表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
繰り返すもの(更新停止)  作者: ザルジス
二章 白亜の監獄
25/27

望まぬ協力者

暗緑の雲に反逆せんと天へと伸びる尖塔の数々、それらが密集し、白亜の針山の様になっているのを、大樹程の高さがある外壁が囲んでいるのが、ウズルダロウムの王城だった。その王城の外壁の下に、ファジルは立っている。


「…………」


ファジルは王城に着けば無数の兵士に囲まれるだろうと思っていた。だが、外壁の外からわかる分には王城は眠りに着いたかの様に静かなもので、門の前には門番すらおらず、城の窓一つ一つを見回してみても、人を一人見つける事も出来ない。


「中の状況が分かりません……正面突破は愚行ですね」


外壁を伝い、ファジルは城の裏手に回る。城の木っ端役人などが使う裏口があるのだ。当然、施錠はされており、破壊するには頑丈すぎるので、ファジルは別の手段で壁の中に入る事にした。


「これでは短いですが……」


漆黒の鎖を手にファジルは呟く。鎖を壁の天辺にある彫刻に巻き付け、壁を登る算段だった。だが、今は暗器として、片手に収まる程度の長さしか無い。


「あなた、伸びたりしませんか?」


問いかけながら、なんとなく魔力を込めてみる。すると、金属光沢を帯びた流体は、先端の鎖の環が二つに分かれ、うねうねと伸び、再び環になり、それを繰り返して鎖を延長していく。最後には、外壁の天辺に届くまでの長さになった。


「よし」


ファジルは鎖の先端を更に鉤の様に変化させ、鎖を構える。そして、勢いを付ける為、鎖を回し始めた。


「ハァッ!」


天に向かって鎖の先端を投げる。鎖は壁の天辺にある人型の彫刻に届くと、首を締める様に巻き付き、鉤が引っ掛かり、停止した。


鎖を何度か引っ張り、落下してこない事を確認する。ファジルは壁に足をかけて登り始めた。


ウマルの研究室の塵の前で散々叩きつけた拳は血にまみれ、ファジルから握力を奪っていた。だが、ここで諦めればマンガイを見捨てる事になると思えば、鎖を握る度に染み出る血も、手の感覚を奪おうとする痛みも、無視する事が出来た。


とはいえ、壁を登りきると、流石のファジルも疲労に目眩がする。高所に吹く極北の風がファジルを吹き飛ばそうとするのもあって、ファジルは一度横になった。


視界には、延々と続く暗緑の雲、霧、不気味な玉虫色の光。美しい青空が遠い記憶の様だった。


ファジルの腹が空腹を知らせる。――――そういえば、世界がこんな事になってから一度も食事をしていなかった。お父さんの料理、食べたいな…………


「っ!」


ハッとしてファジルは身を起こす。意識を失いかけていた。


「……何が、お父さんの料理食べたいな、ですか……呑気な」


外壁の外側に垂れていた鎖を、壁の内側に垂らす。そして、一気に滑り落ちる様に、ファジルは壁の内側へと飛び込んだ。






◇◆◇






壁の内側に入って尚、城に人影は無かった。警戒だけは怠らず、ファジルは地下牢へと急いだ。


地下牢はマンガイの懲罰官としての職場だった。一度無理を言って連れて来てもらった事があったので、地下牢への道はなんとなくファジルの記憶に残っていた。


王城で最も陰気臭く、人が近寄らない廊下の一角に、地下牢へと続く鉄格子がある。以前来たときは、頭の狂った魔導師の特に意味を為さない呪いの言葉がぶつぶつと聞こえてきたり、いかれた殺人犯の絶叫が聞こえてきたりしたものだが、今回は静かだった。神に音を奪われたのではないかと邪推する程に静かだった。


