幼馴染
円卓派の意見はヨク=ゾトース召喚の実行に統一された。にわかにざわめき立ち始める円卓にムーサが声を投げる。
「アイモスは明日の夜までにこの文章を読めるようにすることをご所望よ。アクロ文字の解読が不安な人は私かウマル、ゴットラムと……あぁ、ファジルもだったかしらね。詳しいから、解読を手伝ってもらうように。では、解散」
そう言って場を区切るように扇を鳴らしたムーサを、ファジルは意外だという目で見た。ムーサはそんなファジルの視線に目敏く気づく。
「何よ? ファジル」
「私がアクロ文字の解読が得意な事、知ってたんですね」
ムーサは当然だと鼻をならした。
「一派の長として、仲間に何が出来るかを把握するのは当たり前でしょう?」
ファジルはこれまた意外だと言わんばかりに目を丸くする。
「……あなたが、私を仲間だと?」
ファジルの口からぽつりと漏れでた言葉。それは煽りでなく、ファジルの本心から出た言葉だった。しかし、ムーサはそう受け取らなかったのだろう。ムーサは口元を扇で隠し、扇の上からファジルを睨み付けた。
「あら? あなたは私が嫌いでも円卓派の一員である自覚は持っていると思っていたのだけれどね。私の勘違いだったかしら。いいのよ、出ていってくれても。私は清々できるわ」
「ッ! そんな言い方!」
ファジルは椅子から音を立てて立ち上がり、声を荒らげる。ムーサもまた同様に立ち上がった。
「何よ! ここは私の作った派閥! 私が気に入らないなら出ていけば良い!」
「やめるんだ二人とも!」
ウマルを筆頭に円卓の数名が二人を止めるべく口を開いた。しかしそこに、酷く場違いで能天気な声が通る。
「まぁまぁ、いつもの事じゃねぇか。面白い見せ物だとでも思って鑑賞させて貰おうぜ」
ファジル、ムーサは共に声の主を鋭く睨み付けた。声の主はティマーズだった。通常、ムーサが一睨みすればすぐに真面目な風を装い口をつぐむティマーズだったが、今回は二人の強烈な睨みを受けて尚、普段のにやけ面を崩さなかった。
「どうしたんだよお二方? こっちの事は気にせずどんどんやってくれ。せっかく円卓派で一つの目標に向かって頑張ろうって時だが、それで二人の仲が改善するわけじゃないもんな。二人の言い争いなんていい加減円卓派の名物みたいなもんだよ。無理に止めようとなんてせずに娯楽として落とし込んじまった方が良い。人の喧嘩ってのは見てて楽しいもんだ。なぁ? タラン?」
ティマーズに突然同意を求められ、タランは引きちぎれんばかりの勢いで首を振る。その隙に、ムーサの腕がティマーズの背後から伸び、首根っこを力強く掴んだ。
「え゛」
みっともない声と共にティマーズは椅子から引き倒され、床の上を引きずられながら連行されていく。二人はそのまま部屋の外に姿を消した。
扉が勢い良く閉まり、円卓は大きく息をつく。
「ティマーズに感謝しなければならないな。あれは流石にわざとだろう……わざとだよな?」
と、メトロスが呟いた。フィレーネが続ける。
「彼も少し怒っているように見えたし、わざとだとは思うわ。でも、わざとではない可能性がある事が彼の恐ろしいところね……」
フィレーネは額の冷や汗を拭うと、円卓越しに、未だ憤りが収まらないファジルと向き合った。
「ファジル、いい? あなたは多分、ムーサを誤解していると思うの」
「誤解?」
ファジルは多少乱暴な調子で聞き返す。
「そう、誤解よ。その件で後で少し……あなたに話したい事があるの。皆の解読が一段落したら時間をくれない?」
フィレーネが余りに真摯にファジルの目を直視して話すので、ファジルを覆っていた憤りも幾分か消え去る様だった。ファジルは冷静さと謙虚さを取り戻し、神妙に頷いて見せる。
「……分かりました」
騒動に一段落がついたことを察し、エウフォリオン、ゴットラム、タランが席を立った。
「しかしあれは相当絞られるんじゃないか?」
「流石にムーサも彼がわざとそうしたのだと分かっているだろうが、もし分かっていなかったらと思うと……ティマーズ……明日の儀式に来られるといいのだが」
