第百八十九話:天軍、来たるーー明けの明星は、もう止まらない
男なら誰しも、一度は夢見るだろう。
美少女たちに囲まれ、甘く蕩けるような初夜を迎えるという夢を。
――そのはずだった。
だが現実は、いつだって理不尽だ。
幸福は、あまりにも脆い。
たった一つの感情が、
たった一人の選択が、
世界すら変えてしまうことがある。
これは――
「初夜」から始まる、戦争の物語。
男なら誰しも、一度は夢見ることがあるだろう。
美少女だらけのハーレムを作るという夢を――。
「ふ、不束者ですが……よろしくお願いします……!」
ベッドの上で三つ指をつき、顔を真っ赤に染めた女の子――彼女が私の三番目の嫁である。
レン・アルセリオン
王国の第二王女にして、人間最強の剣士。彼女を娶ることができるなど、私にとって過ぎたる栄誉だ。
モリアは特別だ。だからこそ、彼女やセリナに悲しい思い出はさせたくない。
さて……初夜では何をするものなのか。知識としてはわかっているつもりだが、どうも実感が湧かない。
しかし、彼女に恥をかかせるわけにはいかない。ここは私がリードしなければ――
そう決意した途端、ドアが勢いよく開け放たれた。
「麻雀大会を執り行うでありますよ!」
「えっ?! 俺、今夜は夫婦の初夜を過ごすんだけど!」
そこにいたのは、我が家の住人たち――モリア、セリナ、そしてエンプラの三人だった。レンは明らかに状況を飲み込めず、呆然としている。
「いいじゃない。独身最後の夜、女の子たちだけでパーッとやろうじゃないの」
「それ、結婚式の前夜にやるやつだ! 俺はもうとっくに独身じゃないんだけど!」
「レン君だけいい思い出をさせるわけにはいきません。今夜は寝かせませんよ」
「セリナ、やっぱり根に持ってるだろ! 嫌だ嫌だ、乙女の一生に一度の初夜の思い出を、寂しい女たちの麻雀大会で潰されたくない!」
「黙らっしゃい。エンプラ、この娘を担いででも連れて行きなさい。正妻より先に旦那様と夜の生活を楽しむなんて、千年早いわ。大丈夫、夜は長いんだから。ふふふ……」
「了解であります!」
「失礼しました!」
嵐が去った。嫌がるレンを、三人が無理やりリビングへと連れ出したのだ。
しばらくすると、四人で楽しそうに麻雀をしている声が聞こえてきた。なんだ、仲良くなっているじゃないか。まあ、レンの声がちょっとやけ気味なのは気のせいだろうか……。
最初は三人だけだった家が、今ではこんなにも賑やかになっている。私は静かに幸せを噛みしめた。
ずっと、このままがいい。この時間が、永遠に続けばいいのに――。
三人……?
そういえば――
十二翼の天使の姿が、頭の中をよぎった。今までいろんなことがありすぎて、すっかり忘れていた。
もうしばらく、ルーを見ていない気がする。
*
あの子の行くところは、かなり限られている。家と神殿にいなければ、あそこしかない。
世界の最高点――ヴァルハラ・ピークの『アサー』。
最初の勇者アサーが初めてここを訪れた時、自らの名を冠したというその頂は、海抜10864メートル。雲海を突き抜け、天空にそびえ立つ。
高い所好きのルーは、よくここへ来る。バカと煙は高い所が好きだというが、それだけではない。現世で最も神に近いこの場所が、あの子を安心させるのだ。帰りたいと思えばいつでも天界に戻れるのに、ここにいるのは――あの子なりの強がりかもしれない。
雲海を突き抜けた一万メートルの上空は、当然ながら寒く、空気も薄い。しかしおかげで、天使の少年の姿はすぐに目に映った。
