第百一話:懺悔の時間です
前回、神の審判が王都に下されました――今回はその“余波”です。
かつての真・勇者パーティーがついに動き出し、聖職者たちが反撃を開始。
教会が“神の砦”となり、民にとって唯一の希望の場所になります。
そして、明星ルキエルは……?
神に近い存在の“温度感”にも注目してみてください。
ルキエルのロンギヌスは愚かな衛兵たちと教会辺りの建物や城壁まるごと塵に返させた。その威力は大きな地震を起こし、教会を揺らした。
「なにこの揺れ、地震か。」
教会の中にいる衛兵たちもそれでくらくらさせ立つさえまのならない。
それが反撃者たちにチャンスを与えた。
一人の衛兵がよろめき、地面に倒れこんだ。手から離れた槍が、司祭の足元に転がる。それを待ち構えていたかのように、彼女は深く息を吸い込むと、素早く足を振り上げ、槍を蹴り上げた。同時に、両腕に渾身の力を込め、自分を縛っていた太いロープを引きちぎる。革紐が断裂する鈍い音と共に、落下する槍を空中で掴み取り、一気に戦闘態勢に入った。
「教会を荒らす不届き者たち、神の意志をもってあなたたちを殲滅します。」
「治癒とサポートがメインの聖職者が何かできる、押さえろ!」
「馬鹿!あの人はただの神職者じゃない。」
衛兵の大群が押し寄せようとも、彼女の微笑みは揺るがない。それは強者ならの余裕。
手にする槍で一閃する。
最初の衛兵は膝を折られ、次の者は腹部を打たれて悶絶。三人目が斬りかかる剣を槍で受け流すと、反動で回転し、祭服の裾が舞い上がる——その瞬間、四人目のこめかみを鈍く打ち据えた。
金属と骨が触れ合う鈍い音。
気付けば衛兵たちは皆、意識を失って地面に倒れていた。司祭は静かに槍を立て、冷たい瞳で彼らを見下ろす。
「……神にあだなす愚か者たちよ」
大司祭フィロメナ・ド・リュミエール。三十年前、勇者カズキと共に魔王を討ち滅ぼした伝説の一人である。しかし、彼女の名を世に知らしめたのは聖職者としての才覚ではなく、むしろ武の技であった。
その体術は言うまでもなく、錫杖を操る棒術は最早人の域を超えている。気の習得により、その一撃一撃は更なる鋭さを増している。さらに気の循環によって新陳代謝を制御し、三十年経た今も全盛期の若さと輝きを保ち続けている。
フィロメナは地面に散乱した剣の中から一振りを拾い上げると、素早く縄を斬り裂いた。さっきまで自分と同じく縛られていたガルドたちを次々と解放していく。
「そこら辺の武器を拾い戦いなさい、こんな時に武器の好き嫌いをしないで。」
「…承知した、かたじけない」ガルドは地面から剣を掴み取ると、父クラウスから叩き込まれた構えを自然に取った。
「日輪一刀」レンには及ばぬものの、ガルドの剣技もまた達人の域に達していた。ただし本人の好みを言えば、弓の方がずっと扱いやすい──狙いを定め、放つだけの単純明快さが気に入っているのだ。
彼が参戦することで戦況はさらに偏る。
「ちょっと、うち魔法使いっすけど、こんな重い鉄塊持ち上げないっすけど。」リリアンヌのような非力な魔法使いが扱えるほどの軽量武器は、この場には見当たらなかった。彼女の筋力では、せいぜい軽めの木杖か、羽根のように軽い儀式用の短剣が限界だろう。
「えい!貧弱な小娘が、オズワルドは何と甘やかな教育をしていますか。もうよい、他の聖職者たちの縄を解くのを手伝なさい。マーリン!」
「はい!大司祭様。」
「神の敵は?」
「殲滅あるのみですね、彼らに慈悲を与えるのは神であって、私たちではありません。我らに許された務めは、ただ罪深き彼らの魂を神の御許へと送り届けることだけです。」
「よろしい、付いて参れ、これからは懺悔を聞く時間です。」
「はい、お供します。」マーリンは地面に転がった槍を拾い上げると──その瞬間、背中から純白の翼が広がり、穏やかな天使の面影は消えた。今そこに立っていたのは、戦いのヴァルキリーそのものである。
その日、教会に不敬を働いた三百の衛兵たちに、神の鉄槌が下った。祈りと慟哭、悔恨の叫びが聖堂にこだました。血に染まった大理石の床に倒れ伏す者、涙で聖印を汚す者──まさに『神の御心のままに』というべき光景が広がっていた。
*
教会の制圧が完了し、ついにこの王都にも──クセリオス・ヴェスカリアの暴虐から逃れられる『聖域』が誕生した。長き絶望に、初めて差し込んだ一筋の光のように。
「ルキエル様……!」
マーリンの声は、天の祝福を受けた鐘のように清らかに響いた。
「やはりあなた様は、我ら天界の光でいらっしゃいます。このマーリンが、あなた様にお仕えできたこと――この瞬間ほど、その幸せを感じたことはございません」
舞い降りたルキエルの眼前で、マーリンは深く頭を垂れ、涙に曇った瞳を上げた。
「『明星様……この度は我々身の救済、誠に感謝申し上げます』
大司祭フィロメナですら、今はただ深く頭を垂れる。
『神の御許に仕える者として、あなた様と謁見できましたことは、この身の至上の栄誉でございます』
その姿は、もはや威厳ある聖職者ではなく――
ただの敬虔な信徒のそれであった。
「…ありがとうございます。」
「あのいつも神の電波を受信する信仰系天使と違って、マジで神々しい天使様っす。前会った時はただのガキだと思ったんすけどね~」
「いけません、リリアンヌ様!灰にされますよ。すみません…ルキエル様、この娘は頭に魔力が廻らず空洞なんです。どうかお見逃しを……」
幾度となく歓談を交わした真・勇者一行であったが、今、完全装備のルキエルを前にして、初めて『格の違い』を思い知らされた。その神々しい威光は、絶対を表している。
「俺たちからも感謝する、ルキエル、助けてくれて、ありがとう。」
「天使様、かっこよかった」
絶望の淵に立たされ、もはや頼るものすら失ったダスが、最後の望みを込めてルキエルの名を叫んだ。そして──明星は約束を果たした。その奇跡により、彼とトムは今回九死して一生を得ることができた。
「感謝するのはいいが、僕はこれ以上何もしないぞ」ルキエルは気まぐれな存在だった。彼の行動原理はただ一つ──己の興味の赴くまま。しかし今回の人間同士の争いは、彼の心を微塵も動かさない瑣末なものだった。
「僕はお前たちの便利屋じゃない」
ルキエルは呆れたように言い放つと、教会の天井へとふわりと浮かび上がった。
「教会の中なら安全は保証する。それ以上のことは――」
言葉を途中で切り、ルキエルは豪華な祭壇の上に横たわった。
「……まずは仮眠だ。起きたら帰る」
奇跡など所詮はきっかけでしかない。変わらぬ世界を動かすのは、結局は血と泥にまみれた人間の手だ。
ルキエルはあくまで「奇跡の起爆剤」であり、彼が世界を変えるわけではありません。
「世界を変えるのは人間であるべき」――これは彼自身の信条でもあります。
次回はいよいよ“奪還”への動きが具体化していきます。
王都の運命は、民の手に委ねられたままです。
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