第百八十五話:悪魔のハネムーン、最後の巡礼ーー生きていれば、また
愛を告げた翌朝。
世界は壊れなかった。
未来も消えなかった。
けれど――
幸福の後には、必ず訪れるものがある。
それは、不安。
それは、別れ。
そして千年。
長い年月を経て、あの朴念仁がようやく私にプロポーズをした。
長かったわ。正史の時間をプラスすると、万を超える天文学的数字になった。
でも、そのすべてが無駄にならないくらい――昨日の体験は、本当によかった。
女の子だもの。ウェディングドレスは、一度でもいいから着たいわ。
正史のあの、すべてを尽くしてぶつかってくる彼も素敵だけど――
女の子はやはり、戦いより、ロマンティックな愛の告白の方が好みだわ。ふふふ。
それなのに。
「何も……しに来なかったわ。」
「え……うそだろ……」
「いいえ、マオウさんならむしろ当たり前すぎる話では?」
――試練が終わり、地獄に新しい朝が訪れた。
セリナたちは、今日で未来へ戻る。最後に地獄をゆっくり巡りたいので、その前にちょっとした恋バナを始めたのだった。
「で、何をするつもりだったんだ?」
このバカ天使は、このグループの中の異物。精神年齢がまだ七歳くらいのお子様に、夜の生活の相談なんてしたくないわ。
「それは、もちろん交――、うむッ!」
「子供はおやつの時間よ。あっちに行ってらっしゃい。」
このアホなロボ娘が余計なことを言う前に、パンでその口を塞いだ。
彼がこの娘に甘すぎるから、いつまでも一人前にならないんだわ。
ザガンに二人のお守りを任せて、乙女トークを再開した。
「初夜なのよ。少し期待してもいいじゃない? なのに、あの毛玉ったら……」
――私の隣で、幸せそうに一晩眠っただけ。
これは、知っていたことだけど。
最高の幸せの後には、これが待っている。
「あんたのことだから、自分から襲うかと思ったわ。」
「できるわけないじゃない。女の子からなんて、はしたないわ。あなたならできるの?」
「俺は……ごめん、無理だ。」
ほ~ら、このいつもがさつな『オレ娘』も、いざとなると男の子からリードしてほしい乙女なのよ。
女子力、遥かに高い私は、そんな自分からなんて――二回目からよ。そういうのは。
「セリナなら、自分から行きますけど。」
「え?」
大人しい雰囲気とは裏腹に、このメイド娘は自分から攻めるタイプらしい。
相手が来なければ、自分から行く。さすが勇者、勇ましいことだわ。
――私が苦手なタイプでもあるけど。
「セリナ、あんた、何をするかちゃんと理解してるんだろうな? え? 女の子からとか、ありえないだろ?」
「バカにしないでください。そのくらい知っています。
だけど、こういうことは、男も女も関係ないと思います。
モリアさんも、ただ待っているだけで、どうにかなりましたか?」
「……」
――なってないわ。
だって、あの人は精霊。性欲は、機能として欠けているもの。
性行為を概念としては理解しているが、自分から進んでしようとはしない。
だから、彼は私の許しがなければ決して他の女に靡かないけれど――
同じく、性行為に対してネガティブすぎるのも、いただけないわ。
「あんたは『全知』の悪魔だろ。方法を知らないわけないじゃない。」
「ええ、知っているわ。『自分から誘う』以外の方法は、ないってね。」
「……マジで。」
――これでご理解いただけたでしょう?