最も高い頂きの岩の上で、膝を抱えて何かを考え込んでいる。
それは珍しいことだった。あの子はなんでもできるから、悩むこと自体が無縁だと思っていたのに。
私はルーの隣に静かに座った。いつも思うのだが、この子の体温は普通の者より少し高い。寒さの厳しい高山の山頂だというのに、隣にいるだけで暖かく感じる。
ルーは何も言わないまま、一時間が過ぎた。
沈黙に耐えきれなくなったのか、ルーから先に話しかけてきた。
「……何も聞かないのだな」
「聞いてほしいのか?」
「……その聞き方は、狡いのだ」
「わかった。じゃあ聞くよ――どうして来なかったんだ? 私の結婚式。来てほしかったのにさ」
「…………」
再び訪れる沈黙。この子には、難しい質問だったかもしれない。長い時間を生きてはいるが、ルーは見た目と同じで、心はまだ幼い。なぜ自分がそんな行動をとったのか、わからないくらいに感情を理解していない。昔の私のように。
だから、無理に聞き出そうとはしなかった。それはただこの子を必要以上に困らせるだけだ。ただ傍にいてやるだけで、きっとためになる。ルーは孤独が苦手だ。最強であることの裏返しとして、実は寂しがり屋。だけどそれを認めるのは、この子のプライドが許さないのだろう。
「いいよ、言わなくても。私が今、君のそばにいたいだけ。それでいいじゃないか?」
「……ダメだ」
「え?」
「ちゃんと言える。僕を子供扱いしないでくれ」
あのルーが――。
近すぎて気づかなかった。子供はいつか成長するものだ。見た目は変わらなくても、中身はもう、千年前に初めて出会ったあの我儘天使ではないのだな。
「マスター……僕はマスターが好きだ。この『好き』は、神に対する『好き』とは違う。今までは隣にいるだけで満足できていたのに……マスターの結婚式を見て、僕は初めて心臓が苦しくなったのだ」
世界のすべての攻撃はルーには無効だ。だからこの子は『痛い』という感覚を知らない。そのルーが、初めて感じた痛み――それは心の痛みだったのか。
「あいつらがマスターの『特別』になったなら、僕は? 置いていかれるのか? 嫌だ! 僕だってマスターともっと先の関係に行きたい! なんであいつらばかりなんだ? 狡いぞ。僕が最強なのに、一番偉いのに……!」
全能の力でどうにかできることだった。しかし、彼はそれをしなかった。だってそれで得たものは、ルーが本当に欲しいものではないからだ。芽生えたばかりの感情が暴走し、この子を苦しめていた。
「じゃあ、ルーも本格的にうちへ来ないか? 私の伴侶として」
「……いいのか? 僕は、凄く我儘だぞ。天界で、神以外に僕と仲のいいやつは一人もいないくらいに」
「やけに弱気だな。君のことだから、そんな下々の者の気持ちなんてどうでもいい、と言うと思ってたのに」
「あいつらに嫌われても、どうでもいい。でも……マスターに嫌われるのは、怖い」
これは……思った以上に参っているな。まさかあのルーが。
いつの間にか、手を握られていた。あのいつも敵を握り殺す恐ろしい手が、今はただ、柔らかく不安で震える少年の手になっている。
「大丈夫、魔王だぞ、私。神が君の我儘を受け止められるなら、魔王の私にできないわけがない。それより、私の方こそ……今は嫁が三人もいるけど、いいのか?」
「それはいい。だってあいつらはマスターのものだろう? それでマスターが僕のものだから、問題ないのだ」
え?
