第六十一話:帝王術 ―支配の五指―
公爵との会談に向かう馬車の中、退屈したルーを相手に始まったのは、ちょっと不思議な“お勉強会”。
魔王が語るのは――王が民を支配するための五つの術、「帝王術」。
貴族たちの“非情な合理性”が少しずつ明かされていきます。
セリナがシエノの屋敷でご奉公しているその頃――
魔王はルーとモリアを連れ、ヴェスカリア公爵本家へ向かう馬車に揺られていた。
「ねえマスター、なんでわざわざこんな遅い移動手段で行くの? 空間魔法使えば一瞬で着くのに~」
ルーが退屈そうに窓の外を眺めながら不満を漏らす。
「向こうが用意した馬車に乗るのが“礼儀”だ。それを無視して空間魔法で先回りすれば、こちらの正体を明かすようなものだろう」
「えー、でもこんなところでジッとしてるの退屈だもん……!」
「では、暇つぶしに“バカな天使”に問題を出してあげましょう」
モリアが薄く笑いながら言った。暇つぶしというより、明らかにルーで遊ぶ気だ。
「え~……じゃあ、なになに?」
「問題です。人間の貴族や王は、他の人間より特別強いわけでもないのに、なぜ多くの民を支配できるのでしょう?」
「しらない。バカだからじゃないの? マスターだって僕より強いし!」
「それはない。力だけなら、君に勝てる者はいないだろう。……まったく。仕方ない、膝枕してやるから、もうちょっと我慢しろ」
「わーい! マスターの膝枕だ!」
子どものようにはしゃぎ、魔王の膝に収まってご満悦なルー。
「……軍隊があるから、じゃないか?」
「60点です」
「手厳しいな。まあ、君がそれで納得するとは思わなかったが……答えは“帝王術”だ」
「ていおうじゅつ?」
ルーには少し難しい言葉だったらしい。
「そう。力ではなく、“仕組み”で民を支配するための、五つの術だ」
◆帝王術――民を支配する五つの術◆
1.民に“知恵”を与えないこと
愚かな民ほど、支配しやすい。
教育は最低限にとどめ、学問や文字は上層が独占する。
民が真理に触れれば、権力は崩れる。
2.民に“財”を与えないこと
金があれば武器を買え、兵士を雇え、反乱が起こる。
だから民は常に貧しくあるべきだ。
3.民に“暇”を与えないこと
生きるだけで手一杯の者は、考える余裕を持たない。
時間があれば、人は疑問を持つ。だから労働で縛る。
4.民に“尊厳”を与えないこと
自らを“下賤”だと信じさせれば、搾取されても従う。
身分制度や奴隷制は、そのための装置だ。
5.民に“繋がり”を与えないこと
民が結束すれば、統治者にとって脅威になる。
だから争わせ、分断させる。
貧しい者同士で争わせれば、怒りは上には向かわない。
「人間の劣根性ゆえに、彼らは自分より強い者ではなく、自分より“弱い”者に牙を向ける。
さらに、集団で行動すれば責任は曖昧になり、個人は特定されにくい。
だから統治者は安心していられる。
民を木材のように、王国の燃料としてくべて――まるで劇でも見るように、高みから見下ろしていればいいのだ」
「……満点です」
モリアがくすりと笑い、静かに拍手を送った。
ご閲覧ありがとうございました。
今回は久々の“魔王パート”でした。
表面的な力に頼らず、制度と構造で人を支配する――そんな「帝王術」という概念を通して、貴族社会の根底にあるものを描いてみました。
魔王の理知と、ルーとモリアのやり取りのコントラストが、少しでも読者の心に残れば嬉しいです。