第四十六話:序盤にラスボスを出すんじゃねぇ!
聖女と悪魔――その圧倒的な存在が、《不夜城》の真実を暴き出す。
ついに、魔王が“本気”を出す時が来た。
物語は決戦へと動き出す。
みんなも子どもの頃、一度は考えたことがあるだろう。
「ゲーム序盤でラスボスが味方になったら、超ラクじゃない?」って。
……だが、それは初心者の町を出るまでの幻想に過ぎない。
すぐに気づく。
周囲のモンスターがラスボス基準で強化され、雑魚敵ですら地獄級。
レベルの低い主人公は開幕即死。経験値も稼げず、進行不能。
終わらない理不尽。
永遠のジレンマ。
――そう、まさに今の私たちがそうだ。
聖女ミリアム・エクスコミュニカが現れました。
色欲の悪魔アスモデウスが現れました。
おい、序盤でカンストボスを2体出すな!
しかもアスモデウスは状態異常特化のクソめんどくさいボスだ。
レンが魅了状態になったら3対1になる。それだけは、どうにか避けたい。
「レン、聖女は任せた。アスモデウスはこっちで処理する」
「えっ、ちょっ……!」
レンが状況を飲み込む前に、私は時間を止めた。
*
時が止まった世界。
慌てるレンも、目を見開いたミリアムも、すべてが静止している。
この空間で動けるのは――私と、
「も〜、なんの前フリもなく時間止めるなんて、さすが魔王様♡
女の子にイタズラし放題ね、えっちぃ〜」
悪魔72柱のひとり、色欲の悪魔アスモデウスだけだ。
「下剋上でも狙ってるのか?
わざわざ俺を、こんな趣味の悪い“男ホイホイ”に誘い出して」
「ははっ、ないない。アスにゃんは地位も権力も興味ナッシング。むしろ
魔王様のことは大好きよ? 好きって言っても、ほら、そういうんじゃないからね?
友達! ダチ! トモダチってやつよ!
モリリンが恋のライバルとか……無理すぎるし。
ただ――」
アスモデウスは、隣の聖女ミリアムを見た。
そのとき、ほんの一瞬だけ……その顔に哀しげな影が差した気がした。
……ただ、ダチの願いを叶えたいだけ。
……たとえ、あの子にもう昔の心がなくても。
だから魔王様、今回は――
敵として、アスにゃんが相手してあげる♡
「いいだろう。……本気の魔王を見せてやる」
人間の姿が消える。
空間が揺れた。
重力が変わったような圧に、空気が軋む。
現れたのは――ちいさな毛玉、
それが“魔王”の真の姿だった。恐怖より、
どこか愛らしさが勝っていた。
*
「え?」
マオウがアスモデウスと共に、まるで瞬間移動のように姿を消した。
「アスモデウス様……?」
聖女ミリアムも動揺している様子だった。
ならば、今しかない。
――月閃。
俺は息を吸い込み、筋肉に力を込め、一気に必殺の一撃を叩き込んだ。
……だが。
「……剣気は立派。でも、“この程度”では届かない」
ミリアムは、俺の一撃を――かつて戦場で掲げた白旗で受け止めていた。
それは、祖国に勝利をもたらした象徴だった。
「聖女ミリアムは、あの日――火に焼かれて死にました」
「今ここにいるのは、“魔女”ミリアム・エクスコミュニカ。不夜城の主です」
周囲の糸が彼女の身体に巻きつき、かつての鎧を形作る。
百年の時を越えてなお、彼女の技も意志も鈍っていない。
女郎蜘蛛となった今でも、彼女は戦士であることをやめていない。
……面白い。
一人の剣士として、彼女とぜひ剣を交えたい。
「レン・アルセリオン。一介の剣士として、貴殿に決闘を申し込む」
ミリアムが“聖女”としての象徴を手に立ち塞がり、
アスモデウスが“友”としての覚悟を持って立ちはだかる。
今、二つの決闘が始まろうとしている。
それぞれの信念と過去が、交差する。