーが奥から姿を見せた。


「できるのは、この国でたった一族だけ。国の許可もいる。それに魔石は高ぇんだ。……その大きさなら金貨100枚はするぞ」


ミュラーの言葉にヴィルはひゅっと喉を鳴らし、震える手で机の上に置いた。


「わかったら、無駄口叩いてねぇで、仕事の準備しろ。そろそろ開けるぞ」


「はいっ」


ヴィルが慌てて立ち上がり、マグカップを片付け始めた。


クラリスは魔石を手に取り、じーっと見つめていた。


(……高いからって、研究を諦める?冗談じゃない)


魔石に陽光がさし、きらりと反射した。


(これがあれば、わたし、きつい思いして働かなくても良くなるじゃない!!特許とって販売もすれば、プール付き豪邸生活も夢じゃない!!!)


「ふふ…フハハ……」


思わず口の端から溢れる笑み。


ルスカはちらりと視線を上げその姿を捉え…距離をとるようにそっと椅子を引いた。


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