第五十九話:ご奉公の屋敷にて――マリと“朝の毒”
セリナは諦めなかった――
拒絶されても、無視されても、それでもマリともう一度向き合いたかった。
勇者である前に、妹のように大切だった彼女に。
今回は、セリナが“奉公人”として歩み出すエピソードです。
けれどその先に待っていたのは、かつての温かい日々とは違う、知られざる「屋敷の真実」でした。
「行ってきます!」
あの日から、私はほぼ毎日、シエノ様の屋敷を訪ねるようになりました。
「レン君には『やめとけ』と止められましたが、それでも――私は諦めることができませんでした
「家事のお手伝いに参りました。セリナです」
「セリナ殿、遊びに来てくれるだけでも嬉しいのに……わざわざ働かなくても」
「いえ、お邪魔しているのに、何も返さずにはいけません。それに私、家事は得意です」
「……わかりました。では、あなたの労働には敬意を込めて、給金を支払います。受け取ってください。これは僕の最大限の譲歩です。受けないなら、働くことは認めません」
「はい!」
こうして私は、しばらくの間、シエノ様の屋敷で“ご奉公”することになった。
*
「マリさん、おはようございます」
「……勇者様。何度も申し上げていますが、私はあなたの知っている“マリ”ではありません」
「……はい。私の勘違いかもしれません。すみません」
――どうして、そんな簡単なことに、今まで気づけなかったんでしょう。
「はじめまして。セリナと申します。今日からお世話になりますね」
もう一度、最初から友達になればいいじゃないですか。
「っ……失礼します!」
顔を隠して走り去ったマリさんを見て、
――嘘が苦手なところは、学校の頃から変わっていませんね、マリさん。
*
日に日に、私はこの屋敷に馴染んでいきました。
「セリナ殿の淹れたコーヒー、美味しいですね。勇者としても一流、メイドとしても完璧とは……お見事です」
「褒めすぎです。先生がコーヒーにうるさかっただけですから」
「えっ、ユウキ殿が……?」
「いえ、もうひとりの先生です。読み書きも、ぜんぶその方に教えていただいて」
「すごい……読み書きも、ぜひ今度、おすすめの本を教えてください。僕も勉強したいです」
シエノ様は、相変わらずお優しい方です。
毎日ボランティア活動で滅多に屋敷にはいませんが、帰るときには必ず、使用人の皆さんにお土産を買ってきてくださいます。
「セリナちゃん、おはよう」
「おはようございます。シアさん」
「これはこれは、朝から励んでおられますね、セリナ様」
「おはようございます、セバスさん。“様”はやめてください。今の私は、使用人ですから」
屋敷の皆さんは、本当によくしてくれました。
でも――
「マリさん、おはようございます」
「……おはようございます」
それ以上の会話が、生まれません。
マリさんとの距離は、一向に縮まりません。
でも、私は諦めません。
きっとまた、笑ってくれる日がくるって信じていますから。
……そう、思っていました――あの朝までは。
*
「うっ……おえっ……!」
マリさんが突然、嘔吐しました。
「マリさん!」
私はすぐに駆け寄って、そしてすぐに、その原因がわかりました。
マリさんのご飯の中に、“あってはならないもの”が混ざっていたのです。
――虫の足でした。
あんなものが偶然入り込むはずがありません
「汚いわね」
「ゲロ吐いてる……お似合いじゃん」
「料理当番だったの、あの子でしょ? どうせ失敗したんでしょ?」
「えー、最悪……私のご飯にも入ってたらどうすんの?」
誰ひとり、マリさんを心配しようとはしませんでした
――知っているはずだったこのお屋敷は、まるで知らない世界のようでした。
最後まで読んでくださって、ありがとうございます!
セリナが前向きに動き出した回でしたが、屋敷の人々が思いのほか冷たくて……読んでいて苦しかったかもしれません。
でも、マリの拒絶の裏にはちゃんと理由があって、セリナはそれを“受け入れてから”じゃないと前に進めないのだと思います。
次回、彼女たちの関係はさらに動いていきます。ぜひ、最後まで見届けてくださいね!




