イジー・トルンカの手は哲学的な独白をする
これはこの物語の最新エピソードです。皆さんに楽しんでいただければ幸いです。
白い研究室の中で、アルカイムは試験管を透かして見つめていた。
ムサシロの血が揺れる。
その中には、人間の限界を超えた知の構造が眠っていた。
「これが……パペットマスターの血。」
静かな声。
アルカイムの目には、狂気ではなく確信が宿っていた。
机上のホログラムに、分子構造が無限に展開していく。
脳神経の軸索を模した量子の鎖が、光の糸となって空中に描かれていた。
「人は神経を通して世界を感じる。
ならば神経そのものを延ばせば――感じる世界も、他者も、意識も共有できる。」
アルカイムの指先が宙をなぞる。
量子の連鎖が震え、**二つの脳の間に一本の“鎖”**が繋がった。
「これが『量子神経連鎖(Quantum Neural Chain)』だ。
一方の脳のニューロンが、もう一方に電位を伝える。
思考は共鳴し、境界は崩壊する。」
彼は笑った。
それは科学者の微笑ではなく、創造主の笑みだった。
アルカイムの過去
かつてアルカイムは、社会に居場所を見つけられなかった。
幼い頃から、他人の表情の意味がわからなかった。
彼の脳は、世界の「雑音」を過剰に拾いすぎた。
「もし理解されないなら、理解する側に立てばいい。」
それが彼の原点だった。
やがて彼は科学を学び、倫理を超えた。
神の火を盗む者――プロメテウスになるために。
「私は受け入れられなくていい。
だが、崇められるべきだ。
人類の脳を繋ぐ橋――それを創るのが、私だ。」
ミッチェルの覚醒
別室では、ミッチェルが椅子に縛られていた。
腕に注射針が刺さる。
ムサシロの血から抽出された液体が静かに流れ込み、彼の瞳孔が開いた。
「……これが『パペットマスター・プライム』か。」
ミッチェルは呟いた。
その声には恐怖も疑念もない。
ただ――確信があった。
彼の意識が拡大していく。
無数の他人の思考が波のように押し寄せ、ひとつに収束していく。
「人間の歴史とは、思想の戦争だった。
哲学者は真理を語り、次の哲学者がそれを否定する。
永遠に、だ。」
彼の口元がわずかに歪んだ。
「だがもし、すべての人間が同じ思考を持つなら?
矛盾は消え、対立は消え、唯一の真理が残る。
――それが、俺の“超人(Übermensch)”の理想だ。」
彼はゆっくりと立ち上がる。
その目に、もはや人間らしい光はなかった。
二つの独白
アルカイム:
「私は人類に“心の火”を与える。
プロメテウスが炎をもたらしたように、
私は“意識の火”をもたらす。
人が他人を理解できぬ時代を終わらせる。
孤独という罪を滅ぼすのだ。」
ミッチェル:
「お前の言う理解は幻想だ。
人間は分かり合えぬ。
ならば一つの心で全てを統べればいい。
真理は一人の意志によってのみ存在する。
俺がその意志となる。」
機械の駆動音が低く響く。
試験管の血液が反応し、赤黒い光を放つ。
モニターに映る波形は、二人の思考の交差を示していた。
アルカイムは呟いた。
「科学は、神の創造物を破壊するための道具じゃない。
神を創るための階段だ。」
ミッチェルは笑う。
「なら、その神は俺だ。」
光が実験室を包み、
ふたりの思想が交わる――
人類の未来を決める対話として。
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