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23話 白雪姫様の毒林檎の正体は?

「久しぶりのお肉もお魚もミルクも、本当に美味しかったですわ!クラリスさん、明日も来てくださいませね!」


ご機嫌なフィーリアとのランチを終えたクラリスは、城の廊下を足早に進んでいた。

向かう先は――ルスカの執務室だ。


しかし。


「本日は診療所にいらっしゃいますが……」


扉の前に立つ兵士の言葉に、クラリスはがっくりとうなだれた。


(ここから診療所まで行って、戻ってたら……今日中に王に会えるかな……)


踵を返しかけたそのとき。



「なにをしているんですか?」


不意に背後から声がかかる。

振り向いた先――腕を組み、訝しげにこちらを見下ろすのは、カレルだった。


「……どうしても王様かお妃様にお会いしたいんです。それで、ルスカ…様に頼みに来たんです」


小さく息を吐く。

本音を言えば、焦っていた。

早く治療を開始したい。

けれど、王族に直訴なんて、どう考えても無謀な試み。


(……でもやるしかない。これまでだって、なんとかできた)


クラリスはふ、と息を吐く。


「フィーリア様の件ですね?」


クラリスが静かに頷くと、後ろの兵に一瞬視線を送り――

それに気づいたカレルが、ほんの少しだけ目を細めた。


クラリスは言葉を続けなかった。兵に聞かせたくないのだろう。

その意図を察したカレルは、わずかに顎を引いて応じた。


「こちらへ」


そう言ってカレルはくるりと背を向け、足音も高く歩き出す。

クラリスは慌ててその後を追った。






カレルにそう言われて通された小部屋には、左右の壁にやたら大きな王家の肖像画がずらりと掛けられていた。


(いや怖いわ……)


視線をずらすたび、どのご先祖様とも目が合う。

真ん中にある真っ赤なソファに腰を下ろすと、想像以上のふかふか感にお尻が沈みこむ。


(まさか……王様を呼びに行ったとかじゃないよね?……いや、ルスカかな?そっちなら私が行くより早いかも……?)


クラリスは落ち着かない様子で部屋の隅々に目を走らせていた。


その時――


ドアががちゃりと開く音。


クラリスがびくっとして振り向いた先には――

にこやかに微笑む、真紅のマントの王子様が立っていた。


(そ、そっちーーー!?!?)


瞬間、顔が熱くなるのがわかる。

脳裏によみがえるのは、あの“おでこへの感触”。


シュヴァンはクラリスの混乱をまるで気にも留めず、すっと近づいてくる。


「やあ。今日も会ったね。昨日はよく寝れたかな。……大事な話があるんだって?」


優しい笑み。

ふわりと香る、石鹸のような清潔な香り。

そして、そっと取られる手。


クラリスの脳内は、完全に真っ白だった。


(なにか言わなきゃ……!なにか……!!)


ごくりと唾を飲み、小さく息を吸って……

口が動いた。


「……き、今日もかっこいいです……!!良い匂いもして最高です……!!」


一瞬の沈黙。

続いて――


「……ふふ、そうでしょう?」


シュヴァンはそう言って笑い、そっとクラリスの手を握ったまま、柔らかく微笑む。


その背後から、冷え冷えとした咳払いがひとつ。


「フィーリア様の件でしょう。さっさと話しなさい。王子も、あちらにおかけください。……お戯れはほどほどに」


カレルの冷たい視線に、クラリスは首がもげるほど頷いて、真っ赤な顔のままソファへ沈み込んだ。






そうしてあれよあれよと話が進み……


気づけば、フィーリアの部屋に――

王、王妃、フィーリア、シュヴァン、そしてクラリスが揃っていた。


クラリスの正面には、どっしりと座る王と王妃。

右隣にはフィーリア、左隣にはシュヴァン。


(いや明らかに異分子が混入してる……コンタミ……)


そう心の中で突っ込みながらも、ちらりと右を見ると、フィーリアでさえ少し緊張しているように見えた。


(しっかりしないと。大丈夫。あの人たちだって、ただの父親と母親のはず……たぶん)


随分と圧が強い目の前の夫婦に、クラリスの握った指先は真っ白になっていた。


(それに、この場に全員を集めたのは意味がある。フィーリアに、自分で決めさせてあげたいから。なら、わたしががんばらないと)


クラリスは、ごくりと唾を飲んだ。


 


「……昨晩は、なかなか面白いものを見せてもらいました。ケガはありませんでしたか」


最初に口を開いたのは妃だった。

扇を仰ぎながら、冷ややかながらもどこか楽しげな声音で言う。


「は、はいっ……!」


クラリスはこくこくと頷いた。


「面白い、とな?」


ずっと顎のあたりで髭を撫でていた王が、興味深そうにクラリスを見やる。


「ええ。この娘は昨晩の舞踏会で――

公衆の面前でマリアンヌ夫人を罵倒し、つかみ合いの喧嘩を始め、そしてこのわたくしを、言葉で説得してみせたのです」


妃の言葉に、王は目を丸くし、次の瞬間――


「……真か!それは豪快な!」


高らかな笑い声を上げた。


(あらためて聞くと……なんてことを……わたしは……!)


