代理戦争
「誰ですか……死んだ一人と言うのは。ウマルなのですか?」
『…………』
「教えて下さい!」
ファジルの懇願に、グォウ=ヴは口を開いた。
『……汝自身で確かめるが良い』
グォウ=ヴはとある方向を指差す。その方向は――――
「円卓派の研究棟……あそこに?」
ファジルは震える脚でよろよろと歩き出す。しかし、グォウ=ヴがそれを呼び止めた。
『待て、話を全て聴き終わってから行くべきだ。急がずとも、その場にあるものは逃げはせぬ』
虚ろに振り返るファジル。
「もし死んだ一人がウマルであるなら……私にその勝負とやらに乗る理由はありません」
『勝者となった代理人に神から与えられるものが願望の成就だとしてもか?』
「……!」
ファジルの身体がグォウ=ヴに向けられた。
『この代理戦争の決まりを伝える。一つ、ヨク=ゾトース側はファジル一人、旧き神々側は残りの円卓派と魔導師アイモスを代理人とする。互いを完全に殺し尽くした者が勝者となる。二つ、我々神は直接の手出しをしない。だが、代理人自らが神の領分を冒す、または神を呼び出す等した場合はその限りでは無い。我の場合、領分はあの塔だ。例え代理人であろうと、塔に干渉するものは死を与えられる。三つ、期限は定めておらず、また、この代理戦争そのものに代理人の行動を制限する禁止事項は無い。……質問は?』
聞きたい事は山ほどあるが、ファジルはその中でも特に重要と思う質問を選びとった。
「……随分と非対称的ではありませんか。相手は数十年の研鑽を積んだ魔導師が十人以上、こちらは高々三年修行を積んだだけの魔導師が一人……第一、何故先生が旧き神々側なのですか? ヨク=ゾトースの降臨を望んだのでしょう?」
『ヨク=ゾトースのお考えだ。我にとってはそうではないが、ヨク=ゾトースにとってこの代理戦争はただの退屈をまぎらわす遊戯……自身の解放は次いででしかない。この非対称性は、人間に伝わるよう例えるなら――――趣味趣向と言うものだ』
「趣味趣向?」
――――何処までもふざけている。
ファジルは拳を握った。
『ヨク=ゾトースは矮小な人間の中に時折生まれる、人智を越えた活躍を見せる人間がお気に入りだ。得てしてそういった活躍は、壮絶極まり無い逆境から生み出されるもの。よってアイモスも旧き神々側に入れた。ヨク=ゾトースの意志によって』
あまりの理不尽さに、ファジルは思い付くだけの悪態を吐きかけたが、それを察したグォウ=ヴが手で制す。
『勿論、汝にはある程度の優遇はする。それが今の汝の状態だ。例え死したとしても次の今日に記憶を持ち復活する。これは汝の準備期間。一人を除いた代理人は皆、ウズルダロウムの外に居る。繰り返す時間に縛られたままではたどり着くことは出来ない。よって、汝はしかるべき準備を整えた後、時間の楔を打ち破らなければならない。この魔術によって』
グォウ=ヴはファジルの額に自身の指を伸ばす。グォウ=ヴの指が額に触れた瞬間、ファジルの脳内に流れてくるのは、とある魔術の知識。
「時間を……外れる?」
『そうだ。彼等を打ち倒さんとするならば、汝はこの魔術を使い、時間を外れたものとなってウズルダロウムを去らなければならない。最も一人、汝の準備期間を考慮せず、汝を殺そうとする愚か者が居るようだが……我は代理人を出来るだけ公正に扱うと言った筈だがな。圧倒的な不利であるファジルに我が何の猶予も与えぬとでも思ったのか』
間違いなくエウフォリオンの事だろうとファジルは思った。エウフォリオンがぼやいていた公正が、自身が一方的に屠られるものであったとは、身が縮む。
『時間を外れるを使う時は心せよ。その魔術を使ったが最後、繰り返す時間からのある種の保護を失い、そこから先に命を落とせば、汝に次は無い』
