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まおうさまの勇者育成計画  作者: okamiyu
第六章:奪われた王冠に、炎の誓いを――動乱の王都で少女は革命を選ぶ
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第百三話:暴政の街、咲かぬ希望に花を添えて

※前回までのあらすじ:セリナとレンは変装して王都潜入を開始。一方、虐殺された学生たちの記憶が王都に深く刻まれていた――


王都へと戻ったセリナたちは、変装しながらクセリオス配下の警戒をくぐり抜け、密かに城を目指す。

しかし、町中に響く民衆の怒り、商人たちの無言の抵抗、そして――彼女がかつて学んだ“学校”に残された惨劇の爪痕。


花で埋め尽くされた門前。

セリナは名を、想いを、涙を、そこで再び拾い集める。


かつての“夢”が、ここで途切れたことを知りながら。

王都は分厚い城壁に囲まれ、門は二つだけだった。

一つは帝国へと続く北門──

かつてセリナが旅立った時、くぐり抜けたあの門だ。教会に最も近く、今はルキエルの『ロンギヌス』によって粉々に砕かれている。

もう一つはグラナール地方へと通じる南門。

王子マサキが最後に踏み出した門であり、今、シエノはメイド姿の二人を従え、その門前に静かに立っていた。

「僕はシエノ・ヴェスカリア、クセリオス・ヴェスカリアの息子である。」南門の守衛に身分証明を求められ、シエノは静かに名を告げた。だが、いつもの穏やかな面影はなく、その佇まいはまるで──