全知は万能じゃない。時に、わずかな希望さえ断つ、呪いなのよ。
「じゃあ、どんな誘い方が一番成功率が高いんでしょう?」
「教えるわけがないわ。少なくとも、今はね。
ハネムーンで、旦那が他の女に誘われて童貞喪失――新妻にとって、あんまり面白い話じゃないでしょ。」
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――私の体は、男の子。
それは変えられない事実。
唯一の可能性は、ルキエルのプロトタイプでその事実を変えること。
だけど、私は知っている。あいつは、私のためにそんなことは絶対にしない。
だから、私はどこかで、あの人に申し訳ないと思っているのかもしれない。
本来なら、彼はザドキエルという正真正銘の女の子と結ばれるはずだった。
なのに、私はそんな未来を変えた。
こんな、面白味のない体じゃ、あの人が満足できるのかしら。
あの人の子供を孕めないことで、あの人から父親になるチャンスを奪ってしまうのかしら。
彼がそんなことを考えないと知っていても――心の中の不安は、消えない。
だから、私は、あの人をこの娘たちに引き合わせたのかもしれない。
色んな人の人生を巻き込んで、ただ、彼と私の幸せな未来があるために。
――やはり私は、悪い女だわ。
でも、後悔はしない。
これは、私が選んだ道だもの。綺麗事だけで、幸せが訪れるわけがない。
それは、誰よりも私が知っている。
*
「今日は、あなたたちが地獄にいる最後の日よ。別れたい相手がいるなら、今のうちにしておきなさいな。」
「どうして? 千年後でも、どうせまた会えるんだろ?」
「あなたたちにとっては、すぐ千年後で、また会えるかもしれないわ。でも――向こうは、千年もの間、あなたたちに会えないのよ。黙っていなくなるのは、傷つくから。」
「……」
悪魔にとって、千年は決して長くない。
だけど――友のいない時間は、一日でも終わらなく感じるほど長い。
それは、人も悪魔も変わらないわ。
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レンは、等活地獄にいるザベルトを選んだ。
生死を決する戦いを渡り合い、お互いを戦士として認め合った関係。
熱いわね、男同士の友情。――あら、レンは女の子だったかしら?
失礼したわ。ふふふ。すっかり忘れていたわ。
――だけど、今の等活地獄は、もうあの時とは違うわ。
「なに、これ……」
レンが絶句するのも無理はない。
何せ、本来は無意味な殺し合いのはずの等活地獄が――
「プオオオオオオン……」
――戦国時代になっている。
「我が赤備えたちよ、我に続け!!!」
ザベルトは黒い騎馬に乗り、後ろから同じく彼と同じ色の鎧を着た亡者や悪魔たちも、陣形を保ちながら突撃している。
あの人との戦いで、機動性の重要性を意識して騎馬隊を育てたのかしら。ふふふ。頼もしいわ。
「我が才を見よ!」
「万雷の喝采を聞け!」
「しかして讃えよ!」
「「「道を開け! すべての道は叫喚へ通じるぞ!」」」
もう一方は、叫喚地獄にいるはずのバラム。
ハープを激励のリズムで奏でて、自分側の兵士の士気を極限まで上げている。
両軍の兵士がぶつかり合う。
今までの無秩序な殺し合いは消え、代わりに正式な合戦になっている。
「安いよ、安いよ! 『パワー強化』『スピード増幅』『超再生』――色んな能力をレンタルしているぞ! 今なら一百価値でレンタルできるぞ!」
そしてマムブスが、この合戦に乗じて能力をレンタルし、儲けている。
「どうせ死なないんだから、不毛じゃない?」
レンは彼らの行動に理解を示さなかった。
「不毛なものか! 小生の黒縄地獄のGDPが増えるんですぞ! くくく……まさかここまで黒字が出るとは。これなら借金返済も遠くありませんな!」
そういえば、マムブスはあの人に借金していたわね。ふふふ。
正史と違って、この世界線では返済の道は険しいわ。なぜなら――