グォウ=ヴは忠告めいた口調で、ファジルを指差して言った。
『まだ質問はあるか?』
「二つ目の決まりについては納得ですが、三つ目はどういうことですか? 期限も禁止行動も定めていないという事は、私が勝負を放棄して何処かで隠居しても良いと? 私が仲間達と和解して平和に過ごしても良いと?」
恐らくそれは許されないだろうとファジルは思った。制限はしないと言いながら、動かざるを得ない様に誘導されるだろうと。だが、グォウ=ヴは毅然とした態度で言った。
『構わない』
予想を外した動揺にファジルの心臓が騒ぐ。
「……分かりませんね。ヨク=ゾトースは自身の解放も退屈の解消も放棄した代理人に対して何もしないと言うのですか」
『人がヨク=ゾトースを理解できると思わぬ事だ』
全くだとファジルは思う。存在としての規模も思考もファジルの考えが及ぶ所には無い。そういうものだと納得するしか無いのだろうか。
『旧き神々の代理人が勝利すれば、ヨク=ゾトースは再び最極の空虚に追放され、全ては元の鞘に収まる。だが、汝が勝利すれば、ヨク=ゾトースは完全に解放され、ハイパーボリアは滅びる。恐らくそれを今の汝は望まぬだろうな』
「ッ! 当たり前でしょう!」
自身の行動でハイパーボリアの幾千幾万の人命が失われるなど望む筈が無い。それに、真っ先に滅ぼされるであろうウズルダロウムには、父がいるのだ。ヨク=ゾトースの勝利は、ファジルには到底目指す事の出来ないものだった。
『だが、人程度の考えなど、ほんの少しの状況の変化や得てきた経験でいくらでも変わる。繰り返す今日を生き、盛大に悩むがいい』
「悩むまでもありません!」
『そうか? ではもし、この勝負に乗らぬまま繰り返す今日を越え、明日を迎えたくなれば、我に挑んで来るがいい。見事我を打ち倒し、召喚の儀式を破壊する事が出来れば、その場合もヨク=ゾトースは汝を称え褒美をくださるだろう』
「……では、私はそれを目指す事にします」
『威勢の良い事だ。だが、覚悟せよ。我を打ち倒す事は、この代理戦争に勝利する事よりも遥かに困難が伴う事を、そして……あちらの代理人達は、それを諦めた者達だという事を……』
グォウ=ヴはにやりと顔を歪めて見せた。自分の顔がしているとは思えない、いっそ美しいまでの邪悪さを湛えた笑みだった。
――――やはり、エウフォリオンと同じく、この無限の今日を越える為、皆はこの代理戦争に乗るのだろうか……
『話は以上だ。行くが良い』
グォウ=ヴはファジルに背を向ける。ファジルもまた、グォウ=ヴに背を向け、円卓派の研究棟に向かおうとした。
『待て……もう一つ言うべき事があった』
ファジルに背を向けたまま、グォウ=ヴが言った。
「……なんです?」
振り返らず、ファジルは聞き返した。
『ヨク=ゾトースはお気に召さないだろうが、汝に協力者を用意した。いずれ会うことになるだろう』
「協力者……誰ですか?」
『会えば分かる。では、また』
グォウ=ヴは今度こそ完全に沈黙し、ファジルの元を去った。
「協力者……何者なのですか」
協力者の正体をいぶかしむファジル。仮に自身がヨク=ゾトースの勝利を目指すとして、それに加担する者はハイパーボリアの滅亡を容認していると言うことだ。どんな人間であるにせよ、正気でない事だけは確かだった。
「そんな人間に助けてもらおうとは思いません。狂った協力者の正体より、今は……」
――――死んだ円卓派の一人を確かめなければならない。
ファジルは広場を抜け、暗緑の霧に隠された研究棟を目指す。ウマルで有って欲しくは無い。だが、そうであれば他の円卓の仲間が死んだ事になる。まずエウフォリオンでは無い事だけは確かだが……
複雑な想いを抱え、ファジルは歩いた。




