グォウ=ヴ
今回と次回で説明が続きます。ご容赦を……
「魔導師がぁ……何故こうも動ける……!?」
兵士は力無く地に横たわり、血と最期の言葉を吐いて絶命した。
「魔導師は安楽椅子の魔導師だけではありませんよ。調査の為に現地に赴き、時に剣を持って剣歯虎と戦う魔導師もいるのです。――――私は、御免ですが。では、また」
数人の兵士の骸を後にファジルは歩く。
最初の襲撃の後、ファジルは三度の襲撃を受けていた。だが、その全てに勝利を収めていた。
ファジルはいぶかしむ。自分もそこそこ戦える方だとは思っているものの、兵士が貧弱過ぎる。特に知能。長い訓練と実戦によって培われてきた筈の戦場での勘というものが全く感じられなかった。
エウフォリオンの魔術支配の影響で知能に問題が生じているのではないか? ファジルはそう推察していた。
「さて……漸く到着しましたね」
ファジルの目の前には霧の柱がそびえ立っている。今回は行く手を阻む混成軍は居なかった。エウフォリオンの命によって動く兵士達に混ざっているのかもしれない。
脅威が居ないのであればわざわざ遠回りをする必要はない。ファジルは初めて、霧の柱に正面から突入した。
「そろそろ状況を理解したいです。彼女が話してくれれば良いのですが……」
◇◆◇
霧の中には特に変化は無い。胸の悪くなる暗緑で視界を覆われ、時折、アイモスの弟子の遺体が爪先にぶつかるのみだ。
勇ましさすら感じる歩調で濃霧を踏破するファジル。しかし、いざ広場を目の前にするとやはり緊張を感じた。
目の前で繰り広げられた殺戮は、今も尚、心の芯を震わせる恐怖そのものだった。
ファジルは軽く目をつむり、数歩前に進む。そして、目を開き、塔の上を見た。
「……いない?」
だが、例の不思議な臭いは辺りに満ちている。地面に居るのかと視線を下げた所で気付いた。――――彼女だ。
漆黒の法衣に身を包んだ、ファジルと瓜二つの顔を持つ人影。初めて見た時と同じく、赤い光彩のみを残し漆黒に染まった眼で、ファジルを静かに見据えいた。
やはり、異質な黒だった。夜すら照らす側に回した黒を見てしまえば、自身が今まで闇と呼んでいたものは真の闇ではない。
彼女は警戒すべき存在だ。襲われた事もある上、恐らく自分をこの異変に巻き込んだ張本人。だが、鎖の蛇の姿に比べれば幾分か恐怖を感じずに済んだ。
意を決して彼女の元へと歩む。ファジルは手を伸ばせば触れられる距離まで彼女に近づいた。
「良い日ですね……と言うにはいささかこの天気は見飽きました。四日ぶりですねと言うべきでしょうか。鎖の蛇よ」
ファジルが語り掛けると、彼女は口を開いた。
『もう見飽きたと言うなら、汝の旅路はとても退屈なものになる。これから幾千もの今日を越える事になるのだから』
彼女の口から発せられたそれは、ファジルと全く同じ声であった。あまりに聞き覚えのある声に、自分の口が勝手に言葉を紡いだのかと思った程だ。
「……姿が同じなら声も同じと言うことですか。なんとお呼びすれば?」
『グォウ=ヴ、と』
グォウ=ヴ、見た目は少女であるのに随分と厳めしい名だった。自身と同じ姿をした存在が全く別の名を名乗る事にファジルは不思議な感覚を覚える。
「グォウ=ヴ……グォウ=ヴ……呼びにくいですね」
ファジルは告げられた名を口で転がした。
『人の呼ぶ神の名とは総じて、人の身には発音出来ぬ言葉に無理やり音を与えたもの。呼び名そのものに意味は無い。呼び難ければ、好きに呼ぶがいい』
無表情に、無関心に言ってのけるグォウ=ヴ。
「いえ、グォウ=ヴと呼ばせて頂きます。まだ、あだ名を付け合える程親しくもありませんし……」
『…………』
ファジルは冗談を足してみたが、グォウ=ヴは無反応だった。いたたまれなくなり、ファジルは次に進む事にした。