なるほど……ルーの認識の中では、自分はモリアたちと同列ではなく、私の『所有者』の立場に立っているつもりらしい。全く、どこまで傲慢な奴か。でも、それもこの子らしい。
「これで僕は、マスターのお婿なのだな。マスター、マスター……えへへ」
本当に調子のいい子だ。悪魔にも天使にも恐れられた『明けの明星』の本質は、甘えたがりの寂しん坊。でも、プライドが高いこの子は、決して自分が認めていないものには甘い顔を見せない。そう考えると、ちょっと誇らしくなる。
しかし――この時の私は、まだ知らなかった。
これから起きることを、少しも予想していなかった。
*
「何をしている! ルキエル」
一つの中年男性の声が、ヴァルハラ・ピーク上空に響き渡った。ルーとの話に夢中で、ここが天界と最も近い場所だということを忘れていた。
夜空が明けた。だがそれは、太陽の光ではない――
天使たちの光によって、照らされたのだ。
空一面が、埋め尽くされていた。
雲の上。雲そのものを踏みしめて、無数の軍勢がひしめいている。その数、万を優に超える。十万か。それ以上か。空の青さが完全に消え失せ、代わりに広がるのは、銀と金と鋼の色彩だった。
天軍、来たる。
東の空は、温かな光に包まれていた。
ウリエル。彼はそこにいる。太陽のような気さくな雰囲気だが、その表情は――見た目の柔和さとは違う。獲物を捉えた、微かな緊張が走っている。彼の背後には、弓を構えた兵たち。彼のカリスマが、戦場にあってなお、天使たちの心を奮い立たせていた。
西の空は、熱気に満ちていた。
「へっ」
小さな影が、一つ笑った。カマエル。炎のツインテールが風に踊る。小麦色の肌が陽光に照り映える。彼女の手には、体より巨大な斧。それを肩に担ぎ、無造作に立つ姿は幼い少女そのもの。しかしその身に宿るのは、戦いを待ち望む獣のそれだった。
北の空は、異様な静けさだった。
ラジエル。彼は何も見ていない。ただ、膝の上の『ラジエルの書』を見つめているだけだ。黒い長髪は風に揺れず、銀縁の眼鏡の奥の瞳は、何の感情も映さない。しかし彼の周囲の軍勢は、彼の一呼吸を待つかのように完全に静止している。彼がそこにいる――それだけで、北の空は「情報」そのものとなっていた。
南の空。
そこだけ、空気が違う。
月色の長い髪が、風に静かに揺れる。腰までまっすぐに伸びたそれは、戦場の只中にあって、ただ一筋の月明かりを落としているかのようだ。
ザドキエル。
彼女は立っている。ただ、そこに。武器も持たず、戦装束も纏わず。しかし彼女の周囲だけ、天使たちの呼吸が深くなり、緊張が和らいでいた。彼女は見つめている――遠く、山頂を。その瞳に敵意はない。ただ、静かな哀悼の色が、ほのかに浮かんでいる。
そして、東南。
金色の光が、まばゆく輝いている。
ハニエル。全身から放つ黄金の光が、彼女を中心に周囲の兵士たちを照らし出す。彼女は戦場にあってもなお、自分こそが最も美しいと知っている。その確信が、彼女の存在を異様なまでに際立たせていた。
そして、西北。
灰色の巨大な影があった。
カシエル。五十メートルの巨人は、山頂の真上、天を覆うように存在している。灰色の長い髪が、雲海のように流れ落ちる。大きなマスクが、彼女の表情を隠す。
最後に、真上の上空を制したのは、白銀の軍団。
整然と並ぶ槍衾が、陽光を反射して一条の光の壁を作る。その最前列、一歩前に立つ男――ミカエル。純白の軍服に包まれ、腰の『天軍の剣』はまだ鞘に収まったまま。しかし、その存在自体が、すでに一つの軍勢に等しい。
してやられた。連続した幸せで、完全に平和ボケしていたようだ。
「は? それはお前の知ることではない。ミカエル、僕を見下すほど、お前はいつからそんなに偉くなった?」
先まで甘えん坊だったルーが、一瞬ですべての笑顔を失い、殺気立っていた。この大軍に包囲されても、少しも臆していない。それは同じ天使だから安全なのではない――殺したい時はいつでも殺せる、という余裕であった。
