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繰り返すもの(更新停止)  作者: ザルジス
二章 白亜の監獄
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解放

もう一人の父と慕った男だった。安心して膝の上に身を沈められる男だった。いつか魔術の師として仰ぐつもりの男だった。だが、全ては崩れ去った。最大の裏切りによって――――


親の仇を睨むファジルへ、ヘルペノルは穏やかに微笑む。


「元気そうで良かった……と言いたいところだが、どうもそう言っていられない様子だ。手が痛々しい……顔色も悪い。随分と無理をしているのだろう。私をここから出してくれるのなら、君を助けてあげようじゃないか」


「あなたに助けを乞うなど!」


反射するようにファジルは叫んだ。母を殺されてから五年が経つ。時間の下に眠っていた憎しみが目を覚まし、ファジルの心を焼いていた。


ヘルペノルは不思議そうに首を捻る。


「グォウ=ヴから聞いていないのかな? 協力者の話を」


「……! あなたがそうだと言うのですか?」


「ああ」


――――なんと言う悪辣さだ。わざわざこの男を協力者に選ぶとは。


ファジルは心の内でグォウ=ヴをなじった。ただの狂人なら手助けを受ける気になる可能性も小指の爪くらいには有ったかもしれないが、この男に手助けを受ける事だけは受け入れる気にならなかった。


「……あなたを側に置くなどあり得ません。あなたはそこで罪を償っていなさい」


そう吐き捨て、背を向けようとするファジルをヘルペノルが呼び止めた。


「まぁ、そう言わないでくれ。国に与えられた罰と言う話なら、とうに刑期を終えている筈だ。なにせ、五百年も牢に閉ざされたままなのだから」


「五百年……?」


ファジルは思わず振り向いた。ヘルペノルが投獄されたのは五年前。この男の頭が獄中でいかれてしまったので無い限り、この男は繰り返す今日を認識している。


「あなた……この繰り返しを?」


ヘルペノルは深く頷いた。


「ああ……私は、時間を外れたものだ」


ふと、頭を巡らせるファジル。この男の事は憎いが情報は欲しい。情報源の一つとしてこの場で聞けるだけの事は聞いておくべきか。


「時間を外れたものだと言うなら、あなたの身体は今日が繰り返されても元の状態には戻らない筈。五百年歳をとったようには見えませんが」


「老いというものは時間の中にいるからこそ起きる。否、起こされると言うべきかな。迎えるべき未来を持たない時間を外れたものは、歳をとらないのだよ。君の仲間に会ったことがあるかね? 彼らも君の知っているままの姿だった筈だ」


確かにそうだとファジルは思った。会ったのはエウフォリオンだけだが、様子がおかしいのは別として、彼の外見に老化による変化が有ったようには見えなかった。


「グォウ=ヴとは、どういう関係なのですか」


「彼女への奉仕者……と言っておこうか。とはいえ、自ら進んで奉仕者になった訳では無いが」


「そもそもグォウ=ヴとは……何者なのですか?」


「難しい質問だな。だが、お答えしよう」


ヘルペノルは大袈裟に腕を広げて見せる。


「まず前提として、生き物が時間と呼ぶものは、ヨク=ゾトースによって完全に固定された構造物の一辺にすぎない。全ての生き物は実際の所、決められた一生を、決められたままに生きるだけの存在なのだ」


「……!」


それは、こんな薄汚れた牢獄で知るべきではない驚異の知識だった。


「だが、中には時間から抜け出し、自由に動き回る存在がいる。決められた未来を捨て、他者の一生をも歪めてしまう存在だ」


「それが、時間を外れたもの……?」


「その通り。もっと言うならば、『時間を外れる』の魔術を使ったものと、ある程度力のある存在達だ。神のような」


時間を外れたものと呼ばれる存在について、ファジルはこの繰り返しを抜け出せる者だと言う程度に考えていた。とんでもない思い違いだった。時間を外れたものとは、神への反逆者だったのだ。


「グォウ=ヴとは、ヨク=ゾトースによって定められた過去、現在、未来を乱すものを取り締まる時空の治安官にして、乱れた時間を正す時の調律者。私はかつて、定められた未来を放棄し、時間を外れ、過去を乱し、連鎖して未来も乱した。それを咎められ、私は彼女の管理下に置かれたのだ」