正直に言えば、ファジルは罠の可能性が遥かに高いと考えていた。だが、ここまで来て確認しない訳にもいかない。


やはり、鉄格子は施錠されている。鍵がどこにあるかは検討もつかなかった。破壊するなど考えるまでも無く不可能であったし、壁の様に乗り越える事も出来ない。


「…………もしかして」


さてどうしたものかと思った所で、ファジルはふと閃いた事があった。漆黒の鎖の先端を鍵穴に近づけ、魔力をこめてみる。


漆黒の流体は鍵穴にするりと入り込んだ。思いきって回してみる。すると、小気味のいい音を立てて鍵が開いた。


「えぇ……」


自分が試した事であったが、ファジルは脱力感に襲われ、項垂れた。鍵を開けられるならば、痛みを堪えて壁を登った手間は一体何だったのか。


「何が出来るか先に全て教えてくれませんか?」


魔力を込めてみるが、流石に鎖から口が作り出されて喋る様な事は無かった。


「まぁいいです……行きましょう」


地下牢は暗く、蝋燭の仄かな灯りだけが光源だった。人の様々な体液が混ざりあった様な混沌とした悪臭に包まれており、ファジルは僅かに眉をしかめた。


あまりに静かなので、ファジルは囚人は居ないのではと思っていたが、どうやら、皆寝ているだけの様で、ベッドの上のぼろ布に膨らみが作られていた。


蝋燭の灯りだけでは独房の中の人の顔までは見えなかったので、ファジルは指先に火球を出現させ、松明の代わりとした。


「光源を持っていなければ囚人の顔も分からない牢屋は警備的に問題無いのですか……?」


愚痴りながら、ファジルは進む。


念のため全ての牢屋を確認しながら進んではいるが、ファジルはマンガイが収監されている牢屋に当たりをつけていた。最奥、凶悪犯のみが収監される独房のどれかだ。


「世界の終わりを引き起こそうとした娘の父親……と思われていれば、あそこに入れるくらいはするでしょう」


ファジルは目的の独房が並ぶ通路に着いた。一つ一つ、牢を確認していくが、皆ぼろぼろの獄中服を着た薄汚い身なりの囚人ばかりで、先刻連れ去られたばかりのマンガイでは決してあり得ない醜さだった。


全ての牢を確認したが、マンガイは居ない。だが、一つだけ、誰も居ない牢があった。


「まさか……もう、連れ出された後だと言うのですか……! まだ大した時間は経っていない筈……! いえ、エウフォリオンの言葉を真に受けるべきでは無かったというだけ……やはり罠だった? ですが、罠だとすれば何故兵士の一人も居ないのでしょう……?」


誰も居ない独房の前で呟いた所で、ファジルの視界に動くものがあった。隣の独房で寝ていた、囚人の男が起き上がったのだ。


「ッ!」


ファジルは手に鎖分銅を隠し持っておく。もしかすると、エウフォリオンが支配しているのは兵士だけでなく囚人もであり、今から囚人が大挙して襲ってくるのかもしれない。


そう考え、起き上がった囚人を注意深く見つめるファジル。囚人はベッドから降りると鉄格子に近づき、ファジルの火球の光が囚人の顔を照らした。


囚人の顔を見たファジルは目を見開く。


「おぉ? 懐かしい顔だ、お嬢ちゃん。――――漸く現れたな。マンガイならもう、連れていかれたよ」


ファジルは口の端をわなわなと震わせる。脳裏に幼い時の記憶が無数に甦った。


髭面の男が、ファジルに火の魔術を披露している。ファジルは男の魔術にはしゃぎ、男に精一杯の賞賛を浴びせている。


髭面の男が、ファジルとマンガイ、そして、ファジルの母と共に食卓を囲んでいる。仲が良さげだ、家族同然とまで言える。


髭面の男が、マンガイと二人で酒を酌み交わしている。マンガイは男を親友だと言っていた。


髭面の男が、法廷に引っ立てられ、裁きを受けている。有罪となり、マンガイに懲罰が命じられた。マンガイは苦しげに、これが私の仕事だ。そして、彼へのせめてもの手向けだ、と言っていた。


最後に思い浮かんだのは、泣き叫ぶファジルの目の前で、髭面の男が、血にまみれたファジルの母の遺体と、血に染まったナイフを手に微笑む光景。


「何故……! あなたがここに居るのですか! ヘルペノル!」


「私が殺人犯だからだよ。当たり前だろう? また会えてとても嬉しい、ファジル」


ファジルの母を殺した男、魔導師ヘルペノルが、母を殺した時の様に、独房の中からファジルへ微笑んでいた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