「あれは魔王だぞ。我らが父なる神に刃向かう輩たちの親玉。そんなものと親しくするとは……神を裏切ったのか、ルキエル!」
「邪推するな。ミカエルの分際で、僕の神への忠誠心を汚すな。殺すぞ」
放たれた殺気に、あの天軍の軍団長ミカエルすら一瞬怯んだ。私はそれを見逃さなかった。
彼は知っている。ここにいる星の数ほどの天軍も、ルーの前では何の威嚇にもならないことを。
「まあいい。俺はただ神の意志を伝えに来ただけだ。神は貴様に会いたいと仰せだ。即刻、天界に戻るように」
怪しい。普段、そんな伝令の仕事はガブリエルの役目だ。なのに、なぜか彼だけがいない。
それはかつて、ルーが彼に『ルキエルに嘘をついたらロンギヌス千本飲ます』というルールを課したからだ。つまり、彼はルーに嘘が言えない。逆に言えば、今のミカエルは『嘘』を言っているということだ。
「ただそれだけか? そんなことだけのために、この軍勢はいらないだろう」
「……魔王」
ミカエルの眉間に皺が寄り、私を睨んでいる。私がいることは予想していなかったのか。
「貴様には関係のないことだ。これは天界の問題だ」
ごもっともだ。しかしルーも私の家族だ。立場上関わるべきではないかもしれないが、毛玉家は家族を捨てない。それが我が家の流儀である。でも私が出すぎると、ルーの立場も危うくなる。過度な干渉は注意しなければ……
その時、右頬に急に痛みが走った。
傷口から血が流れ、その周囲の白い毛を赤く染める。誰かが放った一本の矢が、私の頬を掠ったらしい。どうやら用事があるのはルーだけではないようだ。
「これはどういうつもりかな」
「あなたにも来てもらいます――捕虜として」
ラジエルの眼鏡が、怪しい光を反射している。なるほど、彼の目には今の私は、一人で天軍に包囲された哀れな悪魔側のボスに映っているのか。参ったな、本当に。
「何をしているのです! 魔王に攻撃する命令など、神は出していません。今、天界と地獄は停戦協定を結んでいるはずです。なのに……なぜ!」
ザドキエルが抗議した。しかしそれに返ったのは、ラジエルの冷笑だった。
「甘えたことを言うな。今、周囲に悪魔の戦力は一人もいない。こちらは精鋭揃い、その上、明けの明星もいる。これ以上の好機が二度と来ると思うか? 魔王を押さえれば、悪魔どもをねじ伏せるところまではできずとも、士気を大幅に削ぐことができるだろう」
「勝手な真似をするな! 俺が指揮官だ。命令に従え。今回はルキエルの確保が最優先だぞ」
ミカエルは冷静にこの良くない流れを止めようとするが、魔王の首を目の前にして、天使たちは興奮を抑えられないらしい。
「何てことをしたんだ!」
ウリエルが大きくラジエルを叱った。
「なぜ最初の矢を外した?! 魔王は物理攻撃に弱く、不死身でもない。あれで仕留めれば、被害を最低限に抑えられたはずだ。警戒された以上、そう簡単にはいかないだろう!」
「ウリエルも落ち着け! 何があっても、今は魔王への攻撃を禁止する。いいな、絶対にするな!」
「ふん、ごちゃごちゃうるさい! あの毛玉の首を取ればいいんだろ。あたいが一番槍だ!」
カマエルは口論に飽きたのか、そのまま斧を振りかざし、私の首に斬りかかってきた。
だけど彼らは、一つ勘違いしている。私は一人じゃないということを。
「……え?」
カマエルの斧は、私に届く前に何かに当たり、鈍い音を発して、それ以上進めなかった。
「ね? 僕のこと、忘れてない?」
それは、ルキエルの手首だった。
切れ味抜群で、今まで数多の強敵を葬ってきた神器が、今はまるで鈍い錆びた刀のように、傷一つつけることすらできない。
カマエルが何が起きたのかを理解する前に、ルキエルの左手が彼女の首を強く締め上げた。同じような体格で、巨大な斧を振り回すカマエルの方が力持ちに見えるが、ルキエルの前では生まれたばかりの雛のように無力だった。
喉を強く絞められ、声を発することすらできない。必死に暴れ、斧の刃先をルキエルに向け直した。重い一撃、また一撃がルキエルの体に炸裂する。しかし斧の衝撃の反動でカマエルの両手が痺れるばかりで、ルキエルに傷一つつけることはできなかった。
