第十話:山賊?いや、ゴブリンでした
勇者セリナの前に山賊が現れました。
山賊 ×10
コマンド:
戦闘
スキル
魔法
道具
逃げる ▼
勇者セリナは「逃げる」を選択しました。
しかし、逃げるのに失敗しました。
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「……なにこれ、あの娘、聖剣に呪われてんの? 町を出て一刻も経ってないのに山賊と遭遇って、嘘だろ。こっちとしては完全に出るタイミングを失ったんだが」
「いえいえ、呪われてるとおっしゃるなら、それ、聖剣ではなく、あなたのほうに呪いがかかっているはずですよ、まおうさま」
「誰がそんなくだらない呪いをかけるか! だいたい私は呪詛系の魔法使いじゃないわ!」
「マスター、どうでもいいけど、そのままだとあの人間、死んじゃうわよ?」
「いかん。今ここで死なれると非常に困る。せめて“最強勇者”になってからにしてくれ。……ちょっと行ってくる。「あれ」を頼んだぞ」
毛玉はマオウに変身し、走り出した。
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「金を出せ!」
「ひっ……す、すみません。あの、今、無一文でして……差し上げられるものは……」
「どうする、兄貴? これじゃ割に合わねえぜ」
「せめてもう少しエロい体してりゃ、あっちで楽しめたのによ。あんなチンチロリンじゃ俺様のも立たん」
「しゃーねぇ、奴隷として帝国に売り飛ばすか。ったく、王国が“奴隷廃止”とか抜かすせいで、こっちの手間が増えやがって」
どうしよう……また奴隷にされちゃうんですか。
お母さんのように誰にも知られず……死んじゃうんですか……
そんなの……
「――いやですッ!!」
私が、また誰かに踏みにじられるなんて。
私が、誰かの道具になるなんて。
勇者になれたら、もうそういうこと、なくなると思ってたのに。
勇者セリナは聖剣を抜いた。選んだコマンドは「戦闘」。________________________________________
コマンド:
戦闘 ▼
スキル
魔法
道具
逃げる
勇者セリナは山賊Aを攻撃しました。
(これが……勇者? 人を斬ってでも、守ること……?)
震える指先を、聖剣の柄に力を込めて止める。
(違う。私は、私のやり方で……勇者になるって、決めたのに)
しかし、なんのダメージもありませんでした。
「……いきなり剣を抜いて脅かすとは。はっ、ただの手品じゃねーか」
「なんで……?」
聖剣は“人を守る”という概念ゆえに、守るべき対象=人間には一切の危害を加えられない。
しかし、今のセリナにその仕様を知る術はなかった。
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「さて、売り飛ばす前に躾けておかないとな。買主に手間かけさせたくねぇしな」
――そのとき、風が吹いた。
「誰かが泣いている声が聞こえた……だから俺は来た!
人々は俺をこう呼ぶ――
正義の風に乗る騎士、ジャスティス・ライターッ!!
それが正義で! それが勇者!!
貴様の闇を修正してやるッ!!」
どこからともなく勇ましいBGM(ただし音質はややこもっている)が鳴り響く。
風、舞う。マント、なびく。ポーズ、決まる。
「「ダッッッサ!!」」
遠くから様子を見ていた二人の小さな広報員たちが、ついに我慢できなかったらしい。
「なにあれ、周囲の空気全部凍ってる……」
「『勇者ジャスティスライター』、まおうさまのお気に入りなんですよ。特に登場シーンが好きで、ついに自分でやるようになっちゃって」
ダサい……。この仕事、もう二度とやらない――静かに誓う広報員たちだった。
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「あの、マオウさんですよね?」
「違う。ただの通りすがりのジャスティスライターだ」
「マオウさんですよね」
「……」
無言でポーズをやめ、普通のマオウに戻った。
BGMも空気を読んだのか、しおしおと停止する。
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「覚悟しろ、ゴブリンども。我が魔法の錆となれ!」
「……あの、この人たち、山賊さんです」
……沈黙。
「ふふふ、甘いな。人間は“町に住む生き物”だ。
こんな荒野に現れるのはゴブリンに決まっている」
「……山賊さんです」
……
「――しかし、セリナ君。なぜ君は、彼らを“人間”と断定できる?」
「えっ……?」
「君はゴブリンを見たことがあるか?」
「いえ、ずっと町育ちですので、本物は見たことありません」
「なら、なぜ彼らがゴブリン“ではない”と言い切れる?」
「だって……えっ?」
「ゴブリンの特徴は何だ? 本で読んだことはあるだろう」
「はい。醜悪な顔つき、ひょろっとした体格、汚れた布や革の装備、粗末な武器、凶暴で狡猾、集団行動、略奪好き、知能は低めだけど器用で……あっ、なるほど、ゴブリンさんです!!」
天然は恐ろしい。ツッコミが不在なら、ボケは止まらない。
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だが、さすがに山賊たちも黙ってはいられなかった。
「てめえら、ふざけたマネしやがって!!」
怒り心頭の山賊たちがマオウに斬りかかる!
「今はゴブリン談義の肝心なところだろうがッ!」
マオウが軽く手を振った。瞬間――空気がきしみ。
次の瞬間、山賊たちは一斉に凍りついた。正確には、「氷の中に綺麗にポーズを取ったまま封印」された。
「――騒がしいノイズは、冷凍保存が基本だ。どうせお前たち、長期保存に向いていそうだしな」
氷の中で、山賊たちの顔だけが引きつっていた。________________________________________
いきなりの魔法に、本能で危険を察した山賊たちは逃げ出そうとした。
だが――もう遅い。
「逃げるやつから殺す。死体じゃ判別できんだろ。そこに座れ」
「す、すみません! 私、初めてゴブリンさんを見たものですから、山賊さんと勘違いしちゃって……ほんとすみません。だから、もう少しだけ、お時間を……」
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「……なにあの茶番」
「人間の勇者モノでは、“勇者が人を殺す”展開を避けるために、ゴブリンが代用されるのです。
つまり、まおうさまは“山賊”という概念を知らないまま。“人間は町にしか住んでいない”と思い込んでるんですよ。
――うふふ、お可愛いこと」
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議論は暑く、そして激しく――
日没になるまでに、山賊10名はその種族を「ゴブリン」として変更されました。
その後、彼らは正式に“亜人”として帝国に登録されましたが――それはまた別のお話。
めでたし、めでたし。