「去らばティマーズ……必要な犠牲だった」
三者三様に呟き、三人は部屋を出ていく。他の面々はヨク=ゾトースの祈祷文の解読に移っていった。
ファジルは一人、目を伏せる。冷静になってみるとやはり、自分の言葉選びは酷く悪かった。最悪と言っても良い。あれでは煽りと捉えられても仕方がない……でも、あんなに怒らなくても良いではないか……
ファジルが胸の内で百面相をしていると、いつの間にかウマルが側にいた。相変わらずの表情の固さだが、心配していることだけは分かった。
「ファジル……その……」
ウマルは何かを言い難そうに口を開いたかと思えばすぐ閉じる。また開いたかと思えばまた閉じた。久々にウマルの方から会話を振ろうとしてくれる事にファジルは期待を募らせたが……
「ごめん、やっぱり何でもない」
結局ウマルは話を辞める事を選んだ。ファジルが食い下がろうとしたところで、フィレーネの声が響く。
「これ凄く読みづらいわね……誰か解読手伝ってくれない?」
声を聞いたウマルが直ぐに返答した。
「僕が引き受けるよ」
「あ、ウマル……今何を……」
そのまま直ぐにフィレーネとメトロスの席へ行ってしまったウマル。ファジルの問い返しは空を切った。やはり、何も話してはくれないのか。ファジルの心に差す影はますます深く食い込むばかりだった。
「ライラも一緒にどう?」
フィレーネが一人で羊皮紙と向き合っているライラへと声をかける。
「お誘いありがとうよ。でも、あたしはまず一人で頑張ってみる。どうしても難しそうだったら頼むよ」
そう言って親指を立てて笑うライラ。
「そう、偉いわね……ファムムとハーロルはどうする?」
「ファジルに頼もうかな」
そう言うなり、ファムムはハーロルと共に羊皮紙を持ってファジルに近づく。
「ファジル、解読、手伝って貰っていい?」
先程の喧嘩もウマルの秘密主義もまだ尾を引きずっていたが、ファジルはそれを一旦心の奥底にしまいこみ、快く受け入れた。
「ええ、勿論」
三人はファジルを中心にして椅子を寄せ合い、解読に励む。ヨク=ゾトースの祈祷文は古い言い回しと謎めいた隠喩に満ちる恐ろしく難解なものだが、ファムムは元々アクロ語を読めない訳ではないので流石に呑み込みが早い。問題はハーロルだった。
ハーロルの本業は剣士である。アイモスの門下にいるのはムーサとティマーズの様に、ファムムの付き添いのためだった。(彼のような人間も平等に弟子として接するところがアイモス一派の美徳であるとファジルは考えていた)ティマーズと違い魔術そのものの才能には恵まれなかったが、ファムムの助手としての才能は恐らくどんなに偉大な魔術師でも及ばないであろう。ファムムの恐ろしく無謀に見える実験に、文句の一つも心に浮かばせず完璧に参加できる人間はこのハイパーボリアにハーロル一人しか存在しないのだ。
そんなハーロルだが学問そのものには弱い。彼には、古代の祈祷文が全く未知のものとしか感じられなかった。
「何故アクロ語なのだ……ツァス=ヨ語では駄目なのか……」
ハーロルは解読に苦戦しながら怨めしそうに呻く。
「アクロ語を使っていた爬虫類人達の時代のものかもしれませんね。最も、爬虫類人達がヨク=ゾトースなる存在を崇拝していたなんて話は聞いたことがありませんが。彼らの信仰の大半は蛇神イグに向けられていた筈。あ、そこは下手に発音しないでください。正しく発音しないと呪われます」
危険な文字列を発見したファジルは咄嗟にハーロルの口を塞いだ。ぎょっとして羊皮紙から顔を離すハーロル。ファムムは感心して声を漏らした。
「厳重だね。よっぽど知識の無い人間を排除したいみたい。私はこれ、最近書かれたものだと思う。アクロ語をこんな使い方するのって現代の秘密主義者ぐらいじゃないかな」
「それは一理ありますね……」
楽しげに述べられた仮説にファジルも腕を組んで考え込んだ。
「考察は後にしてとりあえず発音だけ全て教えてくれないか……?」
