第四十七話:朧月に散る
《紅孔雀楼》の最上階。ついにレンとミリアムが対峙。
月を抱いた剣と、糸を操る魔女。
ふたりの誇りがぶつかり合う、静かで熾烈な一騎打ち。
薄闇に満ちた《紅孔雀楼》の最上階――
天女の間に、ふたりの影が静かに対峙していた。
片や、王国第二王女にして現代最強の剣士、レン・アルセリオン。
片や、百年前に火刑に処され、いまは魔女として蘇った女郎蜘蛛、ミリアム・エクスコミュニカ。
静寂を切り裂くように、一陣の風が吹く。
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レンの踏み込みは、まさに風のようだった。
靴音すら残さぬ鋭いステップ――
銀の刃が月光のように煌めく。
――「月華一刀」
速さに特化した水平斬り。
それを、ミリアムは迷いなく“旗”で受け止めた。
その旗は、かつて戦場で民を導いた象徴。
今や鋼のごとき硬さと、鞭のような柔軟さを併せ持つ武器となっている。
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「これでも、まだ届かないのか……楽しいじゃないか!」
「姫と聞いて油断しました。昨日の“ポンコツ王子”のような軟弱な剣だとばかり思って――私も未熟でした。ならば、こちらも本気でいきます」
ミリアムが旗を槍のように構え、突きを放つ。
――「ペネトレイト・スティング」
鋭く、重く、正確な一撃。
空気が弾け飛び、レンは紙一重でそれをかわす。
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「危ないっ! よくも……マサキ兄を!」
「殺してはいません。まだ、ね。私を裏切った王家の血とその眷属は……みな、私と同じように正式に炎に焼かれるべきです。百年前から決まっていたこと」
レンが深く踏み込み、月影をまとった剣が奔る。
――「影月翔」
縦横無尽に舞う斬撃。月の影のような連撃を、
ミリアムは旗を風車のように回してすべて受け流す。
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「あなたも私と同じ。優れた女であるがゆえに、周囲の男どもから嫉妬され、傷つけられたでしょう?」
「……それは」あの日、剣に敗れた兄の嘲りが、レンの頭をよぎった
「王子は言っていましたよ。“化け物”だと。――そんな男のために、なぜ、そこまで」
レンの剣がわずかに鈍る。
ミリアムはその隙を見逃さなかった。
――「スレッド・ジャマー」
周囲から放たれた粘着糸が視界を遮り、脚に絡みつく。
「くっ、ネバネバして……切れにくい……!」
「男どもは愚かで醜い。こんなくだらない罠に落ち、みっともなく死ぬ。百年、何度も見てきた光景です」
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ミリアムが跳躍。上段から突き下ろす――
――「ファントム・ダイブ」
レンは咄嗟に腕一本で身体を回転させ、回避。
その勢いのまま、左肘を突き上げ、構えを切り替える。
「俺が二刀流にしなかった理由、教えてやる!」
膝蹴り、掌底、連撃。
「格闘技……!?」
「一流の剣士は、剣を失ったときの術も身につけているものさ」
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ふたりの間合いが、僅かに開いた。
レンの気配が変わる。
――「満月斬華」
まるで満月のように、広がる一撃。
ミリアムは跳躍し、直上へ退避する。
だが――
――「煌月落とし(こうげつおとし)」
天から放たれる、一直線の斬閃。
ミリアムは旗で受け止めるが、わずかに体勢が揺らぐ。
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「俺は兄にも、師匠にも、その剣の才能を恐れられた。
それでも、俺は高潔な戦士として生きたいと思った。
剣を諦めない。兄を見捨てない。――それが俺の“剣”だ!」
「詭弁です。私は――王国を、あの人たちを、絶対に許さない!」
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ミリアムが距離を取り、糸が渦巻く。
まるで羽衣のように身体を包み――
――「シルク・ミラージュ」
姿が複数に分裂する。幻か、擬態か。
だが、レンは迷わない。
「剣を交えた今なら分かる。あなたが本当に憎んでいたのは、何だったのか」
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レンは静かに剣を鞘に収める。
一歩、また一歩。踏み込みながら、深く息を吸い――
全身の力を、ただ一点に込める。
――「秘剣・朧月の舞」
抜刀。
月を割くような一閃が、すべての幻影と糸を断ち、
《紅孔雀楼》すらも斬り裂いた――
「あなたは。誇り高き戦士として死ねなかったことをなにより憎かった」
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静寂。
舞い落ちる糸、揺れる白旗。
その向こうで、ミリアムの身体が、ゆっくりと崩れ落ちる。
(……そうでした。私は、魔女でも聖女でもなく――
高潔な戦士として死にたかったのですね)
ミリアム、戦士としての幕引き。
そして次にレンが向かうのは――?
ここから不夜城編、いよいよクライマックスへ。