一度目の先
2024/12/21 クトゥルフ版ハイパーボリアの歴史を調べ直した所、この時代のウズルダロウムを治めているのは女帝だった為、王と書いた所を全て女帝に変換します。現時点では特に物語に与える影響はありません。
倉庫の鍵を書斎に戻し、ファジルは外に出た。外は相も変わらず気が滅入る様な暗い緑だったが、慣れとは恐ろしいもので、最早ファジルが特別に関心を寄せる光景ではなかった。
大通りを歩くファジル。目指しているのはアイモス研究所。もっと言えば、その中心でとぐろを巻いているであろうかの神格への接触だ。先刻思い付いた通り、思いきって話しかける事にしたのである。
かの神格は恐ろしい。遭遇した兵士達の最期を思えば分かるように、強大極まりなく、領域を侵す者には何処までも残忍で容赦が無い。しかし、ファジルに対しては塔への侵入を阻んだのみで、それ以上の追撃を行わなかった。ファジルはそこに、他の人間とは一線を画す格別の扱いを感じていた。
「あれは理性無く暴れる白痴の化物では無い……彼女はこの異変の根幹に関わっている気がします。話してみる価値はある筈。目論見外れて死んだとしても、また巻き戻るだけ。――――神によって殺された際も、生きて戻れるのかは別として……む」
ファジルは道の先に兵士を見掛け、路地裏の暗がりに身を隠す。ふと兵士に違和感を覚えた。
――――狂気を感じない。
この異変が起きてからこれまで、ファジルが道で見掛ける兵士と言えば、目が血走っていて余裕無く周囲を見回し、抜いた剣を虚空に向かって振っていたり、市民に容赦の無い攻撃をしていたりと散々であった。
しかし、今道を歩いている兵士は剣を正しく鞘に納め、真っ直ぐ前を見据え、これぞまさに兵士であると賞賛したくなる歩調で大通りを歩いている。
兵士との距離が縮まり、ファジルはもう一つ気付いた。
「あれは、私が殺した……」
彼は、二つ前の『今日』でファジルの炎によって焼け死んだ兵士だった。自ら死に意味も無く飛び込んだ様子からして、あの兵士は確かに狂気にまみれていた。その兵士が正気を取り戻しているからには今、何かしらの変化が起きている証拠に他ならない。
ファジルは暗がりから兵士を観察する事にした。しかし、背後から靴底が石畳に擦れる音がしてその場を飛び退き、大通りに躍り出る。直後、ファジルの元居た場所に剣が鋭く振り下ろされた。
下手人を見やる。暗がりから、振り下ろした剣を構え直して現れたのは、また別の兵士。――――彼もまた正気に見える様子であった。
はっとして最初の兵士を向けば、彼もまた剣を抜いてファジルに向かってきている。がむしゃらに突撃してくる様な狂気は無く、冷静に、注意深くファジルの一挙一動を見定めていた。
もしやと思い、背後にもそっと目を向ける。やはり三人目の兵士だ。
――――囲まれた。
「懲罰官マンガイの娘、ファジルだな?」
切り掛かった兵士が問う。
「……そうですが、兵士が三人、私のようなか弱い少女を囲んで、一体何をするおつもりですか?」
「か弱い? このウズルダロウムを、我らの愛しき故郷を地獄に変えた忌々しい魔女が何を言う。愛すべき市民達を狂乱に突き落とした悪魔が何を言う」
大通りの兵士が言った。その物言いに、ファジルは思わず目を丸くしてしまう。自分がこの異変の特異点である自覚はあるが、悪魔だと罵られる謂れは無い。
「一体どこの狂人がのたまったのですか? そんな戯れ言を」
「イホウンデーの大神官たるエウフォリオン様直々のお言葉だ。それを戯れ言などと、狂人などと……無礼千万! 狂人は貴様であり、貴様の吐く言葉こそが戯れ言だ!」
「エウフォリオン……!?」
あの男はいつの間に大神官になったのか? 繰り返しが起きた際に世界がひっくり返ったのではないかとファジルは思った。
「これは……まさか」
ふと思い当たる事があり、ファジルは兵士の目を注視する。兵士の眼は一見して正義感に溢れた真っ直ぐなものであるが、そうであると想定して漸く分かる程度に、僅かに焦点がずれていた。
思った通りだとファジルは眉間に皺を寄せる。これは、魔術的な支配を受けている人間の特徴であった。
「我々は神殿と女帝陛下の命を受けている。ウズルダロウムの全ての兵士、聖職者がだ。邪神の眷属、ファジルの首を取り、イホウンデーの像の御前に掲げよとな!」
ファジルは舌を巻いた。兵士の言葉通りなら、エウフォリオンの魔術支配はウズルダロウムそのものに及んでいる。エウフォリオンの魔導師としての力量は、ファジルの想定の遥かに上を行くようだ。
兵士達は意気揚々と剣を掲げ、ファジルへの包囲を更に狭める。
「あの腐れ外道に対抗する為にも、いちいち殺されてはいられない……来るなら、殺します。例え哀れな人形だとしても」
