アノマリーザの最後の抵抗
これはこの物語の最新エピソードです。皆さんに楽しんでいただければ幸いです。
ムサシローはタスキーギの軍事基地で兵士たちの精神を支配したときに、ミッチェルとアルクハイムについて知ることができる限りのことをすべて学んでいた。
その視線の奥に流れていた会話の断片。雑談。命令。恐怖の囁き。
ムサシロは一つひとつを読み取っていった。
彼らが耳にした言葉、彼らが抱えた小さな秘密、そして繰り返されるミッチェルとアルクハイムの名前。
そこにあったのは計画の輪郭だった――誰が何を望み、どう世界を変えようとしているのか。
ムサシロは目を閉じた。外で雨が窓を叩く。
ミッチェルを止められるかどうかは分からなかったが、やるべきだと思った。ミッチェルが達成したら、ひとつひとつの“内世界”が消えてしまう。
それだけは、絶対に阻止しないといけなかった。
夜が深まる。やがて情報は動き出した。ミッチェルは既に兵を動員し、彼の新しい能力で大隊を制御しているという。世界のあちこちで、同じような“声の沈黙”が報告され始めていた。
ムサシロは立ち上がる。体はまだ弱いが、意志はまたたく間に強まった。
結局、ミッチェルとその兵士たちが現れた。
そして始まった。
精神のぶつかり合いは、静かな嵐のように広がった。
ミッチェルは強引に単一の意志を押し付けた。兵士たちの心は同期させられ、世界は一つの呼吸に合わせて動き始める。彼の声は太く、断定的だった。
ムサシロは逆に、握った思想を解放した。
彼が過去に出会った人々――トラック運転手のふとした冗談、退役軍人の祈り、市場の店主のささやかな親切、青年の夢、そしてヴァレリーの恐れと優しさ――その無数の意識を複製し、静かに形作っていった。
彼はそれらをミッチェルへと“注ぎ込む”。
一つ、また一つ。何百、何千もの小さな世界が、数分で彼の内側へと流れ込んだ。
ミッチェルは初め、力に確信していた。だがやがて、何かが変わるのを感じる。
他者の声が、彼の判断を割り込み、彼の決断を揺さぶる。温もり、恐怖、矛盾、慰め――断片が重なり合い、分厚い層となってミッチェルの内面を満たした。
「これが……!」彼は叫んだ。だがその叫びは指揮の号令ではなく、驚愕でしかなかった。
彼の“単一”は砕かれ、代わりに“集合”が出現する。
ミッチェルはもはやただの一個の意志ではない。
彼の意識は合唱のように広がり、善悪の枠を超えた存在へと変容していく――冷たく論理的な“超越”でも、温かい共感の集合でもない、ただ“多声の塊”。ミッチェルは新しくて奇妙な異世界の存在へと進化した。
その瞬間、アルクハイムが現れた。彼は出血していた。なぜなら、ミッチェルはムサシロを殺すために来る前にアルクハイムを撃っていた。彼は、ミッチェルが以前に彼を撃ったことを思い出させるかのように、静かに銃を構える。心のどこかに、かつての歴史に名を残し、称賛されるの望むが残っている。だが、ミッチェルがアルクハイムですら想像できなかった新しいタイプの存在になっていくのを見た後...
「神の創造物が、神を超えるなど許されない。」アルクハイムの声は低く、震えながらも確信に満ちていた。そうして銃弾が放たれる。ミッチェルは一瞬、驚愕で無防備になった。集合された声の混濁が、その一瞬の隙を作ったのだ。銃弾は命中した。
ミッチェルの身体は崩れ、彼の“合唱”は衝撃とともに薄れていった。静寂が戻る。だがその沈黙は短かった。ミッチェルに忠誠を誓っていた兵士たちが、アルクハイムに向かって発砲する。冷たい精密さで、数発の弾がアルクハイムを貫いた。彼は崩れるように倒れ、地面に血の小さな円を描いた。
ムサシロはその光景を、遠くから淡々と見つめた。怒りに燃えるのではない。むしろ、深い悲しみが静かに彼を覆った。兵士たちは、もはや彼ら自身ではなく、武器を持った影だった。ムサシロは無言で立ち上がり、一人ひとりの意識の糸を断ち始めた。
彼の行為は機械めいていたが、その手つきは丁寧だった。戦いは短く、冷たい夜が明け始める頃には、すべてが終わっていた。
瓦礫の上に佇むムサシロの肩に、夜明けの薄い光が差し込む。彼はゆっくりと息をつき、遠くで鳴るサイレンの声を聞きながら、静かに瞳を閉じた。
「人の心は、小さな宇宙だ。
それを一つに塗り潰すことは、それらの宇宙の破壊だ」──彼の内なる声が、そう言った。
そして、静寂。新しい朝が、薄く世界を包み始めていた。
このエピソードを楽しんでいただければ幸いです。次回が最終回となります。