『悪役令息』の如く、冷たく鋭い威圧感に包まれていた。

「『シエノ様……ですか? しかし、なぜ馬車ではなく徒歩で? それにお供はこのメイドお二人だけとは』

門番が怪訝な表情で問いかけると、セリナは冷たい目で一瞥した。

『僕はユキナだ。文句でもあるのか?』

すると突然──

『きゃっきゃっきゃ! クソ門番どもが言いがかりつけて金をせびりに来たぜ!』

セリナが抱える毛玉の魔王人形が勝手に喋りだした。

セリナは至って真面目な顔で、

『……失礼した。この子、たまに暴言を吐くんだ』

と、ぬいぐるみの口を手で押さえながら言った。

門番は目を丸くして、毛玉の魔王とセリナを交互に見た。

「そ、その……生きたぬいぐるみですか?」

門番は疑わしげに毛玉の魔王を覗き込んだ。

すると突然、ぬいぐるみが「べー」と舌を出した。

「おおっ!?」

門番が後ずさりした。


「『シエノ様のお身分を疑うとは、いい度胸ですこと。将来の王に対して、あまりにも無礼では?』

ツインテールのメイド姿のレンが、一瞬のうちに衛兵の喉元に短剣を当てた。その動きはあまりにも速く、衛兵が気付いた時には、もう刃が肌に触れている。

『……さらし首にでもなりたいですか?』

蜜のように甘い声と裏腹に、刃は冷たく輝く。衛兵の額に脂汗が浮かぶ。

セリナがにっこりと衛兵に歩み寄り

「この方は気性が激しいんだ。早く通過させてくださると、良いのだが……」

と、笑顔で脅す。その裏に潜む本気の殺気に、衛兵は震えた。

「な、何んだこりゃ……このメイドたちは……!」

『彼女たちは我が忠実なるメイドであり、並みの護衛などよりよほど頼もしい。……さっさと通すがいい。時間を無駄にさせるな』

シエノは冷たくそう言い放つと、通行証を門番の胸に叩きつけるように押し付けた。

その圧倒的な威圧感に、

門番は「へ、へいっ!」と反射的に直立不動の姿勢をとり、背筋が棒のように伸びた。

『ユキナ、モレア、もう充分だろう。父上の待つ宮殿まで、一刻も猶予は許されぬ』

シエノが袖を翻すと、二人のメイドはぴたりと動作を止めた。

『ご命令のままに』

『門番さん、ご協力感謝ですわ~』

三人の背中を見送りながら、門番はようやく肩の力を抜き、安堵の息をついた。

城門から十分な距離を取ったところで、三人はようやく緊張の糸が切れた。

「はぁ……もう一生分の演技を使い切りました。どうして父上は平然とあんな態度を取れるでしょう? 僕には到底無理ですね。」

シエノは父クセリオスの物まねをしようとしたが、どう見ても似ていなかった。

「でも案外楽しかったかも? ね、マオウ君」

セリナはすっかり自分の役にはまりきっている様子。何より、ずっと毛玉の魔王を抱きしめていられるのが嬉しいらしい。

「お前には女優の素質があるな。今度本格的に演技の勉強をした方がいいかもしれん」

マオウはレンに気を送る振りをさせ、今は元の毛玉姿に戻っている。デュエロポリスの経歴が功を奏し、誰にも怪しまれていない。

「ちょっとセリナ、俺にも少し抱かせろよ。ずるいじゃないか」

レンはお嬢様モードに疲れたようだ。普段は男の子のように振る舞う彼女にとって、この役柄はかなり堪えたらしい。

「セリナなんて知らない。僕はユキナだよ。ぬいぐるみなんて上品なモレアちゃんには子供っぽすぎるから、僕が預かってあげる。マオウ君もユキナの方がいいでしょ?」

「ああ」

「いや、今のは私じゃない!」

セリナは本物の腹話術ができるようで、ますます役に熱中している。

王都の中心部に近づくにつれ、セリナたちは街の空気の変化に気づかされた。

「なぜ売ってくれない! 金は払うと言っているだろうが!」

衛兵が商人を怒鳴りつける声が響く。その手には剣の柄が握られていた。

「あんたたちに売る物なんてないよ。仮に犬の餌があったとしても、人殺し共に渡す気はないわ!」

先日起きた学生虐殺事件以来、町人たちは衛兵への一切の取引を拒否しているようだった。金を積まれても、食料も装備も薬すら売らない。

「クセリオス王に逆らう気か? この下々めが!」

「どうぞ殺してくださいよ。私たちを殺したら、次はどこから略奪するんですか? 衛兵様ご自身で畑を耕すんですか?」

町人の老婆が震える声で言い返す。もはや脅しも通じない。クセリオスといえど、王都の住民すべてを消すわけにはいかない。学生運動と違い、リーダーもいないこの抵抗には、見せしめのしようもなかった。

衛兵の顔が怒りで歪んだ。

「この反逆者め!」

「反逆者?」老婆が乾いた笑いを漏らした。

「カズキ王を裏切り、学生たちを殺したあんたたちこそが、この国の反逆者じゃないのかい?」

周囲の町人たちが静かに集まり始め、無言の圧力が衛兵を包んだ。剣を抜けば、たちまち暴動に発展する気配だった。

「くっ...覚えてろ!」

衛兵が踵を返すと、商人の一人が背後から叫んだ。

「次からは剣も買えなくなりますよ! 鍛冶屋もみんな協力してるんだからな!」

町人たちの話を繋ぎ合わせていくうちに、前日この王都を襲った惨劇の全貌が浮かび上がってきた。

「学生たちが...!?」

セリナの表情が一瞬で蒼白に変わる。その瞳は、嵐のように震えていた。

「...学校に!」

突然、彼女は踵を返すと、まるで疾風のように校舎の方向へ駆け出した。足元の石畳が悲痛な音を立て、道行く人々が驚いて視線を送る。

 学校――かつて、セリナが夢を語り、学び、笑った場所。

 そして今は、虐殺の現場であると噂される場所。

 門の前に差しかかった瞬間、セリナは立ち止まった。

 そこには、無数の花が敷き詰められていた。

 花束。一本の百合。しおれたカーネーション。

 メモが添えられたブーケ。折れた剣のレプリカ。

 誰かが持ち寄った小さなロウソクには火が灯り、その炎は風もないのに時折震えていた。

 見覚えのある名前がいくつもあった。

 いつも図書室で静かに本を読んでいた後輩。

 挨拶がぎこちなかったけれど、朝は欠かさず笑っていたあの子。

 授業が終わると、校庭でひとり剣の練習をしていた少年――

 どれも、セリナが知っていた“生きた時間”の記憶だった。

 だが今は、名前だけが、冷たい紙片の上に残されている。

 足が、前に出なかった。

 体が震えた。

 何かを言おうとして、唇が動いたが、声が出なかった。

 気づけば、膝から崩れ落ちていた。

 地面に手をつき、嗚咽をこらえられず、声を上げて泣いた。

「……なんで……こんなことに……!」

 あの子たちは、ただ学びたかっただけだった。

 未来を夢見て、努力して、手を伸ばしただけだった。

「ごめんなさい……守れなかった……!」

 震える背中に、シエノがそっと上着をかけた。

 レンは隣に立ち、何も言わず、ただ彼女の肩に手を添えた。

 焼け焦げた校舎の壁に、まだ血の跡がかすかに残っている。

 けれど、誰かが描いた小さなチョークの文字だけは、奇跡のようにそこに残っていた。

 《未来は、ここから始まる》

 かつての王が掲げた言葉だった。

 だが今、その言葉は“ここで終わった命たち”の祈りのようにも見えた。

毛玉の魔王はこの光景をじっと見つめ、小さく呟いた。

「……ふん。暴政というものはな、魔王など比べ物にならぬほど恐ろしいものだな」

その丸い瞳に、かつてない深い影が浮かんでいた。


今回は王都潜入回と、虐殺の痕跡を辿る“追悼”のパートを並列で描きました。

セリナの涙と、民衆の怒り――そこに“物語の重心”がゆっくりと移っていくのを感じていただけたら嬉しいです。


「未来は、ここから始まる」


かつての王の言葉が、今、命の記憶となって地に残る。

そんな構造を意識して描いた一話でした。

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