第十七話:母が描いた幸福、娘が選んだ剣
「母の愛は、時に残酷な檻となる――
『正しい幸せ』を押し付ける王妃と、
『間違った自由』を選ぶ姫の、
すれ違う想いの物語。」
クレシア・アルセリオンは、王国の正妃である。
二十年前、聖剣を抜ける者が長らく現れず、
王国はついに"異世界からの勇者召喚"という
禁忌に近い儀式を行った。
そこから現れたのは、
黒髪の少年――カズキという名の異世界人。
彼は見事に聖剣を引き抜き、勇者となり、
当時の魔王を討ち果たして世界に平和をもたらした。
まだ若き姫だったクレシアは、
当然のように彼に恋をし、そして結ばれた。
最初の子は、美しい姫君。
クレシアに似て端正な容姿を持ち、
彼の世界の言葉から「椿」の名をとって――
ツバキ・アルセリオンと名付けられた。
続いて生まれたのは黒髪の男児。
彼に似たその姿を、クレシアは特に愛した。
同じく彼の世界から「正木」という言葉をもらい、
マサキ・アルセリオンと名付けた。
そして三人目。
雪のように白い肌と髪を持つ少女。
城の者たちからは「白雪姫」と愛称されるほど
愛らしい娘――レン・アルセリオン。
クレシアは、その名を「蓮」からとった。
「まだ……あの娘は見つからないの?」
「申し訳ありません、妃様。
姫様にはどうやら協力者がついており、
魔法使い風の男です。
彼が捜索を巧妙に攪乱しておりまして……。
しかし、ご安心を。
町の警備は万全。
必ず姫様を――」
「……あの娘に協力者がいるはずないわ。
いたとしても、私が知らぬはずがない」
クレシアの声には、
苛立ちと寂しさがにじんでいた。
「レン、なぜ母の言葉に従えないの……?
ツバキのように大人しくできないの?
もういいわ。
至急、あの娘を見つけ出しなさい」
「はっ。
あと、勇者セリナもこの町に入ったとの情報が……」
「メイド勇者など放っておきなさい。
今は姫の件が最優先。
早く行きなさい」
「御意」
衛兵長が下がると、
クレシアはため息を吐き、椅子にもたれた。
「カズキ様は、あの娘に甘すぎたのよ……。
だから私は、最初からあの娘に剣を習わせるのは反対だった。
いつも泥だらけで、
まるで使用人のように。
貴族たちには笑われ、
王家の面汚しと言われて……。
母は、ただ……悲しいだけなのに」
クレシアはレンを愛している。
兄マサキには及ばずとも、
母として、間違いなく愛している。
だが、彼女が歩んできた"王女としての人生"では、
レンが選んだ"剣の道"を理解できなかった。
なにより――
あの娘が陰で嘲笑され、
兄妹の絆までもが崩れていく現実が、
耐えがたく苦しかった。
(母が敷いた道を進めば、
きっと幸せになれるはず。
今のあなたにはまだわからないでしょう。
でも、いつかあなたも誰かを愛し、子を持てば――
母の気持ちがわかる日が来るわ)
その"善意"こそが、
母と娘を平行線のままにした。
どれだけ時間が過ぎても、
すれ違ったまま、
交差することはない。
「ママ、レンお姉ちゃんはまだ帰ってこないの?」
声をかけてきたのは、
末っ子の第二王子――
優樹・アルセリオン。
今年で四歳になる、まだ幼い男の子だった。
「ええ。もうすぐ帰ってくるわ。
だから、それまで良い子にしていましょうね」
クレシアは微笑み、
ユウキをやさしく抱きしめた。
「マサキ兄ちゃんも、
レン姉ちゃんも、
みんないなくなっちゃった……。
さびしいよ」
「よしよし、ユウキは男の子だから、
泣いちゃダメよ。
お母さんがそばにいるから大丈夫。
みんな、きっとまた帰ってくるわ。
そのとき、ユウキが立派な男の子に成長してなかったら、
きっと笑われちゃうからね?」
「ぼく、りっぱなおとこになる!」
「えらいわね。
じゃあ、もう寝ましょう。
遅いから……。
いい子はもう寝る時間よ。
歯磨き、忘れずにね。
ママが本を読んであげるから」
小さな体を布団に包んで、
クレシアは物語の一冊を開いた。
優しい灯りの中、王妃は静かに願う。
――いつか、
家族がまたそろって、
笑顔で囲むその日が来ますように。
「最後までお読みいただきありがとうございました!
王妃クレシアの"愛の形"について、
どのように感じられましたか?
ぜひご感想をお聞かせください♪」