「さて……あなたにはとても多くの質問があります。答えてくださいますか?」
『我は大いなるヨク=ゾトースに、この塔の守護と汝ら代理人への案内を任されている。汝が知るべき事を答えよう』
心の中でファジルは愚痴を吐いた。知るべきを答えると言うことは、知らぬべきを答えず、答えたものも真実かは疑わしいと言うことだ。
『とは言え、事態は複雑怪奇であり、汝の質問を一つ一つ答えていくのは徒労というもの。まずは、今に至るまでの軌跡を語る』
「説明してくれるのならば、何故最初にここへ来たときにしてくれなかったのですか?」
グォウ=ヴは淡々と返す。
『己が繰り返している事を自覚しない内に説明したとして、汝は理解したのか?』
それもそうだと思い、ファジルは大人しく耳を傾けた。
『魔導師アイモスは若き時分より、ヨク=ゾトースの召喚を試みる魔導師だった。自身の研究所を儀式の舞台となる石塔と環状列石で構成し、広い門戸を開き、生け贄と、協力者となる大勢の弟子を集めた』
生け贄となる弟子。霧の中に横たわる遺体の山はやはり、儀式の生け贄だったのだ。アイモスはそうまでして一体何をヨク=ゾトースに望んだのだろうか?
『だが、儀式の最後の一欠片を長年見つけられずにいた。ヨク=ゾトースの配下である我がその一欠片をくれてやった』
「ウマルを通して、儀式の手順と祈祷文を渡した?」
『その通り』
頷くグォウ=ヴ。
「何故ウマルを通したのですか? そのまま先生に渡してもよかった筈」
『ヨク=ゾトースは旧き神々によって最極の空虚に追放されている。それを呼び戻さんとするアイモスは旧き神々による監視を受けていた。だから遠回りをした、それだけの話』
ファジルは旧き神々という言葉に聞き覚えがあった。なにかの魔導書に記述があったのだ。かつて邪なる神々に対抗した存在だという。ウズルダロウムの神殿が信仰する女神イホウンデーも旧き神だとされた。
『手順を手に入れたアイモスは早急に儀式の準備を始めた。だが、旧き神々が儀式を妨害するだろう事は眼に見えていた。よって、我は汝になりすまし、儀式に参加する事で、内側から妨害を防ごうとした』
納得の行く行動だった。だが、一つ分からない事がある。
「……何故、私を?」
『…………』
グォウ=ヴは沈黙した。これは知るべきで無い事なのだ。――――なりすます人間に私を選んだ理由が何故言えないのだろう? 喉が疼く程に問い詰めたかったが、ファジルは一旦疑問を収める事にした。
『旧き神々の妨害を退け、儀式は完成し、ヨク=ゾトースは暗緑の雲と共にハイパーボリアの空に降臨しつつあった。後は門が完全に開き、ヨク=ゾトースが完全に力を取り戻すのを待つだけだった。だが旧き神々は諦めなかった。宇宙中の同胞を集め、ヨク=ゾトースの解放という、彼等にとって最も恐るべき脅威に対抗した。かつて自らが反旗を翻した支配者が戻り来る恐怖は、人にも理解できるだろう』
「ヨク=ゾトースは神々の支配者だったという事ですか。そして、反旗を翻され、追放された」
『ヨク=ゾトースはこの次元の副王。魔王たるアザトースを除き、最も力のある御方である。王に支配された民衆が革命を起こし、王を討つ事は人類史でも良く起きる事。最も、人の王とは違い、我らの王は一度討たれたとて力を失いはせぬ。時が来れば再び玉座に君臨する。今がその時なのだ。しかし……奴らは今もヨク=ゾトースを押し留めている』
グォウ=ヴは忌々しげに吐き捨てる。それは、グォウ=ヴが初めて見せる感情らしい感情だった。
『不完全なヨク=ゾトースの力と旧き神々の力は拮抗した。だが、それだけでは門の解放は着々と進み、ヨク=ゾトースの力は増すばかり。その状況を打開する為、奴らは忌々しくも我らの領分を冒した。時間という領分を――――時を巻き戻したのだ』
