第九十話:伝説、誤報される――海賊王ナマズ誕生
帝国海軍基地壊滅の報道が、帝都に走る。
犯人は……まさかの“あの三人”。
懸賞金一億ゴールドの新たな“海賊王”が誕生し、
少年天使は想いに気づき、
解放された人魚たちは新たな仲間に――
海賊篇、終幕。
けれど、伝説は少しだけズレて伝わる。
帝都の港は朝を迎え、セリナたちは帰り支度を整えていた。
「また船に乗るのかよ……俺、もう泳いで帰りてぇ……」
レンは船を前にして顔を曇らせる。帝国にいる間は必死で忘れようとしていた
――“あの揺れ”を思い出さずにはいられなかった。
「レン君、帰らないとマオウさんに会えませんよ? 本当にそれでいいんですか?」
「……よくねぇよ、わかったよ。乗るよ、乗ればいいんだろ……!」
「この娘はほんとわかりやすいね……そういえば、昨夜の地震、感じませんでしたか? すごく揺れて……」
「ええ、ありましたわ。――どこかのバカ天使が、地脈に聖槍をぶち込んだのかもしれませんね。ふふっ」
モリアは小さく笑いながら、ふと思い出したように言った。
その時、ショッピングモールの大型スクリーンが突然、ニュース映像に切り替わった。
スーツ姿のアナウンサーが、焦った様子で原稿を読み上げる。
「臨時ニュースです! 昨晩、凶悪な海賊たちが我ら帝国の海軍基地を襲撃。帝国海兵たちは全力で反抗しましたが、敵の前には手も足も出ず――艦隊は壊滅しました。少将カート・シュナイダーは殉職しました」
「こっわ! 海軍の本拠地にケンカ売るとか……お姉さん、ラム・ランデブーの海賊をちょっと舐めていたかも。次からはもう帝国に来ないわ」
かのテンペスト・タイラントですら成し遂げなかった壮挙。
一体どんな海賊がやらかしたのか――と思った矢先、スクリーンに懐かしい顔ぶれが映し出された。
「犯人は……シーサイレン一家! わずか三人で帝国海軍を壊滅させた、悪魔の如き一味です!」
「船長、デンジャラス・シーサイレン――その名の通り危険極まりない男。眼帯の下には“悪魔の真眼”を隠しており、それが解放されれば、視界に入った全てを破壊するとも噂されています!」
(ないない……ただの寝不足だ、それ)
三人は心の中で、静かにツッコミを入れた。
「次に、ラブリー・シーサイレン。悪魔の凶相をして海の女帝、彼女に目をつけられた男は魂まで吸い尽くされ、灰になってしまう――現場の生き残りの海兵たちが、そう証言しています!」
(ないない……あれはメイクが崩れていただけ)
「そして、ナマズ・シーサイレン。艦隊壊滅の首謀者にして“暴虐の魔王”。昨夜の地震は、彼の力によるものと見られています。その影響で海軍基地は海中に沈没。今やテンペスト・タイラントを超え、当代の“海賊王”として認定。――帝国は一億ゴールドの懸賞金をかけましたが、命が惜しい者は手を出さぬように、とのことです!」
「……うっそでしょ!? この数日で何があったの!?」
*
「俺すげぇ! この数字、何桁まであるんだ!? ひ、ふ、み……」
ナマズは自分の懸賞金の桁数を見て、目を輝かせた。
知らないうちに先祖を超え、海賊王にまでなっていたのだから当然だ。
「昨日、登録の時に君の名前を使ったからね」
魔王はとぼけた調子で言う。
シーサイレン一家を“身柄引き渡し”した際、魔王はマオウの名ではなく、ナマズの名義で手続きを済ませていた。
理由は簡単――この事態を、最初から予測していたからだ。
(熱い焼き芋は、他人に押しつけるに限る。情報は命……自分の手のうちを晒すほど、相手は対策を練りやすくなる。ボスはいくら強くても、攻略本が出たらただの作業プレイになってしまう。)
「悪魔の真眼、フフフ……ついに我々シーサイレン一家の恐ろしさが世間に知れたか。いや、これも……血の定めかもしれんな!」
「海の女帝はターゲットを逃がさない! あたいの時代が来たわ~♡ この写真、最高じゃない? 世界の童貞クンたちには刺激強すぎちゃうかも♡」
三バカは今日も元気でブレない。
「ねぇ、僕の懸賞金は?」
ルーが懸賞ポスターを見回しながら、わくわくと問いかける。
「ないよ。昨日の目撃証言は三人分だけ。シーサイレン一家=三人だと皆思っている」
「えぇぇぇ……僕も欲しかったのに……」
ルーはぷくっと膨れて地団駄を踏んでいた。
「私はルーを危険にさらしたくないな。――たとえ君が最強としでも」
「ぷっ……」
その言葉に、ルーの顔が一気に真っ赤になった。そっと、魔王の胸にもたれる。
「僕のことを心配するなんて……マスターって、ほんと傲慢。でも――それが嫌いじゃないかも」
一つの恋の種が、確かに芽を出した。
少年の姿のまま、ルーは少しだけ“大人になりたい”と思い始めていた。
「……あれは!?」
「人魚……!」
昨日、解放された人魚たちが、次々と海面に姿を見せる。
「なに?とうちゃん。あの娘たち、俺たちの海賊団に入りてぇんだってさ!」
「ほほ、もちろん歓迎だ。我々、悪名高きシーサイレン一家は来る者拒まず! 海賊王の末裔だからな!」
「え? いい男を紹介するだって?
ふふん……この『海の女帝』であるあたいの下には、いい男なんぞ掃いて捨てるほどおるわよ♡」
こうして『シーサイレン大海賊団』は結成された。
表向きは運送業を営むが、時には海賊討伐も請け負う。
『海賊王ナマズ』の威光が響くこの海域で、もはや命知らずの掠奪者など存在しない――
海賊王の財宝は今日も、波間に燦然と輝き続けている。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
本話は海賊篇のラストを飾る“報道と誤解と青春”の回でした。
本人たちはただ自由のために動いていたのに、
世界はそれを“恐るべき海賊王の襲撃”として報道する――
まさに「世界は誤解でできている」典型例です。
少年ルーの初恋は、まだ言葉にならないまま。
シーサイレン一家は、一夜にして伝説の大海賊団に。
そして、物語は次なる海域へ。