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まおうさまの勇者育成計画  作者: okamiyu
第九章:魔王とは何か、王が王になる前の話――千年前の地獄と九つの罪
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第百六十話:龍に挑む者たち、逆鱗、触れられし刻

強い者が勝つのではない。

準備した者が勝つわけでもない。


世界最強の種族を前に、

それでも立ち続けた者だけが、

“弱点”を見ることを許される。


——これは、

剣が折れ、心が試され、

それでもなお立ち上がった者たちの物語。

紅蓮地獄に夜が訪れ、私たちはマオウさんが事前に用意してくれた雪洞せつどうで夜を過ごすことにしました。

「あの嘘つきは、予想以上にずる賢いかもね」

マオウさんはコップにお湯を注ぎ、私に渡しながら言いました。無理もありません。あれから私たちはザガンさんらしき足跡を見つけ、それを追跡したが、マオウさんは途中で異様さに気づいていました。

足跡が急に深くなっていたのです。

「これは一度わざと足跡を残し、それを踏んで元の場所へ戻り、別の道で逃げながら、尻尾で後の足跡を消している。慌てて逃げていながらも、追跡を警戒していた。逃げ慣れた者がすることだ。」

マオウさんの話によると、ザガンさんは驚くほど弱いのかもしれません。最初は自分と同じような慎重な戦術家だと考えていましたが――

「その可能性は低いだろう。戦術が洗練されていない。わざわざ私たちに姿を見せておきながら、まるで何の準備もしていなかった。逃げに小細工を入れたが、足跡から見る限り、本気の逃げだ。戦略的撤退ではなく逃亡。足跡に焦りが見えていた。」

足跡の大きさから推測すると、ザガンさんの体格は毛玉状態のマオウさんと同じくらいらしいです。きっと、可愛らしい悪魔さんでしょね。

「今日はここまでだ。しっかり休憩を取れ。食事の問題はまだ解決していない。疲労が溜まったら、君も倒れるだろう」

「レン君と私、二人とも倒れたら、マオウさんが世話しきれませんもんね」

「それもあるが」

マオウさんは私の手をそっと握りました。

「それ以上に……私は悲しくなる。君がそんな姿になるのを見るのが。私の世界にはモリアさえいれば、他には何もいらないと思っていたのに……案外、欲深いな、私は」

「そんなことありません」

私はそんな愛おしい彼を抱きしめた。

「セリナも、マオウさんだけじゃなく、レン君とエンプラちゃんとずっと一緒にいたいから、おあいこです」

でも、今だけは彼を独占させてほしい。これは、セリナの小さなわがままだ。

マオウさんの温もりを感じながら、私はゆっくりと眠りについた。

しかし、地獄も、悪魔も甘くはありません。

「セリナ、起きろ。悪いが、悪魔には睡眠の概念はないらしい」

冷たい雪が目に沁み、私は強引にマオウさんに起こされました。驚くことに、外から雨の音が聞こえます。この寒い紅蓮地獄に雨が降るのでしょうか。頭を外に出して様子を見ようとすると──

「バカ!」

マオウさんが突然焦ったように私を引き戻しました。地面に転んで、ちょっと痛かったです。でもすぐに、マオウさんがそんなことをする理由を理解しました。

凍りついていた亡者たちが、その雨を浴びて溶ける氷のように溶けていきます。その体は雨に腐蝕され、肉のジャムへと変わる。骨も皮も溶け、内臓や目玉などが地面にばら撒かれ、それらも形を保つことなく雨に溶かされていきます。

