第一話 真相への切符
もともと個人サイトで投稿する予定だったのを先行してこちらで
誕生日――それは必ずしもこの世に生まれ、愛され始めた日とは限らない。
毎年四月六日になるとそんな日を祝うに似つかわしくない大きなホールケーキを、二〇等分ほどにして、今か今かと待ちわびた子どもたちの前へ運ばれていく。
大きくて細長いテーブルを囲うようにして座っている。部屋は眩しいほどに明るく、使い回された、折り紙を切って作った飾り付けが施されている。何年も前に書かれたクマの落書きがその隣で色褪せている。
施設のみんなはどこか他人事なように、だけれど確かに私の誕生日とされた日を祝ってくれていることをひしひしと感じる。
どこかいたたまれないような複雑な気持ちが胸に渦巻く。同じ所で暮らしながら私とは違って、みんなは本当の誕生日を知ってくれる人がいて、どんな人から生まれたかを知っている。このことにほんの少しの嫉妬が混ざり、自分に嫌気が差してくる。
そんな気持ちを悟られないよう、表にださないよう、押し殺す。そう、いつだって平然と。
あの人のように
「みんな!せーの!」
「「「陽菜お姉ちゃん!誕生日おめでとう!」」」
✶✶✶✶✶ ✶
「陽菜、ちょっといい?」
みんなが半分ほどケーキも料理も食べ終えたころ、先生は険しい顔をして呼びに来た。
パーティーの後に回すこともできないようなこと。
あらかた予想がつく。おそらくあの事件関連だろう。きっと今さっき連絡があったのだ。昔から数回こういった事があった。少し憂鬱だ。
「ごめんね。お話があって、場所を変えれるかしら」
「わかりました」
立ち上がって廊下へ向かおうとした瞬間、何かに裾が引っ張られる感じがした。隣の席に座っていた春だ。
「行っちゃやだ」
「呼ばれたから行かなくてはいけないの。春はもうお姉さんだから待てるわね?」
「……うん」
春はまだいささか不満げで、唇をとがらせている。そんな仕草がまたかわいらしくて心が温まる。
春のほっぺたについていたクリームをティッシュを一、二枚使って拭き取ってからその場を後にした。
部屋から少し離れた玄関に近い廊下まで来た。先ほどまでの部屋とは打って変わって薄暗く、物寂しげだ。あれほど子どもたちは騒いでいたのに、ここまでは届かない。
「単刀直入に言うね。あの『神隠し帰り事件』の調査が打ち切りになったと報告があったの」
「そうなんですね」
「何の手がかりもないらしくて、その……」
先生は必死に言葉を探しているようだ。そんなに気を使わなくてもいいのに。
明かされたことはこの廊下に似つかわしいものだった。ちょうど今から十二年前私に起こった奇怪な事件。今でもオカルト好きの間で話題に上がることがあるらしい。
「むしろあんな事件ともいえないことをこんなに長い間調査してくださったことが不思議ですし、感謝しています」
「それはそうなのだけれどね。黒谷さんには改めて感謝を伝えないとね」
十二年間も進展のない事件の調査を先導してくれた黒谷さんは、何度か話していく中で本当にいい人なのだろうと実感した。それと同時に彼がただの仕事として動いているわけではないのだと感じた。きっと何かこの事件に深い思い入れがあるのだろう。
「それとこれ、警察の方々から。長いこと預かってしまって申し訳なかった、だそう」
「ありがとうございます」
渡されたのは少し古びた子供用のポーチ。事件当時、私が身に着けていたものだ。調査のため警察に預かってもらっていたが私の身元を判断できるようなものは何もなかったようだ。
久しぶりに見た、というわけではないのだが、いざ手元に帰ってくると事件当時からあまり変わっていない見た目も相まって昔のことを思い出してしまう。無力でがらんどうな昔。あの時から少しは変われたのだろうか。釈然としない気持ちが駆け巡ってゆく。
「せっかくの誕生日なのにいい話ではなくてごめんね。あなたはほんとに強い子だからついね」
何を謝ることがあるのだろう。
「それでもやっぱり、ご両親のことぐらいは何かわかるとよかったのだけれど」
「いえ、もう大丈夫です」
「そう?何か辛いことがあったらすぐ教えるのよ」
「はい」
「それと、あなたやっぱり……いえ、なんでもない。こっちの話だから気にしないで」
「?」
「ともかく、誕生日おめでとう。残りのパーティーを楽しんでちょうだい」
私は廊下を離れ、部屋へと戻った。子どもたちはもう料理を食べ終わっており、各自テレビを見たり、ゲームをしたり、折り紙をしたりと遊んでいた。そろそろ片付けないと怒られる時間だというのにのんきなものだ。
「陽菜おねーちゃん、春お花折りたくて、こっちでやってて、教えて!」
