第四十九話:明星に照らされた願い
不夜城編もついに終盤。
世界のルール“神魔大戦”の真実と、明かされる“アスモデウスの願い”。
魔王に敗れた小悪魔が、土下座してまで託した想いとは……?
遥か昔――
まだ人間すら存在しなかった時代、
天界と地獄は「人間界の所有権」を巡って、果てしない戦争を繰り広げていた。
それが、後に“神魔大戦”と呼ばれる戦いである。
この戦争は、
天界の筆頭熾天使ルキエルと、
地獄七十二柱を束ねる悪魔、パイモリアが直接対決するまでに至った。
だが、決着はつかなかった。
最終的に両者は「人間界の所有を放棄」し、
代わりに“天界・地獄は上位存在を人間界へ直接干渉させない”という取り決めが結ばれた。
ただし、
双方から一名ずつ「監督者」を人間界に送り込み、
禁忌を破った存在を元の世界へ強制送還することは許された。
天界からは、当然ルキエルが選ばれた。
あらゆる悪魔を凌駕する、最強の天使だからだ。
そして、
対する地獄からは――パイモリア本人が“自ら”降り立った。
世界では、
天界が“昼”を、地獄が“夜”を支配している。
だから、不夜城は「夜」にしか人間界へ姿を現せない。
昼には、ルキエルの監視の目があるためだ。
約百年前。
アスモデウスは、不夜城の城主ミリアムと共に地上に滞在した。
「夜の間だけ出現する」という条件で、ルキエルの探知を避けていたのだ。
だが――このセルペンティナに足を踏み入れ、さすがのルキエルも気配を察知し始めていた。
天使が夜に悪魔を特定するのは困難だ。
だが、“時間停止”という不自然な現象が起これば――
ルキエルでもこの場所を気づくはずだ。
* * *
「マスターーーーー!!」
空から降り注ぐ、明星の光。
それは“天使の到来”を告げるしるしだった。
やがて光は人の姿へと変わり、
あの天邪鬼な少年――ルーが、私の胸に飛び込んできた。
「毛玉のマスター、久しぶりー! もふもふ~♡」
まったく、仕方のない子だ。
頬ずりして甘えてくるこの少年からは、
かつて神魔大戦を戦い抜いた熾天使の威厳など微塵も感じられない。
「……あっちゃ~、明けの明星に見つかっちゃったか~。
こりゃお手上げだねぇ。さすがのアスにゃんも、明星相手じゃ勝てないわぁ」
明星の光をまともに受けたアスモデウスは、胸を押さえながらも、かろうじて立ち上がる。
だがその足取りからは、もはや戦う余力は残っていないことが明白だった。
「悪魔は地獄へ帰りな。
この地は、君の居場所じゃない。――それは、神魔大戦以来の決まりだよ」
ルーが手を掲げ、
さらにもう一発の“明星”を放とうとしたとき――
私は、その手を制した。
「……帰りに君の好きなトマト味のフライドポテト、買ってやる。だから、少しだけ時間をくれ」
「やった! プリンも欲しい!」
「買ってある。……だから、ちょっとだけ」
ルーをなだめ、私はアスモデウスに問いかけた。
「……なぜ、私をここに呼んだ? あの“聖女”のためか」
「ははっ……さすが魔王様、なんでもお見通しだね。
そう。アタシじゃ――あの娘の願いを、叶えられなかった」
“戦士として、最高の戦いの中で散りたい。”
そんな願いを、あの“バトルジャンキーな聖女”はアスモデウスに託していた。
……だが、それを叶えるには、魔王との一戦しかなかったのだ。
「受けるわけがない。私は“魔王”だ。慈善家じゃない」
「だからさ――アタシは、魔王様に勝って、アタシの頼みを聞いてほしかった。……あの娘とはダチだからさ。……まぁ、負けちゃったけどね」
彼女は、笑っていた。
でもその笑顔の裏で、
アスモデウスは、涙をこらえきれなかった。
「お願いだよ……魔王様。どうか、あの娘を“戦士として”殺してあげて……!」
その身を地に伏せ、頭を下げて。
かつて誇り高かった小悪魔は、地面に額をすりつけながら懇願していた。
――百年ぶりに見る彼女は、どこか変わっていた。
「……断る」
私は、斬り落とされた《紅孔雀楼》の方を指差した。
そこには、
すでに“光に還りかけている”ミリアムの姿があった。
「……あの娘は、もう救われた。
自ら信じた“戦場”の中で――な」
小悪魔・アスモデウスの戦い、いかがでしたか?
今回は魔王ではなく、“彼女”の物語として描きました。
どこまでも誇り高かったはずの彼女が、なぜ“土下座”してまで訴えたのか――
読んでくれたあなたに、少しでも届いていたら嬉しいです。