私はその光景に本能的に吐き気を覚えました。でも今の胃の中には何もありません。胃酸だけが口の中で広がります。

「酸雨だ」

それを目にしても少しも動揺しないマオウさんが、メンタルの強さにおいてまさに鬼であることを再確認しました。

「これはまずいかもしれない。セリナの話から、アスタロトはドラゴンだと俺は推測していた。だけどそうじゃなかった」

マオウさんは深く息を吸い、静かで重い口調で続けます。

「アスタロトはりゅうだ。世界最強の種族だ」

「龍……ですか?」

「そうだ。ドラゴンも強いが、所詮は魔物だ。しかし龍は違う。彼らは神に近い存在だ」

マオウさんは指を天に向け、魔法を放ちました。魔法は雪洞を貫き、天に届き、雨雲を払いのけます。

「龍は天気を操れる。地上では勝ち目はない。つまり、俺が作った陣地が使えない。セリナ、天使化しろ」

「はい!聖剣戦略、私、再改造!」

マオウさんは説明しながらも私を雪洞の外へ連れ出し、天使化を指示しました。よほど余裕がなかったのですね。マオウさんと一緒に空へ飛び立ちました。

「あの酸雨はまずい。俺の雪洞も長くは持たないだろう。払えないとレンたちが危ない。だが、それが相手の狙いだ。俺がこの魔法で居場所を探り当てさせる。もうすぐ来る」

空が突然、深みを増しました。

夕焼けでも曇天でもない、葡萄色に濁った異様な雲が渦を巻き始めます。雲間を、巨大な影がうねる。鱗のきらめきが、紫電のように断続的に光ります。

そして、雲の底から現れたのは──

紫色の巨体が宙に浮かび、うねる動きを緩める。すると、その長大な身体から光が滲み始めます。鱗一枚一枚が、紫色の宝石が粉塵となったかのように輝き、龍の輪郭を優しくぼかしていきます。

光は中心に集まり、人の形を紡ぎ出します。

長い龍体は縮み、たてがみは絹のように滑らかな長髪へと変わります。顔立ちが整い、金色の縦瞳だけがそのまま、鋭い知性を保って輝いています。額からは、龍の時と同じ一対の角が、小さく優雅な姿で残りました。

衣装が雲を纏って織り成されます。

黒を基調としたメイド服が、雲の白と龍の紫を糸として形作られます。エプロンの白はもっとも純粋な雲の色で、スカートのひだには夕暮れの空のグラデーションが閉じ込められています。しかし袖口から伸びる両手は、紫水晶のような龍の爪のままです。爪先は鋭く、微かな雷光を宿しています。

背中からは、細長い龍の尾が、そのままの姿で伸びています。尾先の房毛は雲のように柔らかく、ゆったりと空中に漂います。

彼女は空に立ち、雲を踏みしめるように微かに足を揺らめかせます。メイド服の裾と、長い紫髪が、天を流れる風にそっと揺れています。龍の角は空気の流れを捉え、金色の瞳ははるか下界を見下ろします。

そこには、かつての巨龍の威厳と、人の姿の可憐さが、矛盾なく融け合っていました。空という舞台が、その超自然的な存在感を一層際立たせている。

「初めまして。地獄七十二柱の一柱、公爵クラス、毒の悪魔、アスタロト。あなたたちの命、頂戴いたしました」

セリナと同じメイド服のはずなのに、彼女から感じるのは使用人としての慎ましさではなく、威圧と威厳──上からこちらを見下ろす尊大さです。しかしそれは傲慢ではなく、ただ彼女が上位の存在であることの当然の振る舞いでした。

「セリナ君、勘違いしてほしくないから先に言っておく。私はこれまで上位の悪魔に勝ち続けてきたが、初見で何も知らない状態で戦うなら、普通に彼らに負けて私が死ぬだろ。」

薄々気づいていたことですが、マオウさんが改めて強調されると、私は自分の中の甘さを自覚しました。私はどんな危険な状況でも、マオウさんなら何とかしてくれると、密かに頼っていました。でもそうではありません。彼もまた命の綱渡りをしているのです。勝つ保証などなかったのです。ザベルトさんとの戦いでマオウさんが簡単に勝てたと思っていましたが、それはレン君が命を懸けてザベルトさんの奥義──軍神一太刀を引き出し、その技の癖をすべてマオウさんに見せたからこそできたことでした。

本来、マオウさんはしっかり時間をかけ、準備を整えて挑むはずでした。それが、私とレン君のせいで急がなければならなくなり、元々危険な悪魔との戦いに、さらにリスクを背負って短期決戦しなければならなくなったのです。私たちのせいです。

