第六十九話:蓮の花は泥に咲く
ついに再登場、マサキ様(※ただし中身は女)――!
混乱と混浴と、微妙な会話のすれ違いが楽しい回ですが、
今回はレンにとってとても大切な「自己認識」と「誇り」のお話でもあります。
性別を巡る心の葛藤、そしてマオウとの対話。
少しだけ切なくて、少しだけ眩しい、静かな夜の出来事です。
「……あつあつ」
やっと見つけた宿の一室で、セリナは黙々と、ヤカンのお湯を“マサキ”――いや、今は“マサコ”の頭に注いでいた。
「やっぱり……ダメか」
私は残念そうにため息をついた。泉に落ちたタイプじゃないからダメだとは思っていたけれど。
「ダメに決まってるだろ! 人にかける前に、自分で試せよ! ていうか、なんでその方法を知ってる!?」
小梅のあの服装だから……もしかしたらって、希望を持っただけど
「よかったじゃないか。王子から姫にジョブチェンジして、そんなに人気がほしいのか?この野郎!」
「黙れ! お前だって毛玉になったじゃないか! オッサンのマスコット姿とか、正直キツいぞ」
――いや、こっちが本来の姿だから。好きでゆるキャラをやってるわけじゃない。
それに……
「ふふ……久しぶりの癒しですわ」
「こら悪魔! いつまでやってるのだ! 次は僕の番なんだからな!」
事情を知るモリアとルーは、なぜかこの混沌を楽しんでいる。
マサキ――いや、今は“マサコ”とでも呼ぶべきか。
曰く、幼馴染のガルドとリリアンヌが付き合い始め、バカップルの空気に耐えきれず修行と称してこの町へ来たらしい。
そして小梅と遭遇 → 戦闘 → 敗北 → 女体化、という流れだ。
……驚くほどドラマ性のない転落だった。噛ませ王子としてあまりにも責務を果たしている。
さらに最後美少女として再改造できて、サービス満点じゃないか。
「レンも、やられたのか」
マサコがぽつりとつぶやいた。その声に、最初に出会った頃の誰にも無関心な彼からは想像もできないほどの、他人を気遣う色があった。人は変わるものだな。
「ちょっとショックで籠もってるけどな。お前と違って、まだ負けてない」
「俺だって本気を出せば、あんな奴に負けたりしなかったぞ。女相手に油断しただけだ」
「見た目で油断するほうが未熟なのよ、君は」
「これで君も“女”だ。次は、負ける言い訳はできないぞ」
「俺は男だーっ!!」
美少女が叫ぶ「俺は男」――視覚と聴覚のギャップに、ちょっと吹いた。
らしくもなく、私はくすりと笑みをこぼした。
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「入るぞ」
毛玉姿ではノック音も届かないかと扉を開ける。中からの反応はない。
ベッドに座り込み、膝を抱えてうずくまるレン。目に光がなかった。
――戦いに負けたからか。
――男になってしまったからか。
それとも……
「ゴーストタウンの時も、こうなってたな。……今回は、女が怖くなったか?」
……返事がない。いつもならすぐツッコミを返してくるのに。
私はそっとベッドに上がり、レンの背中に寄り添う。視線を合わせなければ、少しは話しやすいだろう。
「いいじゃないか。男になれば、君の母君も君の剣の道を否定しない。
君の師匠も“立派な弟子に育った”と胸を張ってくれるだろう。
こんなふうに逃げ回る必要もなくなるし、好きなだけ剣を振れる。……むしろ、これで正解じゃないか?」
「……よくない!」
ついにレンが口を開いた。
その声には、涙のにじむような震えと、誇り高き強さがあった。
「俺は男になりたいわけじゃない! 女の子のままで……みんなに、剣を認めてほしいんだ。
男装したって、髪を切ったって、それは変わらない。
“男になったから認める”? そんなの、俺が一番許せない。
……それに、男になった俺なんて、あんたはもう、俺を欲しくなくなるだろ……」
その言葉に、私は目を細めた。――気高い。
女であることを誇りとし、そのままの姿で剣士として認められたい。
……やはり、私の目に狂いはなかった。
洗練された剣術、穢れなき気品。
あの一撃に、彼女のすべてが宿っていた。
「蓮か……その名のままだな」
「……え?」
私は静かに語った。
「私は、泥に咲いてなお濁らず、清水に洗われてなお妖しくならず――
中は空洞、外は真っ直ぐ。蔓も枝も持たず、香りは遠く、すがすがしく、高潔で――
まるで、君子のような蓮の花をこそ、愛する」
「……」
……え? ちょっと感動的なことを言ったつもりなんだが……なぜ無言?
沈黙が続いた。……いや、私は時間停止なんてしていない。してないぞ。
――ようやく、レンが小さく口を開いた。
「俺は……小梅に勝つ。
それで、あんたを元に戻してやる」
「――それは、頼もしい」
夜の闇は、人の心に宿るものを覆い隠す。
少女の涙も、恋の恥じらいも、胸に灯る名もなきときめきも。
私は、そっとその背中に、己の誓いを重ねた。
今回のエピソードでは、レンというキャラが「剣士としてどう在りたいか」を
あらためてマオウにぶつける形で描かれました。
“男になれば認められる”のではなく、“女のままで誇りを持ちたい”。
その強い信念を、マオウが“蓮”という象徴に託して静かに受け止める――
ふたりの絆がまたひとつ深まった瞬間です。
そして今、レンの中に宿るのは、誇りか、それとも恋心か――
次回、デュエロポリス編、さらなる波乱の幕開けです!