「いいわ、春はどんな花が折りたいの?」
手をがっしりとつかまれた。今度は離さないと言いたげに。春はどうやら三人ほどで畳の上に寝ころび折り紙で遊んでいるらしい。花の作り方はよく春に教えているが、次の日にはすっかり忘れている。
「春、ごめんね。陽菜借りていいかな?」
「奏翔」
春に手を引かれ、畳にいこうとした瞬間、奏翔に呼び止められた。泣いている子を安心させるような穏やかな顔で春に話しかけている。
ただ春はいささか不満げで私の手を握る強さを強めた。
「春が最初に陽菜おねーちゃんとったの!」
頬をとがらせる春に奏翔はふっと優しく笑った。
「ちょっとだけでいいんだ。これ、あげるから」
そう言って、ポケットから飴玉を取り出し、春に差し出す。こういうことろから奏翔は私達のなかで一番子どもの扱いが上手だと感じる。だからこそ、最近は子どもたちの相手を任せっきりにしてしまっている。
春は途端に明るい顔になり、あっけなく私の手を放して戻っていってしまった。とっても単純で素直ないい子だ。
「ふふ、相変わらずだね」
「そうね。でも随分と聞き分けが良くなった気がするわ」
「時が経つのは早いね……。それはそうと改めて陽菜、僕と剣斗からのプレゼントだよ」
奏翔から渡されたのはお菓子の詰め合わせ。毎年二人は同じようなものをくれる。私のことを考えてくれたうえでのプレゼントだと感じ、嬉しくなる。
奏翔と剣斗とは長年この施設での生活を共にしている。かつては他にもいた同年代の人達もいた。それど、それぞれ親の元へ戻ったり、養子に迎えてもらったりとだんだんと数を減らしてきて、三人だけになってしまった。
この施設にいるのはほとんどが小学生で中学生はおらず、少し年齢が空いて私達がいる。大多数は随分と年下になる。
最近の二人はどこか遠くの存在に感じる。中学生、高校生となっていくにつれて徐々に関わらなくなってきたからだろうか。それとも私が無自覚にも距離を置いてしまっているのだろうか。
「おいおい先に渡しちまってるじゃねーか」
「剣斗が来るのが遅いからだよ。自業自得だね」
「うるせーよ」
子ども達と遊び終えた剣斗も加わった。二人はお互いをぞんざいに扱いながらも笑い合っている。この二人はきっと私の見えない所で強い絆を築いてきたのだろうと節々から感じる。だからこそ私と同じようにここにとどまり続けているのだ。このことについての良し悪しはきっと当事者にしかわからないだろう。
「ありがとう。大切に食べさせてもらうわ」
「うん」
「おう!」
二人はいつだって私に良くしてくれる。きっと私だけじゃない。だからこそ学校でもかなりの人気ぶりを発揮する。
パーティーはもう人を祝うという目的を忘れたかのように子ども達の遊び場と化している。そんな場所に私は用済みだ。自分の影を薄くしてひっそりと自分の部屋へ戻った。
廊下を歩いていると窓が空いているからか、春風が入ってきて少しひんやりとした空気が肌をなでた。少し欠けた月を背景として、満開の桜が入ってくる。幻想的で一人で堪能するにはぴったりだ。
私の部屋は他の子のような一部屋で何人も寝るというような部屋ではなく、完全な一人部屋。その存在はまるで私を現実へと引き戻すような、過去を思い出させるような、私にとって自分の人生を象徴するものとなっている。
目の前には何の変哲もない扉。どれだけ内側から見たかもわからない。ああ、いつもの通り、予想を裏切らず。心が落ち着かない、なんだか哀しいような、なんだか苦しいような。きっと一生私はこのままだろう。
手が震える。
目を瞑る。
深呼吸をしながらドアノブを握りしめる。
そう、いつもの通り。あとは少し前へ歩くだけ。それだけだ。
「ふぅ」
ほっと一息を着く。なんだかひどく疲れた。机の上にある飴を一つ取り、口に入れた。ほどよい甘さがじんわりと広がる。
ベッドに腰掛けたとき、ふと右手に持っているものが視界に入った。
「そういえば、これ」
先生から荷物をもらっていた。フリルのついたかわいらしくて、小さいバッグ。昔の私はこういったデザインが好きだったのだろうか。中には見慣れたものが点々と。
「あれ、なにこれ」
バッグの奥の方に見慣れないものがあった。紙だろうか。手にとってよく確認してみる。
「切符?」
形や大きさ、文字の場所からおそらくそうだろう。ただ、何を書いてあるかは読めない。子どもの字のようだ。
「こんなものあったっけ」
警察からいろいろなことを聞かれたときにも、こんなものは見なかったはずだ。どこかで混入してしまったのだろうか?
けれどやけに懐かしさを感じる。なんだろう?どこか見たことがあるような気がしてくる。
そんな事を考えているうちに眠りについた。