「だから、残酷に聞こえるかもしれないが、私の前衛として私を守れ。私が彼女の弱点を見つけるまで持ちこたえろ。君は死ぬかもしれない。だが、私が彼女に接近戦に持ち込まれたら、一発で殺されるだろう。そして君も死ぬ。君が死ぬ前に、私が彼女を倒す方法を見つけると信じるか?」

「もちろんです」

私は聖剣を強く握り締めました。

「マオウさんも、セリナが彼女に後方を切らせないことを信じているんじゃありませんか」

「ああ。君に私の命を託す。だから、君も私に命を託せ。私は君が死ぬ前に彼女を倒す。だからその前に、私を守れ!」

「はい!」

「お互いにお別れの言葉は済ませましたか? 神に祈りを捧げても、ここは地獄だから届きはしませんけど」

アスタロトは静かに私たちの会話が終わるのを待っていました。それはまるで、死刑を執行する前の最後の情けのようでした。

マオウさんは後方に下がりました。周りには私しかいません。目の前にいるのは悪魔の公爵。

死がそこまで来ています。セリナがもう一歩踏み出したら、死の深淵に堕ちて二度と上がれなくなるような感覚です。心臓の鼓動は速く、呼吸も荒く、冷や汗が顔を伝わります。

レン君がザベルトさんと戦っていた時も、こんな気持ちだったのでしょうか。いいえ、レン君ならきっと、その恐怖の先を見据えていたはずです。

龍顎打りゅうがくだ

アスタロトは一瞬で視界から消えました。技の名前からすると顎への攻撃ならば、下から来るはずです。

私は素早く一歩下がり、下に向かって斬りつけました。鈍い金属がぶつかる音──それは聖剣と、彼女の拳がぶつかり合う音です。

絡足らくそく

できたと思った瞬間、足元に何かが巻きつき、引きずり下ろされる感覚が走りました。そうでした、彼女の体は人間とは違い、尻尾もあったのです。でもそれに気づく前に──

穿肉せんにく

紫色の爪が私の胸を貫き、そのまま心臓を握り潰そうとします。

「開けなかったですね。まあ、天使階位最低層のただの天使は、この程度が普通ですか。次はあの毛玉を──」

遠くから、マオウさんの魔法による援護射撃が撃ってきます。しかしアスタロトは、私の貫かれた体を下の方向へと捨て、自身の爪ですべて払いのけました。物理攻撃だけではなく、魔法耐性も強いのです。これが龍です。強すぎます。

でも、させません。約束しました。マオウさんを守ると。彼から彼の命を託されました。セリナは!

「──ぞうかい・さしわた・くゃりん・せんけいせ──」

意志が途切れる前に、私は天使化の二段階変身の呪文を唱えました。発動条件は、自身が致命傷を受けること。最後まで取っておきたかったですが、悪魔公爵を相手に出し惜しみはできません。

二つだった翼は四つに分かれ、セリナの髪は金色に変わりました。力天使化、成功です。

「へえ~まだ生きていますね。それも五位までランクアップしました? でも私から見れば、それもただの雑魚です」

セリナの二段階変身にもまったく動じず、アスタロトは再びセリナを狙って攻撃を仕掛けてきます。

「避けなければ……あれ?」

体が動きません。全身が痺れています。これはまさか──

「毒ですよ。それも、少し掠っただけで心臓麻痺を起こす温血動物特効の神経毒です」

必死で聖剣を振り、アスタロトの第一撃を防ぎました。ですが、彼女は一撃で終わるはずがありません。連打で来るに違いありません。早く動かなければ、でも体が言うことを聞きません。

昇鱗しょうりん

今度は下から蹴りが入りました。しかしセリナの周囲に、氷の盾が何十枚も現れ、その衝撃を防ぎます。マオウさんです。ちゃんとセリナの支援をしていました。

おかげでダメージを受けませんでした。でも、その衝撃だけでセリナは遠くへ吹き飛ばされ──

絡足らくそく

吹き飛ばされる直前のセリナの足を、尻尾で絡め取り、体全体を彼女のもとへ引き戻します。

龍衝りゅうしょう

思いきりの頭突きが私に見舞われました。目の前が一瞬真っ白になり、それから天地が揺れるように見え、眩暈、吐き気、痛みが一気に襲ってきました。苦しい、痛い、つらい。毒が深まっているせいか、それらの感覚は時間が経つごとに軽減されるどころか、どんどん広がり、セリナのすべてを壊しに来ます。