「へえ~なんか楽しそう! 僕もやる~」
「げっ! 明けの明星だ! みんな逃げろ!」
マムブスはようやくルキエルの存在に気づいた。でも、もう遅いわ。
明星は空に上がり、乱戦のど真ん中にロンギヌスを投下した。
「退散、退散。」
すでに予測済みだったので、当たる前にセリナたちを連れて転移した。
その直後、等活地獄はロンギヌスによって消し炭になった。
本当に、天災のような存在ね。
――すべてが元通りになって。合戦も一段落。両軍は休憩に入った。
「だから明星に関わると、ろくなことがないと小生は……」
「うるさい。黙れ。」
「……」
その一言で、稼ぎ時を壊され、文句しかないマムブスはおとなしく黙った。
商人で、本当に空気を読んでいるわね。お気の毒に。
――逆に、すべてを読めない者もいるけど。
「明星様!! わしは夢を見ているのかもしれん!」
「美しい、眩しい、神々しい……ああ、生きててよかった!」
「背中にサインをお願いします! バラムと書いてください!」
そういえば、バラムはルキエルの強烈なファンだったわね。
あの天災のどこに芸術を感じるのかしら? ただのクソガキのくせに。
「……キモイ。」
肝心のルキエルは、汚物を見るかのような目でバラムを見た。
まあ、気持ちはわからなくもないわ。
「ありがとうございます!」
「アホ、あれは俺に言ったんだぞ! 何を勝手に興奮してる!」
「自惚れるな! わしと目線があった! わしに言ったに違いない!」
三つの頭が、天使の罵声を巡って争い始めた。
地獄も、終わってるわね。
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一方、ザベルトの方は――
「そうか……レン殿は未来へ帰られるのか。剣を競うライバルがいなくなるのは、寂しいものだ。それに、別れ際すら、明星に負ける姿を見せるとは――情けない限りじゃのう。」
一度、完璧にルキエルに心をへし折られ、剣を捨てたザベルト。
だが、レンの剣で再び燃え上がった以後、その勢いは衰えることはなかった。
今もその負けを受け入れ、強くなることを諦めなかった。
「なんで、まだあんなことをするんだ……」
「『常在戦陣』――無駄な時間を取り戻すため、我は武者修行をした。ベリアルとも武を競った。だけど、それだけじゃ足りん。」
ザベルトは太刀を抜き、天を指す。
「我が主君のために。我が理想『天上布武』のために。一人の力には限界がある。故に――どんな敵でも破れる軍隊が必要だ。それが、我が赤備え騎馬隊よ。」
「天上? 天下じゃなくて?」
「愚問だ。我らの敵は、いつも天上にいる。」
ザベルトは、遠くを見るような目で言った。
「ともに戦う日を待ち望んでいる。千年後、まだ情けない姿を見せたら――まだ鍛え直してやるぞ。」
「ひッ……遠慮するよ……」
レンは慌ててお尻を抑えた。
あの時、鬼教官のザベルトにお尻を蹴られたことを思い出したわね。ふふふ。お可愛いこと。
「時間はそんなにないわよ。終わったら次に行かないと。他の人の時間がなくなるわ。」
「わかったよ、もう……」
レンはザベルトに向けて、拳を出した。
「ザベルト。俺は、次にお前と会った時、絶対にもっと強くなってみせる。その時、また剣の試合をしようぜ!」
「ほう、そいつは楽しみだ。やはり、我が主君のためか。若造が色気づいてからに。」
「違うよ! ……いや、違わないけど。いいだろ、別に。」
「ああ。千年後、まだ会えるといいな。」
レンの差し出した拳に、ザベルトも拳を合わせた。
――ああ、美しい。男同士の友情。
腐女子の気持ちが、ちょっと理解できるようになったわ。
なんちゃって。ふふふ。
*
セリナの行き先は紅蓮地獄。ここはザガンの故郷でもあるから、彼女が気を遣ったのでしょう。私はあまり来たくはないけど……
「お久しぶりです、ザガン様! ああ、こんなにおやつれになって……お可哀想に。さあ、すぐに食事の用意をいたしますから。」
出迎えたのは彼女のメイド、悪魔公爵のアスタロト。