クラリスの顔がみるみる赤くなっていき、椅子の上で縮こまっていく。


「そ、それは真ですか!? お母さま……つか、つかみ合いって……!」


クラリスの隣で、フィーリアが悲壮な声をあげる。

妃はじっと娘を見つめてから、ゆっくりと頷いた。


「ええ。あなたは、良い“主治医”に恵まれましたね。……まだ医者ではないようですが」


ばさりと扇を広げながら言う妃の言葉に、クラリスの肩がびくりと揺れる。


(……バレてる!!)



「ですが、母上」


柔らかな声で場をつないだのはシュヴァンだった。


「この者が持つ医学の知識は、眼を見張るものがあります。

本日、お呼び立てしたのもそのためです。……ね、クラリス嬢」


シュヴァンは、すぐ隣から優しい笑みでクラリスに視線を向ける。


クラリスは、深く息を吸った。



「フィーリア様の御病状の原因。それは、"くる病"によるものの可能性が高いです」


「くる病?」


右隣から、鈴が鳴るような声が響く。

クラリスは小さく頷いた。


「くる病とは、簡単に言うと栄養素の不足からなる骨の形成不全……骨が作られないことによります。骨を作るにはカルシウム、リンという栄養素が必要です。現状のほぼ野菜のみのお食事では取ることができません」


「昨晩申していた、"血が作られない"とは別問題ということか?」


妃が問うと、クラリスは深く頷いた。


「はい。そのことも、今同時に起きている問題の一つです。ですが、根本の"歩けない"ことの原因は"くる病"によるものです」


クラリスの答えに、妃はぱちんと扇を閉じた。


「だが、そなたには食事を改善するよう命じたろう。それでよいのではないか?」


「いいえお妃様。それではダメなのです。骨を作るカルシウムを吸収するためには、ビタミンDという栄養素が必要です」


クラリスは大きく息を吸うと、まっすぐ妃を見つめた。


「そして、ビタミンDは、紫外線によって作られます。――つまり、日光浴が必要です」


部屋に、ひりつくような沈黙が落ちた。


「……くる病の中には、生まれつき吸収障害のある方や、代謝に問題がある方もいます。でも、フィーリア様は少し前まで歩けていたこと、そして過度な日除けと栄養制限があることを踏まえると――適切な食事と日光浴で、改善する可能性が高いと思います」


「確実か」


王の低い声がびりびりとクラリスを刺す。

クラリスはぐっと拳を握った。


(医療に絶対はない。この世界では採血検査すらできない)


それでも。


(嘘はつきたくない)


クラリスはまっすぐに王を見つめた。


「可能性が高いです」


「ふむ……しかし……俗に、"日に焼けた女子は価値が下がる"というからな……」


王の一言に、びくりとフィーリアの肩が揺れる。

クラリスはそれを横目に捉え、そして口を開いた。


「フィーリア様はこの数ヶ月、貧血によるふらつきや嘔気と闘っておられました。歩けなくなってからは、大好きなダンスもできず、今後一生歩けないのかもしれないという不安と、人知れず戦っておいでだったと思います。……とても、辛かったと思います」


クラリスの言葉に、王は短く呻いた。


「それでも、誰にも気づかれないよう笑顔を浮かべて、誰にでも優しく、わたしの様な庶民を心配までしてくださいます」


そういうと、クラリスはにこりと隣のフィーリアに微笑んだ。


「フィーリア様は頑張り屋さんで優しくて、健気で、強くて気高くて、人の気持ちを察するのがとても上手で――それにとても聡明です」


その瞳が、再び王へと向けられる。


「日に焼けたからと言って、価値が下がるでしょうか?」


フィーリアは眼を大きく開き――そして、涙を浮かべた。


(こんなふうに認めてもらえたの、きっと初めて……)


フィーリアの背を、クラリスの向こう側からシュヴァンがそっと叩いた。


「フィーリア。其方は、どう思う?」


妃の問いに、部屋が静まり返る。

皆の視線が、フィーリアに注がれた。


「……わたくし、治したいです。日に、焼けたとしても」


真っ直ぐに、顔を上げていた。

その瞳は、静かに、でも確かに覚悟を宿していた。


妃はわずかに目を細めると、ゆっくりと立ち上がり、扇を広げた。

そして、ちらりと王に一瞥をくれた。


「よろしい。覚えておきなさい、フィーリア。

あなたの価値を美しさだけに頼れば、他人の評価に縛られることになる。

あなたは――あなた自身の価値を、磨きなさい」


そして、扇の上からクラリスを見下ろす。


「娘。ルスカから、あなたの話は聞いています。……任せましたよ」


「……はいっ!!」


クラリスは勢いよく立ち上がり、深く一礼した。


「ふはは。わしはただ、失言して終わったようだな!」


王も立ち上がり、にやりと笑うと、クラリスに小さくウインクをした。


クラリスはくすりと笑い、首を横に振る。


「……そなたとは、またどこかで会いそうだな」


どこか愉快そうにそう言い残すと、王もまた堂々と部屋をあとにした。






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