「まだ死なないですね。首を斬ったらさすがに死にますか?」

アスタロトは手を手刀のようにして、セリナの首を斬り落とそうとしています。周囲から鎖が彼女を縛り、それを阻止しますが、それも一時しのぎにすぎません。

「あああ。さっきからネチネチネチネチと攻撃ばかり、鬱陶しいですわ。先にそっちを始末してから、こっちに止めを刺します」

「……させ……ません……」

最後の力を絞って、聖剣を振り、アスタロトに斬りかかりました。

アスタロトは片手で聖剣を止め、そして──

「だから、こんなおもちゃで私にダメージを与えられません。どうせガブリエル辺りで量産したプロトタイプの模造品でしょう? そんなもの、私たち七十二柱の悪魔には通用しませんわ」

聖剣を握り潰しました。

「え?」

まるで夢を見ているかのようです。ずっとセリナとともに戦ってきた聖剣が折れ、その破片はあちこちに散らばり、消えていきました。

「おさらば、天使ちゃん。生きだければ、空に二度と上がれないことですね、それなら見逃してあげます」

落脚らっきゃく

アスタロトの一蹴りで、絶望した私は空から堕ち、重く地面に叩きつけられました。

立てなければ、でないとマオウさんが死んでしまう…

けれど、体は動きません。力天使化したおかげで、アスタロトの毒は命までは奪いませんでしたが、神経毒はセリナの全身を麻痺させ、指一本さえ動かせない状態です。それに、聖剣も…セリナは十分頑張りました。マオウさんだって…

『こんなセリナを許してくれるはず』

私はそんなことを言おうとしていたのでしょうか。

レン君はそうしませんでした。セリナと違って、天使化をせず、人間の体で限界まで戦ったじゃないですか。それに比べてセリナは?

まだ、できることはあるはずです。

私はどうして聖剣を抜くことができたのでしょうか。それは、守りたい人がいるからです。

「…聖剣は、人間を守る『概念』の具現化…です」

天使様の言葉が思い出されます。セリナが守りたいのは『人間』という抽象的な概念ではありません。セリナが守りたいのは…

マオウさん、レン君、エンプラちゃん、マリさん…

セリナの『大切な人たち』です。

「涙は命の雫、傷は魂の言葉。

降り注げ、天の慈雨よ。

全ての痛みを洗い流せ、癒しの波紋よ。

今ここに、過去と未来とを紡ぎ、

汝の苦しみも、悔いも、すべてを受け止めて――

癒せ……」

「――悠久涙雨エターナル・ラクリマ

セリナから発せられた光が天を貫き、空一面を金色に染め上げました。

「なにこの天候……あたし、知りませんけど」

アスタロトは突然起こった異常現象に驚きを隠しきれません。

「聖剣は本当の剣じゃなく『概念』だ。ならばセリナ君も作れるだろう、自分だけの聖剣を」

金色に輝く空から、雨が降り始めました。さっきアスタロトが降らせた、すべてを腐食する酸雨ではなく、世界を癒す金色の雨です。

雨の雫がセリナに落ちた途端、毒に侵され身動き一つ取れなかった体が楽になりました。

雨が降り続け、セリナの傷も癒され、元通りになっていきます。

「馬鹿馬鹿しい。そんなおかしい天候、変えてやりますわ」

アスタロトが天気を変えようとしましたが、彼女は忘れています。

「セリナのお陰で、君の攻撃の間合いと速度が分かった。彼女に当たるのを危惧して使ってなかった技を試させてもらおうか」

マオウさんの周囲に、九つの色違いの魔力の玉が現れました。どれも危険な匂いを放つ未知の魔法です。

「これはチームプレイだぞ。君の敵は二人だ」

空から爆発音が広がります。マオウさんも頑張っている。私も!