ハーロルが情けなく言った。ファジルはそれをぴしゃりと拒む。
「駄目です。この機会にアクロ語も多少は読めるようになりましょう。それがファムムの助けになりますよ。きっと」
ファジルがファムムに目配せで同意を求めると、ファムムは大きく頷いて言った。
「助かる」
ファムムに期待されてしまえば文句を言えるハーロルではない。
「くぅ……ならばやって見せようではないか……!」
先程の十倍の集中力でもって羊皮紙の解読に取り組むハーロル。(それでも解読は遅々として進まないが)それを横目に、ファジルは羊皮紙を隅から隅まで眺め回した。
「この羊皮紙……古いものには見えませんね。やはり最近書かれたものなのか……もしくはアイモスが新たに模写したものなのでしょうか」
ファジルは羊皮紙のアクロ語の筆跡をじっと見つめる。どこかで見た筆跡であるように感じたが、アイモスの模写ならそれも当然かと思いそれ以上は考えなかった。
羊皮紙に意識を向けていたファジルがふとファムムの方を向くと、ファムムがファジルの顔をじっと見つめていたことに気づく。二人はしばらく無言で見つめ合ったが、ファジルが耐えきれずに尋ねた。
「……どうかしました?」
「ファジル、目、赤いよ」
ファムムは自身の目元を指して言う。何を言っているのだとファジルは思った。自身の虹彩が紅玉の様に赤く輝いているのは産まれた時からだ。
「赤いのはもともとです」
ファジルがそう返すと、ファムムは首を振った。
「そうだけどそうじゃない。腫れてる」
そう言われてファジルは目元に手をやった。確かに目元が腫れているようだ。
「さっきの?」
ファムムが心配そうに尋ねるが、ファジルは首を振る。
「いいえ、多分これは……」
ウマルと歩いている時に涙を流したせいだろうか。そう思い至って、ファジルは無意識に少し離れた場所にいるウマルを見つめる。
ファムムはファジルの視線の先に何があるのかを見た。そして、合点がいった様に頷くとファジルから離れ、羊皮紙を手に難しい顔をしているハーロルへ共に来る様に促し、ハーロルを伴ってウマルに向かって歩いていく。
「ファムム? ハーロル? 何を……」
ファジルが尋ね終わる前にファムムがウマルに声をかけた。
「ウマル」
「何かな? 二人とも。君達も解読かい? ファジルに手伝ってもらってたんじゃ……」
「ファジル、泣かせた?」
円卓にいる者達が一斉にウマルを見る。
「え……」
ウマルは手に持っていたペンを落とし、その日始めてファジルの顔を直視した。ファジルは咄嗟に顔をそらしてしまったが、ウマルは確かにファジルの目元が腫れているのを見たらしい。ウマルの表情は相変わらず変化を見せなかったものの、ファジルにはウマルの目に焦りや罪悪感といったものが現れていくように見えた。
ファムムはウマルの顔をじっと見つめ、自身の予測が当たっていた事を確信すると、ハーロルの方を向き、ウマルを指差した。
「ハーロル、やっちゃって」
「うむ」
ファムムの命を受け、ハーロルは腕捲りをして肩を回し、じりじりとウマルにじり寄る。体格の良いハーロルが醸し出す気迫にウマルは呻き、後退りした。ファムムの意図を理解したフィレーネも便乗し、メトロスをけしかける。
「メトロス~?」
「まかせるがいい」
メトロスもまたハーロルと同じようにウマルににじり寄り、そのままウマルの首に腕を回すと、逃がさないようにがっちりと固定した。そのままウマルを別室へと連れ出そうとする。ハーロルもそれに加わった。
「ちょっと……二人共……?」
ウマルが困惑の声を上げるが、二人はそれを無視して突き進み、ウマルごと別室の扉へと消えていく。
一部始終を呆然と見送ったファジルは、扉が閉じる音で我に帰り、ファムムに問うた。
「二人はウマルを何処へ……?」
「ファジルを泣かせた制裁?」
あっけらかんと返すファムム。
「そんな!?」
分かりやすく取り乱すファジルにファムムは思わず吹き出す。
「冗談、ただの説教」
「説教ではあるのですね……」