そしてルキエルは、ただひたすら左手の力を強めていく。カマエルの血液が脳に酸素を届けられなくなり、顔から血の色が引き、白目を剥き、泡を吹き、そして失禁した。手からは重い斧を振るう力が失われ、斧は地面に落ちた。
天使たちがようやく現実に何が起きたのかを理解し、何かをしようとしたその時――
脆い骨の折れる音と共に、カマエルは息を絶えた。
まるでゴミを捨てるように、ルキエルは彼女の死体を地面に投げ捨てた。
世界が静まり返った。この一連の出来事に、誰もが恐怖で呼吸する勇気すら失っていた。呼吸の音でルキエルの不興を買い、自分が次の被害者にならないように――。
ルキエルだけは、顔色一つ変えずにプロトタイプを抜いた。
「すぐに復活されるのも面倒だからな。僕に殺された神格者は、三日後に復活するようにしておいた」
ルキエルは光るプロトタイプを再びカマエルの心臓に突き刺した。生き返ろうとわずかに脈打っていた彼女の命を、再び止めるために。
カシエルはもう我慢できないらしい。妹が目の前で二度も殺されたことに、平気でいられる姉はいない。今にも飛びかかろうとするが、ウリエルとラジエルが必死に抑えている。
ミカエルは重くルーに問いかけた。
「魔王をかばうために味方に手をかけるとは……天界の敵になるつもりか! 神の愛を受けながら、その方を裏切るのか!」
「僕は神を裏切っていない。だけど、マスターに危害を及ぼすものは許さない。警告する」
ルキエルはプロトタイプを高く掲げ、宣言した。
「軍を引け。さもないと、皆殺しにしてやる」
それは脅しじゃない。最終通告である。
「それは……できん!」
ミカエルは深く息を吸い、覚悟を決めたように言った。
「我々天軍は、神のための軍隊。神の威厳を象徴している。停戦協定中に魔王に手を出すのは本意ではないが、部下が殺され、そのまま相手の言葉だけで軍を引けば、神の威厳は地に落ちる。我々には……戦死はあっても、撤退はあり得ない!」
可哀想なミカエル。彼にもわかっているはずだ。これはやるべき戦いではない。だから彼も、私を嫌いながらも我慢して、ルキエルを連れ戻すだけにしようとしていた。しかし部下の先走りで天軍が開戦し、さらに将官を失った以上、ここで引くことは神の絶対性に影響する。
神の面子のためにも、ミカエルは戦わなければならなかった。
「あ、そう。残念だね」
ミカエルはルキエルの強さを知っている。だけど今、十万の天軍精鋭と七大天使がいる。それならば、もしかしたらルキエルと良い勝負ができるかもしれない――そんな淡い希望を、抱かせてしまったのかもしれない。
――ルーが、この技を使うまでは。
「禁忌――フォー・オブ・ア・カインド」
ルキエルがプロトタイプを地面に突き刺した瞬間、彼の影が歪み、歪み、そして——三人の「同じ存在」が、そこに立っていた。
一人は聖弓アポロンを構え、東を向く。
一人は聖槍ロンギヌスを携え、西を向く。
一人は全能神の要塞〈エルシャダイ・バスティオン〉を纏い、北を向く。
そして本尊は、プロトタイプを手に、南を向く。
まさに禁忌の四重存在。
私すら知らなかったルーの力。千年前、この子との戦いで、ルーはまだまだ本気を出していなかったようだ。
当然、天使たちもルーが四つに分裂したことに面食らった。混乱が、この規律厳重な天軍の中で起きている。本来、四つの分身に力も四分され、一体のルーの力は本来より弱くなるはずだが――
∞を四等分しても、∞であることを、天使たちはまだ知らない。
幸福とは、守られるものではない。
選び取るものだ。
だがその選択が、誰かを傷つける時――
それでもなお、人は愛を選べるのだろうか。
最強の天使が、初めて知った“痛み”。
神の軍勢が、初めて向けた“敵意”。
そして――取り返しのつかない、一線。
もう、後戻りはできない。
次回――
天と魔、全面衝突。