体を起こし、さっきまで何もなかった地面に、一本の聖剣が突き刺さっているのを見つけました。

それは今までセリナが使っていた聖剣とは違い、紋様はもちろん、大きさと長さはセリナの身長と腕力に合わせて調整された、セリナだけの聖剣オリジナルでした。

「勇者よ、聖剣を抜け!これから生まれ来る我らの魔王様のためにね、ふふふ」

モリアさんの声が聞こえます。全知の彼女なら、こんなことになるのも前から知っていたのでしょうか。でも、その剣を抜くと決めたのは、セリナです。

「聖剣戦略、私再改造!」

新たな聖剣を抜き、セリナは再び天使化しました。でも生えた翼は最初から四つで、その半分が堕天使のように黒く染まっています。

「『人間』にはこだわらず、セリナが大切なすべての者を守りたい意志は、神様から見て完全な善でも悪でもない……グレーですか。でも、それがセリナらしくていいです」

私は翼を羽ばたかせ、戦場へと戻ります。

「無駄だって言ったじゃないですか。物理でも魔法でも私には通用しません。その新しい聖剣もね!」

鋭い手刀で、セリナの聖剣は再び折れます。けれど、折れた先からすぐに新たな剣身が生えてきます。

「聖剣はセリナの意志です!セリナの心が折れない限り、セリナの聖剣は何度でも生えてきます!」

「ならば本人を殺すまでよ。奥義・天穿あまうがち

(レン君!私に力を!)

「月滅一刀!」

爪と剣がぶつかり合い、結果は──

「くあッ!」

負けたのはセリナの方でした。聖剣もまた折れ、さらに胸に大きな穴を開けられました。そこから血が流れ、白いメイド服を赤く染めていきます。

「バカですか。覚醒したからって龍に勝てると思いますか。頭が花畑ですか」

「悠久涙雨」

雨はまだ降り続け、セリナの傷口も聖剣も癒してくれます。

「無駄だって、言っているでしょう。穿肉せんにく

アスタロトは再びセリナの胸を龍の爪で貫こうとします。だけど、今回は手応えがありません。なぜなら──

「宵月霞」

高速で作り出した残像の死角から斬りかかります。

「無駄無駄無駄!掃龍そうりゅう

アスタロトは尻尾を鞭のように振り回し、重く私の腹に直撃させました。内臓が砕かれ、口から血を吐き出します。

「悠久涙雨」

まだ傷を癒し、立ち上がります。「月下千華」。レン君のような速さは出せませんが、ちゃんと千回の斬撃を喰らってください。

「だから、鬱陶しいですよ!何回も何回も…いっそ龍の姿になって喰ってやろうかしら」

そう言いながらも、アスタロトはずっと人間の姿のまま戦っています。なぜ龍にならないのでしょう。そっちの方がもっと楽なはずなのに。

その時、私が繰り出した「月下千華」に対し、アスタロトは一つ不自然な動きをしました。彼女は少し顎を引っ込めたのです。まるで何かを隠すかのように。

まさか…

「龍の逆鱗に触れるな…なら、触れたらどうなるだろうな」

アスタロトが顎を引っ込めたその隙に現れたのは、マオウさんでした。彼の手は、アスタロトの顎の下を押さえています。空間魔法で、アスタロトが気づかないうちに一瞬でそこに移動したのです。

「ッ!?」

アスタロトは今まで見たことのない焦りを顔に浮かべました。マオウさんはそれを見て確信しました。

「チェックメイト」

一筋の魔法の光が、彼女の顎を貫きます。その下には、ただ一つ、他の鱗とは逆向きにはがれた彼女の『逆鱗』がありました。アスタロトは意識を失い、空から落ちていきました。

依頼期限まで、残り24日。


セリナは勝てなかった。

それでも、無意味ではなかった。


彼女が立ち続けなければ、

逆鱗は見えなかった。


誰かの勝利は、

誰かの覚悟の上に立っている。


——それが、この地獄の真実だ。

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