ほっとしたような、そうでないような、複雑な気分でウマル達が消えていった扉を見つめるファジルを、フィレーネが背後から抱きしめた。
「皆、近頃の二人の事を心配してたのよ? そうね……丁度良いから、後で話そうと思っていた事を今話すわ。ムーサもね、それとなくウマルにファジルと何かあったのかって探ってたの。それに、私にも心当たりが無いか聞いてきたわ。あなたを心配してのことよ」
「ムーサが?」
先程のやり取りを思い出す。あのムーサが自分を心配していたとは信じられない。ファジルはそう思った。それを見透かしたようにフィレーネは続ける。
「私も驚いたわ。その時まではあの子があなたと本当に仲が悪いんだって思ってたから。でも、見方が変わったの。ムーサはきっと、あなたに負けたくないだけなのよ。恋でも、魔術でも。けれど、あなたとの仲に亀裂が入っている事を良しとはしていないと思う。私はここ数年の二人しか知らないけど、昔はもっと仲が良かったんでしょう?」
「ええ……小さな頃は、一緒に展望塔に登って景色を見たり、そこで他愛の無い話をしたりしていました。彼女は景色にも私の話にも大した興味がないみたいに振る舞っていましたけど、私がちょっとした冗談を挟むと口の端がぷるぷると震えて……あ……」
ファジルはずっと忘れていた事を思い出した。ムーサは幼い頃から内心が顔に表れるのを嫌っていたが、隠しきれない感情はもっぱら口元に零れ出ていた。それに悩むムーサに口元を隠す扇を提案したのは自分ではなかったか?
「何故忘れていたのでしょう……思えば、ムーサと関係が悪化したのはあれから……口元が見えなくて本心が分からなくなったから……?」
過去を振り返り一人言を呟くファジルを見てフィレーネは微笑んだ。
「何かきっかけが掴めたようね?」
「はい」
ファジルはしっかりと頷く。フィレーネはファジルを抱く腕を離し、自身にファジルを向き合わせる。
「私も気づいたのは最近だけれど、ムーサは表に出すのが嫌だったり恥ずかしかったりする想いを、全く反対で、苛烈な表現で覆い隠そうとする悪癖があるみたいね。あの子の言葉の表面に捕らわれないで。本心はきっと別にあるのよ。仲直り、できるわよね?」
再びはっきりと頷いたファジルに、フィレーネは満足げに頷き返した。
「さて、次はいよいよウマルのことよ。この際だし、幼馴染二人との関係を一気に再構築してしまうのがいいわ」
「あ、そう言えば説教って……」
ファジルの目が再びウマル達が消えた扉に向く。
「そう、説教。ファジルが泣くほど追い詰められてるのだもの、ウマルには少し説教が必要。一つ確認しておくけれど、ウマルはあなたを何故避けているのか教えてくれないのよね?」
無言で小さく頷ずくファジル。
「やっぱり。私が思うに、ウマルはあなたを嫌いになったわけでは無い。あなたを避けているのはきっと、彼自身の問題よ。そして、それをあなたどころか円卓派の誰にも打ち明けていないの。あの子の悪い癖ね、何でもかんでも一人で抱えこんでしまうのは。それでファジルがどう感じるのか分かっていないのよ。だから、お説教」
ファジルはウマルが自身を嫌っていないだろうという事に大きく安堵した。だが、それと同時に恐ろしく自分の視野が狭まっていた事を感じた。
「私は……ウマルが何かに困っていたのなら、それに気付けなかった自分が情けないです。彼が困り事を一人で抱えこむことは良く知っていた筈なのに……避けられた事ばかり気にして、嫌われたのかもしれないなんて事しか頭に浮かばなかった」
両の拳を握りしめ、後悔に表情を崩すファジルをフィレーネは抱き寄せ、頭を撫で回した。
「そんなに自責しないの。今回ばかりは、話してくれないどころか避けてすらいたウマルが悪い。大丈夫、ハーロルはともかく、メトロスは上手くやってくれる。ティマーズに負けず劣らずの減らず口がウマルの耳を十分に痛め付けてくれる筈よ。でもそれだけじゃ、ウマルが全てを晒すには足りない。彼の病的な秘密主義を崩すのにまだ必要なのは……」