あの時エウフォリオンを仕留め損なったのは自分の弱さ、殺しへの忌避、情に迷う心。再びエウフォリオンを仕留める機会が訪れた時、また手元が狂っては目も当てられない。ファジルは覚悟を決めた。――――人を殺める覚悟を。
わざとらしく、兵士達の注目を集める様に片腕を天に掲げ、宣言する。
「不可抗力とはいえ一度人を殺した身。一度目を越えればその先は、人殺しという烙印が消える事は無い。なので私は、この理不尽な現実に抗う為、あなた方を魔術の炎の無惨な燃滓にしようと思います」
ファジルは掲げた手のひらに炎を灯した。兵士達は魔術を警戒し構える――――瞬間、ファジルはもう片方の腕に忍ばせた漆黒の鎖分銅を、予備動作も無く背後の兵士に撃ち放った。
炎に気を取られた兵士は、暗器による奇襲にろくに反応もできず、頭を覆う兜を鐘楼の鐘の様に撃ち鳴らされ、言葉を発する間も無く昏倒する。
一方でファジルは、掲げた腕に灯した炎を前方の兵士に向かって投げ付けた。
「ぬぉっ!」
炎は飛び退く兵士の眼前の地面に着弾すると激しく燃え上がり、炎の柱となる。
炎柱を回り込むには数秒の時間がかかる。その間にファジルは、剣を振り上げ襲い掛かる路地裏の兵士に向かい合った。
「キエェェイッ!」
自身の脳天めがけて振り下ろされる剣を、ファジルは両腕の間に張った鎖で受け止め、勢いのままに鎖で絡めて自身の脇へ捻る。そして、体勢を崩した兵士の手に鋭い蹴りを放った。
「なんとっ!?」
剣を絡め取られた体勢の不安定さに加えてもたらされた蹴りの衝撃により、兵士は剣を手離す。――――それは勿論、大きな隙であった。
ファジルは漆黒の鎖に魔力を込める。鎖の先端は不気味に形状を変え、背筋が凍る鋭利さの短剣となった。
短剣の柄を掴み、ファジルは兵士に突貫する。
「ハァァッ!」
剣の重量を失いよろめく兵士にまともな防御が出来る筈も無く。ファジルの短剣は兵士の首に深々と突き立てられ、首を大きく切り裂いた。
力を失い崩れる兵士、血飛沫を浴びるファジルの前に漸く炎柱を迂回し、炎柱を背にした兵士が現れる。
「やはり少女の皮を被った化物か! 覚悟せい!」
剣を構え怒鳴り付ける兵士。しかし、兵士を見るファジルの表情は、背後の炎とは全く反対の涼しさを湛えていた。
「覚悟するのはあなたです」
「なにぃ?」
「私はあなたを燃滓にすると言いました。有言は……果たさねば」
ファジルは指を鳴らす。それに呼応して兵士の背後の炎柱が蠢いた。炎の光が作り出す自身の影の揺れに気付き、兵士は振り返る。それは、あまりに無用心な行動だった。
「愚かですね」
兵士の無防備な背中に向かってファジルは動く。兵士も過ちに気付くがあまりに遅い。ファジルの鎖は兵士の首に掛かり捻られ、首を捻切れんばかりに締め上げた。
剣を取り落として首の鎖に手を掛けもがく兵士に、ファジルは淡々と語りかける。
「今のは見せかけです。あなたが騙されずに私に注意し続けるなら、実際に炎の生命体を呼び出す等しても良かったのですが、あなたがあんまりにも軽々しく背を見せるものですから……どちらにせよ、あなたは死んでいました。私と炎柱の間に入った時点で……」
「~~~~~!」
「覚悟を決めてしまえば私も残酷なものです。試しにわざわざ苦しませる殺し方を選んで見ましたが、そこまでやり辛くはありません。最も、あまり良いものでもありませんがね。――――エウフォリオンにする時も、躊躇を感じずに済みそうです」
兵士は鎖から手を離し、手をばたばたと暴れさせるが、鎧に身を包んだ状態では、自身の背後に居る小柄な少女にまで手を回せない。しだいに暴れる腕も動きが衰え、いつしか全く動かなくなった。
鎖を解き、ファジルは辺りを見回す。増援は居ないようだ。辺りには死んだ兵士が二人と、昏倒した、まだ息のある兵士が一人。
「せっかくです。有言を実行するとしましょう」
まだ息のある兵士を引きずり、炎の柱にくべる。炎の柱は鎧ごと兵士を焼き付くし、僅かな黒い欠片にその身を変えた。ファジルは炎柱を消して呟く。
「彼らもまた、今日が繰り返されればまた私の前に現れるのでしょうね。エウフォリオンの魔術支配も都度行われるなら面倒ですが仕方ありません。何度でも、殺すしかない」
――――我ながら、短時間で随分と心の有り様が変わったものだ。
ファジルは自嘲する。エウフォリオンも自分の様に、この地獄の中で変わらずを得なかったのだろうか。だとしても、また情に手元を狂わす気は無いが。
「霧の柱までの道のりにはまだまだ兵士が居るでしょうが、ここを越えなければ訳も分からず屠られるだけ。どんな手を使ってでも……押し通る」
ファジルの眼に決意が燃えていた。
初めてまともな戦闘シーンを書きました。戦闘の流れは伝わるでしょうか……心配です。