龍のくせに胸も大きく腰も細いナイスバディ。爬虫類風情が生意気な……
「アスタロト、うちはぬいぐるみだから痩せないですよ。ちょっと……苦しい……」
ザガンを強く抱きしめ、柔らかい彼女のぬいぐるみボディが、さらに柔らかそうなあの谷間に沈んでいく……もしザガンが男の子なら、さぞ幸せでしょうね。
私? あると思う? この寂しい空っぽのまな板に、余分な脂肪は少しもない。悲しいほどに。胸があれば、あの人も――いや、ないわ……
「お久しぶりです、アスタロトさん。私たち、今日で千年後に帰ります。だから、お別れを言いに来ました。」
「あらそう。あの毛玉とザガン様がいれば私は困らないけど。でも――」
アスタロトは顔をセリナに近づけ、不敵な笑みを見せた。
「人間のメイドに、龍がメイドとしての違いを見せつけねば、このアスタロト、気持ちが収まりませんの。あなたに、私の進化したご奉仕をお見せしますわ。」
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厨房に満ちる香りが、ただごとではなかった。
鍋の蓋を開けた瞬間、濃厚なビーフシチューの香りが部屋中に広がった。
それはあまりに芳醇で、まるで実体を持ってこちらに迫ってくるかのようだ。熟成させた赤ワインと、じっくり炒めた玉ねぎの琥珀色の甘み、そして数時間かけて煮込んだ牛肉の深い旨味が、一つになって立ち上る。
しかし、その香りの中には確かに「何か」が潜んでいた。
「いい香りです……でも、あれ……体が痺れて……」
甘く、深く、抗いがたい誘惑のように鼻孔をくすぐる香りの奥で、かすかに金属的な鋭さが光る。あるいは、咲き誇る花園の片隅にひっそりと生える毒草のような、危険な美しさ。思わず息を吸い込みたくなるのに、吸い込んだ瞬間に何かが変わる予感がする。
シチューの表面は漆黒に近い濃い茶色で、とろりとした艶がある。フォークを入れるだけでほろりと崩れる牛肉の繊維、形を保ちながらも煮崩れ寸前の人参とじゃがいも。すべてが完璧なビーフシチューの姿をしているのに、そのビロードのような深い色合いが、ただの料理ではないことを語りかけている。
「どうぞ、召し上がってください。『ほっぺたが落ちる』ほど美味しいですわ。」
「そんなの食えるか!」
ハリセンで思いっきりその頭を叩いた。
文字通りほっぺたが落ちたら、収拾がつかないわ。
「痛いですわ! 何をしやがりますの! 折角、ご奉仕していますのに!」
「毒を盛るのを『ご奉仕』とは言わないわ。」
「あの……アスタロトさん、何を入れたんですか?」
「隠し味に――愛情、かしら?」
ボケをかますこの龍にもう一発ハリセンを見舞った。
ツッコミキャラじゃないわ、私は。
「この娘の体液そのものが劇毒よ。どうせ味見の時に体液が料理に混ざったのでしょう。神経毒、出血毒、その上王水。その一滴で何万人も殺せる猛毒。……卑しい女。」
「モリアさん、さっきからアスタロトさんにすごく敵意を剥き出しにしていますけど……お二人の間で何かあったんですか?」
「よく聞いてくれたわ。このゆるふわフェチの変態娘が、うちの亭主に色目を使って、あまつさえあの人に女装させたのよ。うちの人が変な性癖に目覚めたらどうしてくれるの? 彼は男の子でい続けなければならないの。でないと、私が困るでしょ。」
「へえ~あなたが?」
龍の目は細くなり、私を見渡した。そして鼻で笑った。
「可愛いものは飾るべきです。 それは義務にして定め。なのに、あのような逸材を腐らせるなんて――あなたの程度が知れますわ。」
――イラッ
「ええ、何せ私はぬいぐるみをペットとして飼う趣味はないもので。あの人は私の愛しき旦那様。あなたの家のそれは、愛玩動物だけよ。」
「は? 我が主を侮辱する気か?」
「あら失礼。侮辱したのは、あの可愛らしいぬいぐるみじゃないわよ。それをペットのように飼うあなたの方だわ。ふふふ。」
火花が散る。次の瞬間にも戦いが始まりそうな、その時――