遂に来た、とファジルは思った。これからが核心だ。事態を把握するため、理解しなければいけない。
『奴らはヨク=ゾトースの力が自分達を越えようとする度に時間を巻き戻した。出来ることならば、儀式が完成する以前に戻したかったろう。しかし、それは我々が阻止している。その期間が丁度一日――――夜明けから、次の夜明けまで。これが、このハイパーボリアが今日を繰り返している理由だ。そして、この繰り返しは既に五百年分の今日を浪費している。――――我らにとっては、一睡の夢よりも短い期間だがな』
「五百年……!?」
――――エウフォリオンの話とは食い違う。あの男は数十年と言っていた。だが、まずは続きを聴こう。
『いつまで経っても状況を打開出来ない旧き神々は、遂に矮小な人間の手をも借りなければならなかった。そうと知らずヨク=ゾトースの召喚に手を貸し、呆然と空を見つめる円卓の魔導師達に、彼等の行いの責任を取らせる事にした訳だ。彼等に儀式の破壊を命じた。勿論、我とアイモスがそれを許す訳が無い。全て叩き伏せた。最も、我が汝として立ちはだかれば何もしてこぬ人間の方が多かったが』
ファジルは仲間達を想う。ウマルやムーサ、ファムム、フィレーネ、ライラはきっと、手を出さなかっただろう。他の仲間はどうか分からないが――――エウフォリオンだけは確実に攻撃をしただろう。ファジルは確信していた。
『業を煮やした旧き神々は魔導師達が我に対抗出来ないと悟ると、彼等に次の命令を与えた。彼等を時間から解放し、自由に動ける様にした上でこう言った。神に対抗出来るだけの力を得よ、と。だが、所詮は人間、自力で対等の領域に上がれる程、人と神の距離は近くは無い。それから数十年が経っているが、我に挑んだ者は皆無』
エウフォリオンが言っていた数十年はこの事だとファジルは納得した。数十年、魔導師としての力を磨いたのだろう。今のエウフォリオンの強大さにも納得がいった。
『一ヶ月程前の今日、変化の無さに焦る旧き神々に、ヨク=ゾトースが一つの勝負を持ち掛けた。自らが手駒にする人間と、旧き神々が手駒にする人間、それぞれを争わせ、勝った方がこの宇宙の覇権を握る、と』
「……そのヨク=ゾトース側の手駒が、私だと?」
――――ふざけるな。何故私が大切な仲間と争わなければいけないのか? だが、事実として、自分はエウフォリオンと争い、彼に憎しみを向けている……他の仲間は今何処に居るのだろう? 彼等も私を襲うのだろうか……
ファジルは怒りに震える自分と、現実を見る自分との間で揺れた。
『仲間の今が気になる事だろう。多くを語る事は出来ない。だが、一つだけ汝が知るべき事がある。汝にとって幸か不幸か――――』
グォウ=ヴは一度言葉を切った。不気味な間だった。幸か不幸か、一体なんだと言うのだろうか。一瞬の間にファジルの頭に様々な予測が飛ぶ。どれも不幸ばかりだ。そして、こういう時は必ずと言っていいほど最悪を引く。
『――――円卓の魔導師の内一人は、この数十年の間に死んだ』
「な……誰の……事ですか? ――――ッ!」
グォウ=ヴの返答の前にファジルは愕然とした。数十年、この言葉を聞く度に感じていた違和感が正体を露にしたのだ。豹変する世界に追い付くのに精一杯で、許しがたくも忘れていた事実。
「ウマル……病気……」
数十年、それは、何も対策が打てていなければ、ウマルは既に死んでいる程の時間である。
説明が長すぎて我ながらびびっています。上手くストーリーに落とし込めれば良かったのですが、見切り発車で書き出した弊害ですね……
また、拙作での旧き神の設定はゲーリー・メイヤーズのものに近いですが、メイヤーズのそれよりは強力であるとしています。若干ブライアン・ラムレイも足してます。