「あんた自身の言葉だねぇ。ファジル」
フィレーネの言葉を引き継ぐ様に、ライラが会話に割り込んできた。
「いいかい? いかにも有能で頼れる男を装ってるけど、ウマルの奴はあたしが見てきた中でもとびきりの臆病者だ。待ってるだけじゃあなにも行動を起こしてくれないよ。まぁ、あんたも何もしなかったわけじゃないだろうけど、まだ足りないんだ。あんたの覚悟を込めた言葉で胸ぐらを掴み、思い切り揺さぶってやるくらいの気概でないとね」
「覚悟を込めた言葉……ですか」
「そうさ、あいつが腹の中にどんな厄介事を抱えてるかは知らないけどねぇ、それを一緒に背負いたいって言うんだよ。そのくらいの想いはあるんだろう? 『君に迷惑をかけたくない』なんて言われたって絶対に引くんじゃないよ。他人に迷惑をかける事を怖がってるだけだ。人の側にいる以上、人に迷惑をかけずに生きるなんて不可能なのにね。背負わせずに一人で抱え込むのは許さないって言ってやんな。それぐらいの想いであんたの側にいるんだって、それぐらいの想いであんたを愛しているんだって」
ファジルは真剣にライラの言葉に耳を傾けていたが、『愛している』の部分で顔が紅潮した。
「その様子だとあんた……まさかまだはっきりと想いを伝えてないのかい?!」
ファジルは顔を背ける。ライラは思わず眉間を指で揉み、フィレーネは微笑み、ファムムは目を丸くした。
「はぁ……ムーサはしてないだろうと思っていたけど、まさかあんたまでとはね。いいかいファジル、今日だ! 今日想いと覚悟を伝えな! 強引にでも二人きりになって思い切りの想いと覚悟を重厚に伝えてやるんだよ! そうでなきゃあのいつまで経っても意気地の無い男には響かない! いいね!」
「は、はい!」
ライラの余りの勢いにファジルは反射的に良い返事をした。
「あ、あの……何故私にそこまで協力を? ムーサだって……その……」
ウマルを好いているではないか。その声になら無い言葉は伝わったようで、ライラは頭を掻きながら答える。
「あぁ……そうだね。私は正直ムーサのそれはあんたへの対抗意識から来てるものでどうしてもってわけじゃあ無いように見えてるからさ」
「あ、それは私もそう思うわね」
「私も」
フィレーネとファムムも頷く。ファジルは呆然とする以外の反応を取れなかった。
「そう……なんですか?」
「勿論、好意自体は有ると思うよ。いくらムーサでも有りもしない好意をでっち上げはしないさ。ただ、あんたほどじゃないってだけ。……しかし、分からないものだね。ファジルにしろムーサにしろ、どうしてあんな男に惚れるんだか。面の良さは認めるけど、あたしはああいう腹の中でぐだぐだ考え込む男は御免だよ。あたしは分かりやすい男が好みなんだ。手綱を握りやすいからねぇ」
ライラはにやりと笑った。
しばらくして、メトロスとハーロルが扉を開けて円卓へと戻ってきた。ファジルは心臓が飛び上がる感覚を覚え二人の背後を見る。だが、そこにウマルの姿は無い。
「あの秘密主義者はどうしたんだい?」
ライラが不機嫌そうに尋ね、メトロスが答える。
「私達の言葉は届いたようだが、考え事がしたいと言って自室に消えてしまったよ。普段のゆったりと緩慢な動きが嘘のように速やかにぱっとな。首根っこをひっ掴む余裕もなかった」
ハーロルも唸りながら同意した。
「私が止められんとは……ウマルもなかなかやる。今度剣術の指南をしてみようか」
「虚弱なウマルに剣なんか振れない」
ハーロルの思いつきはファムムに首を振って否定される。
「逃げる気じゃあ無いだろうね……ウマル……」
ライラがいぶかしむのを、フィレーネがきっぱりと否定した。
「彼はこの状況でこのまま逃げられるような卑怯者ではないわ。戻って来るのを待ちましょう……さて、解読の先生が居なくなってしまった事だし、ファジル先生? 彼を待つ間、皆の解読の指南をお願いしても良い?」
「……分かりました」
ファジルは逸る心臓をなんとか抑えながら五人の解読を手伝う。夜は段々と更けていった……




