第六話:その朝、聖剣の光は牢獄を照らした
王都の朝。最初に光を浴びるのは、聖剣を祀る神殿の尖塔だ。
商人たちは店先に商品を並べ、一日の商売に備えて忙しく立ち働く。
貴族たちの屋敷でも、使用人たちが慌ただしく動き始めていた。
――すべてが、いつも通りのはずだった。
セリナもまた、平穏な朝を迎えるつもりで目を覚ました。
しかし、彼女の目に映ったのは“いつも”とは程遠い光景だった。
隣のベッドにいるはずのマリの姿はない。
代わりに彼女を取り囲むのは、目を見開いた神官と、警戒した様子の衛兵たちだった。
――原因は、おそらく……自分の腕の中にある“これ”だ。
寝ぼけた頭で意識を向けた先にあったのは、昨夜から抱いて眠っていたあの聖剣。
まさか、それが騒動の火種になるとは――セリナはまだ理解できていなかった。
「おまえ、何をしておる! なぜ聖剣を抱いている!?」
「い、いや、あの……天使様が……!」
「天使? どこにもいないじゃない!」
寝起きにしては刺激が強すぎる光景と怒声に、セリナの思考は混乱するばかりだった。
昨夜の出来事は夢だったのか、それとも――。
「えっ……えっと……す、すみませんっ! 本当にごめんなさいっ! わざとじゃないんですっ!」
「ええい、捕らえよ! こやつは聖剣泥棒だ!」
こうしてセリナは、「勇者になった最初の試練」として、まさかの“牢屋行き”からその一日を始めることになったのだった。
「号外! 号外! 神殿で聖剣盗難事件発生! 犯人はなんと――使用人の少女だ!」
ニュースは、あっという間に王都全体に知れ渡った。
通りには新聞売りの声が響き、市民たちは噂話に花を咲かせる。
「処刑すべきだ! あんな身分の低い娘が聖剣を抜けるはずがない。なにか不正を働いたに違いない!」
第一王子マサキとその派閥は、セリナの処刑を強く要求した。
“使用人が勇者になるなど、認められるはずがない”という論理だ。
それに対し、大司祭は静かに反論した。
「聖剣を抜いた者こそが、神に選ばれし勇者。それは代々、王家が守ってきた掟です。
前回、誰も聖剣を抜けなかったゆえに、異世界の勇者を召喚したのでしょう?
ならば今回は――神は、あの少女を選んだのです。人の都合で口を挟むなど、神への冒涜に他なりません」
この問題の最終判断は、現王――前・異世界勇者に委ねられた。
そして王は、迷いなく言い放った。
「……わしは、あの娘を勇者として認める」
「父上っ!?」
王子の叫びをよそに、王は静かに目を閉じた。
たとえ実の息子であっても、かつて異世界で戦い抜いた王の価値観は変わらなかった。
努力と選定、それこそが真の勇者だと、彼は知っていたのだ。
だが――王子マサキは、その価値観を受け継いではいなかった。
王家に生まれ、貴族社会の中で育った彼は、血筋と格式の正しさを叩き込まれていた。
彼の周囲もまた、それを“正しい”王の姿と信じていた。
だからこそ、たとえ王が正式にセリナを勇者と認めようとも、
マサキと彼の背後にある貴族勢力は、それを到底受け入れることはできなかった。
そして――
王子の心に芽生えたのは、“怒り”ではなく“憎しみ”だった。
それは小さな種だったが、いずれは黒き華を咲かせ、
自らを、そして周囲をも飲み込んでいくことになる。
そうとは知らず、世界は“選ばれし勇者”セリナと、
“認められぬ王子”マサキを中心に、大きく動き始めていた――。