「モリアさん、落ち着いてください! 気持ちはわかりますけど、ここは大人になってください!」
「アスタロト、怒ってくれるのは嬉しいですが、ここは抑えてください。」
セリナとザガンが、私たち二人の間に入った。
――いけない、いけない。あの人に絡むと冷静さを失う癖、すっかり忘れていたわ。
まあ、直すつもりはないけど。
「ザガン様の顔を免じて、今回は見逃してあげるわ。今回だけよ。」
「弱い犬ほどよく吠えるわ。――あら、龍でしたの? これは失礼。」
――私はこの女と、未来永劫、仲良くできないわ。
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「これ、結構いけるな。はむ。このちょっと痺れる感じ、ちょっと好きかも。」
気が付いたら、あのバカ天使がテーブルの上を平らげていた。
最強の明星に毒が効くわけがない。お陰様で、あの殺人料理が無駄にならなかったわ。ゴミ箱としてもいい性能しているね。さすが明星、バチバチ。
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少しのじゃれ合いの後、私たちは次の地獄へ向かおうとした。
お別れの際に、セリナは同じメイド仲間のアスタロトに言葉を送った。
「アスタロトさん、ご馳走さまでした。」
「一口も食べてないくせに、よう言いますわね。」
「はい。でも――アスタロトさんがザガンちゃんに対する愛情、痺れるくらい感じましたから。」
「よく言うじゃないですか。次こそミスはしませんわ。明星だけしか食べられない料理なんて、勿体ないですもの。」
「はい、楽しみにしています。では、私たちはこれで失礼します……あれ?」
去ろうとするセリナに、アスタロトが一つの小瓶を差し出した。
「私の毒で作った香水よ。男性の方から人気がある一品――『龍涎香』。あなたにあげます。先に言っておくわ。“結石”のあの紛い物じゃありません。本物の『龍の香』 よ。」
「でも、そんな貴重なもの、受け取れません……」
「レシピのお礼よ。それにお返ししたければ、千年後にすればいいじゃない? 千年なんて、龍にとっては瞬きに過ぎませんわ。」
――ちッ。このご時世にツンデレは流行らないわよ。
要するに、まだ会いたいんでしょ。
「はい――約束です。」
紅蓮地獄を離れ、私は次の地獄へ向かった。
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エンプラの希望は無限地獄。ヴェネと特に仲良くしていたものね。
ヴェネの部屋に入ると――
「はい! いよいよ参りました! 超時間耐久生放送、これで三日目突入クマ!」
「ヴェネ……ベルは疲れたデース。肉体の疲れより、精神の疲れがキツイ……」
「アスにゃんも、化粧大丈夫なの? げっ、肌が荒れてる……やっぱ夜更かしは美容に悪いよ……」
「何をアホなことぬかすクマ! ボスはもう直前だよ。死んだら全員最初からやり直しだクマ。このひやひやする感じ、そそるクマ!」
――本当に変わったわ。
あの、話すと「Zzz」しか出なかったヴェネゴールが、Vチューバーになってから、こんなにも元気にゲーム実況の生放送をしているなんて。
ちょっと誇らしいけど、ちょっと寂しい。この気持ちは――母の愛に似ているのかしら。
そして今、アスちゃんとベルはそのコラボ実況に付き合わされ、もう三日も食わず眠らず奮闘していた。
悪魔にとって大した疲労ではないけれど――アスちゃんとベルはゲームが苦手。何度もゲームオーバーになってはやり直し、その間に精神がやられたわね。ふふふ。
「あああ、丁度いいところに来たクマ! このゲーム、最大四人同時プレイできるから!」
エンプラにゲーム機のコントローラーを渡した。後ろにいる明星のことなど忘れるほどに。可愛いから。
「アスにゃんギブ……モリリン、変わって……」
――私に振らないでくださいな。テレビゲームのような男じみたものは趣味じゃないの。