ヘルペノルは視線の先に懐かしい過去を見たように目を細める。


「以来、彼女の手下として方々に遣わされている。今回は……まさか牢に五百年も放置されるとは思わなかった。神ともなれば、人使いの荒さも規模を増すらしい」


肩をすくめるヘルペノル。ファジルは良い気味だとも思ったが、五百年もこの何も無い牢獄で過ごす虚無にぞっとする。今この男がしっかりとした意識を持って語りかけてくる事が不思議な程だ。――――果たして、自分はその虚無に耐えられるだろうか。


「ひたすら壁の亀裂を数え、眠りにつく日々。何度自死を考えたか……だが、私が自ら死ぬ事をグォウ=ヴは許さない。死んだところで現状よりも酷い末路が待っている事は目に見えていた。故にひたすら眠り続けた……そんな日々に変化が生じ、久々に人と会話ができたのだ。君が現れてくれた事、本当に嬉しいのだよ」


ヘルペノルの細められた目の端から一筋の涙が零れる。やはりこの男は、人が知ることの無い、尋常ならざる苦痛の中を過ごしてきたのだ。ファジルは非常に不本意ながら、僅かに同情が沸き上がるのを感じた。今の自分の境遇と通じる面を見いだしてしまったのだ。


「幾万幾億の星霜を鎖に繋がれ続ける神々の気持ちを存分に味わえた。だが、いい加減この牢も見飽きたよ。鍵を開けてくれるなら、この身を捧げよう。君がまだ私に贖罪を課すと言うのなら、殺した彼女の娘である君に、献身をする事で贖罪とさせてはくれないか」


ヘルペノルは服従を示す様に、砂にまみれた牢獄の床に頭をつける。


ファジルは悩んだ。この男を解放するか否か。決して憎しみが消えた訳では無い。手を借りるつもりも無い。だが、このままここに放置していくのは、何かが違う。そんな気がしていた。その何かに形を与える為、ファジルは口を開く。


「一つだけ聞かせてください」


「何かな?」


ファジルは今更ながら、ヘルペノルが母を殺した事に疑問を持っていた。彼が殺したか否かではない。母の殺害はファジルの目の前で行われた。疑問を持ったのは、殺した動機についてだ。


本当に、家族のような男だった。だが、彼がとある殺人事件の容疑をかけられ、有罪となった事で全てが狂った。懲罰の執行人として父が選ばれ、父はヘルペノルに凄絶な罰を施した。数日後、ヘルペノルは脱獄し、母を殺した。


事件は懲罰官への逆怨みとして処理されたが、ファジルは正直に言えば、違和感をずっと拭えていなかった。この男が果たして逆怨みで家族同然だった人物を殺すのだろうか。幼きファジルは、そんな筈はないという心と、そんな人間だった事に気づけなかっただけだという心で揺れ、後者に傾けた。


今、ファジルは改めて問う。


「何故、お母さんを殺したのですか?」


逆怨みならば、そうとはっきり言って欲しい。憎み、容赦無くここに置き去りにする事が出来る。だが、そうでないのならば……


「……私の、弱さの精算の為だよ」


ヘルペノルはどこか悲しい微笑みで呟く。それは、答えになっていなかった。ファジルには理解できない言葉だったからだ。マンガイへの逆怨みだとか、懲罰官への見せしめだとか、ファジルは納得出来る理由を求めて質問した。だが、それ以上問う気にはならなかった。彼の言葉が、彼にとっての嘘偽りの無い真実である事がなんとなく理解できてしまったからだ。


ファジルは漆黒の鎖を牢の錠に挿し込み、捻る。牢はあっさりとただの小汚ない部屋になりさがった。


「ここを出て、何処へでも行きなさい」


ファジルはヘルペノルに背を向けて歩きだした。


「良いのかね? 私を自由にして」


「これ以上あなたに構っている暇は無いのです。父の元に行かなければ」


「そうか……では、自由にさせてもらおう」


ヘルペノルは去り行くファジルの背をじっと見つめていた。

本作における『時間』はラヴクラフト御大の作品「銀の鍵の門を越えて」で言及されるものを元に設定しております。


尋常ならざる多忙により、次回の更新は年明けになる可能性があります。皆様は良い年末をお過ごし下さい。良いお年を!

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