でも……ヴェネにがっかりされたくないから、しょうがないわ。
仕方なく、アスちゃんとバトンタッチした。
「ふん~面白そうじゃん。僕もやりたい。」
「どうぞどうぞ……げっ、明星デース!」
意識朦朧のベリアルは、このジレンマから抜け出せると歓喜したが、相手が明星と気づいてちょっと嫌そうな顔をした。
「いいわ、ベル。譲ってあげなさいな。あなたは休みが必要よ。」
「姉さん……わかったデース。別にベルが負けたわけじゃないデースからね!」
嫌々ながら、ベルはコントローラーを譲った。
ゲーム再開。
ジャンルはソウル系アクションゲーム。敵は強く、プレイヤーの反応や操作を強く要求される。少しの油断は――
「え? 僕のキャラ、死んだんだけど。なにこれ。」
即死。
全員のキャラが死亡すると、最初からやり直し。もちろん、セーブはないわ。
「うわ、クソゲームでありますね……硬ッ! なにこの数値! 設計した人、絶対自分でプレイしたことないであります! ヴェネ、弾薬が足りないからちょっと貸して!」
「わかってないなクマ。だからクリアした時の達成感が気持ちいいんだクマ。はい、弾薬……あっ、ヴェネの回復アイテムが切れてる。エンプラちゃん、貸して!」
「OK、右足を潰したからやるであります!」
――結構、息が合うじゃない。
この子だけ、ここに残させてもいいかな、と思ったわ。
にしても――
「ガオオオオアアアアッ!」
獣のボスキャラが襲いかかる。
事前に知っていた私は、自分のキャラを操作して退避。敵の硬直が終わる前に、できるだけ高い攻撃を叩き込む。そしてまた退避、攻撃。この繰り返し。
攻略サイトを見ながらターン制RPGをやっているように、くだらない。
普通の人なら、まだ勝利への未知にドキドキしているのだろうけど――私にとっては、ただエンディングが見えている単純作業のように苦痛だわ。
でも、それもすぐ終わるけど。
「たかがゲームキャラ風情が、このルキエル様より偉いつもりか? 許さない。」
――振り返ると、明星はすでに隣にはいない。
その姿は、今、モニター画面の中にいた。
「明けの明星の名にかけて――お前を消す……」
その手が開き、神の光がゲームの全体を照らした。
そして、目の前の敵だけでなく、雑魚敵からラストボスまで、友好的なNPCキャラまで――その光で天に召された。
永遠に。
ゲームを再起動しても戻らない。このゲームを遊ぶ他のプレイヤーも、二度と彼らに会えない。
明けの明星は、そのキャラたちに『死』を下したのだから。
元々数値が無理があったクソゲームが――死んだゲームとなった。
「無茶苦茶であります! せっかくクリアしそうだったのに! ね? ……ヴェネ、気絶してるであります。」
「プルプル……プルプル……」
白い泡を吹いて、体全体がそのシロクマパジャマと同じように白くなったヴェネ。
ああ、何ていたわしい。
数多の明星被害者の中でも、この娘は特にトラウマを抱えているのに。
こうして、ヴェネの耐久放送は――本人のダウンより、そもそもゲーム自体が壊れたことで、終了いたしました。
ふふふ。
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*
「いやだ! 行かないで! 親友でしょ! (ノД`)シクシク…」
「吾輩も悲しいであります! まだ一緒にやりたいゲームがたくさんあったのに! (´Д⊂ヽ」
ヴェネは他の王たちと違って、心がまだ未熟。だからこういう時、自分の感情を抑え込めない。
でも、こういうのも、私は嫌いじゃないわ。
「たったの千年じゃないデースか。大袈裟デース。今生の別れでもないデースし。」
「千年は長いよ! ベルちゃんがヴェネと千年離れるのと同じことが言える⁉」
「……わかったデースよ。千年後、何があってもベルがこいつを見つけて、ヴェネの前に連れ出すデース。――これでいいデースか。」
――相変わらず、ヴェネには甘いのね。
だから、私は安心してヴェネを彼女に任せられるけど。
何せ、こっちには――
「え? モリリンと毛玉君、結婚したの♪ じゃあ今夜はアスにゃんも入れて、三人で――ぐわッ!」
「はい、そこは雰囲気を台無しにしない。あなたはいつもブレないから、ある意味安心するわ。」
――この大きな問題児を抱えているから。
ベルが分担してくれて、助かったわ。
「ヴェネ! 千年後、また会うでありますよ!」
「約束だからね! でないと――エンプラちゃんのゲームデータ、全部リセットするから!」
こうして三人とも、大切な友達と別れを告げられた。
いよいよ――最後の場所へ。
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阿鼻地獄。
リバエルがいる。そして、彼もそこにいる。
「約束通り、私はここで明けの明星と一騎打ちするつもりだ。」
「ほう、そいつは楽しみだ。正直、あれは半分貴様のはったりだと思った。どうやら、新たに誕生した魔王様は、口だけじゃなかったようだ。」
「いや、私は口が達者な方だ。君は騙されたかもよ。」
「それなら、私の代わりに明けの明星が貴様を裁いてくれる。どっちに転んでも構わん。」
「こいつは手厳しい……」
こういう風に憎めない話をしながら、私たちは阿鼻地獄へたどり着いた。
ここで、セリナたちは未来へ帰る。
そして、あの人が明星との約束の戦いが始まる。
「マオウさん……セリナたちは、どうしても帰らなければならないんですか?」
「同じ時間に同じ人が存在してはいけないんだ。そして、これ以上君たちと一緒にいると、君たちの存在に影響しかねないからだ。」
セリナたちが未来から来て、たったの一か月。
それは彼女たちと縁遠い悪魔たちにとって、印象に残らない一瞬に過ぎない。
だけど、ずっとここにいると、世界線に影響が出るようになる。
実際、もしアスちゃんが彼女たちを覚えていると、不夜城のあたりで大きな分岐が生じるようになる。
それに深く関わったレンの人格は、今のものではなくなる。今の性格のレンがここにいるのが矛盾になるわ。
他も同様。彼女たちがここにいる時間が長ければ長いほど、調整が難しくなる――残念ながら。
「あんた、本当に大丈夫か? 俺たちが未来に戻った後、あんたがあの天使に殺されたとか聞いても、面白くないぞ。」
「大丈夫。正史の私も勝っている。へまはしないさ。」
――そう言っても、あくまでこの娘たちを安心させたいだけ。
実はかなり不安なのは、私だけが知っている。
世界最強の明けの明星を相手に、いくら彼でも絶対勝てるという保証はないわ。
「ドクター、絶対に生きてください。ドクターがいないと、吾輩、生まれたことすらなかったことになるでありますから。」
「泣くなよ。まだ死んでないぞ。全く……この子の世話は、未来の私に任せるか。」
「何この雰囲気? それより聞いてマスター! 僕、テレビの中に入って敵をバンバン倒したんだ! すごいだろ? どや!」
――その原因を作った張本人が、まるで何もなかったかのように……
むしろ決闘のこと、忘れてる。
「決闘?……、…、…、決闘ね! 覚えてるよ! 僕が忘れたことなんてないじゃないか! ははは!」
――忘れてたな、こいつ。
この場にいる全員が、そう思った。
「では、未来で会おう。――もし私が生きていれば、の話だけど。」
「マオウさん!」
――しまった。
この娘があれをするのを、色々ありすぎて忘れていたわ。
早く、この娘たちを未来へ送らないと――
「愛しています。絶対に勝って、セリナのお婿さんになってください。」
「――え?」
――風景は一気に変わった。
先までの阿鼻地獄の一面の海から、最初にこの娘たちを送り出す前の部屋に戻っていた。
にしても――
「してやられたわ……」
本当に――油断ならない娘だこと……
別れは終わりではない。
千年後、また会える。
そう信じられるから、
今は笑って手を振れる。
でも。
それでも――
千年は、やっぱり長い。
物語は、まだ終わらない。




