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繰り返すもの(更新停止)  作者: ザルジス
二章 白亜の監獄
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死の河

霧の柱の前――――アイモス研究所の門がある筈の場所にいざ立ってみると、ファジルの足はすくんでしまった。


遠くから見れば柱に見えるそれも、間近で見れば巨大な壁にしか見えず、一寸先を見通す事すら許さないその濃度の中では前後不覚になる事は想像に容易い。その上、明らかに有害そうな暗緑色をしているともなれば突入するには多大な勇気を必要とした。


ファジルは大きく息を吸い、止める。アイモスの塔まで息が続く訳も無く、どうせどこかで息を吸う羽目になることは分かっていたが、出来るだけその機会を少なくしたかったのだ。


未知の恐怖よりも、ウマル達を失う方が恐ろしい。勇気を奮い立たせ、いざ、と一歩を踏み出すファジル。次いで二歩目を踏み出し、霧に触れようかと言った所で、ファジルの背後の道から、大勢の人間の足音や鬨の声が聞こえてきた。


ファジルは咄嗟に付近の建物の陰に身を潜める。やって来たのは、兵士、聖職者、魔導師の集団。混成軍とでも言うべき者達だった。皆が皆、目に見えて殺気だち、霧の柱を見据えている。


この混成軍を先導する、指導者と思わしき豪奢な鎧を着た男が、軍勢に向かって声を張り上げた。


「諸君! 知ってのとおり、異変はこの霧の中、魔導師アイモスの塔から始まったと思われる! 昨夜この中で行われた宴の参加者によれば、魔導師アイモスが世界に変革をもたらすなどとのたまっていたらしい事からも明白だ! 数刻前に空を覆ったあのおぞましき化物は、イホウンデーとそのお仲間の神々によってあの雲の中に押し留められているそうだが、神々はかの化物にかかりきりであり、下界の事にまでは手が回らぬ」


――――空を覆った化物?


思い当たる存在は今のところ一つしかない。否、神々が幾柱も集まってようやく押し留められる存在などそう居ては堪るか。空を覆った化物と言うのは、ヨク=ゾトースの事なのだろう。ファジルは確信した。そして空を見上げる。あの雲の中で、今まさに神話の戦いが繰り広げられているのだろうか。


街の人々の狂気にも納得がいった。空を覆ったということは、ヨク=ゾトースの姿は街の誰もが見てしまう程に巨大だったのだろう。(屋内に居ればその限りではないかもしれない。恐らくマンガイは見ていなかったのだ)そんな化物が降りて来ようとしていると知って、一体どれだけの人間が正気を保っていられようか? 実際に目撃していないファジルでさえ、震えが止まらないのだから……


「神々が戦ってくださっている今! 元凶の排除は我々の仕事だ! 我々の標的は魔導師アイモス! そして、その協力者! 霧の中に居る我々以外の存在は全て切って捨てよ! 業火によって焼き! 灰に還すのだ!」


「っ!」


ファジルは自身にのんびりと演説を聞いている時間はない事を悟った。彼らはアイモスを、そして、未だに中に居るかもしれない仲間達を殺しに来たのだ。


彼らよりも早く皆を探し、逃がさなければならない。だが、入り口は軍勢によって塞がれてしまった。のこのこと目の前を通り過ぎようとすれば、宣言通り切って捨てられるだろう。


(……そうだ、あの道なら)


ファジルは霧の柱から離れ、浮浪者で溢れる路地裏に入った。勿論諦める訳では無い。


やはり正気には見えない浮浪者達の注意を出来るだけ引かない様に歩き、ファジルは路地裏の一角にある廃墟にたどり着く。


入り口のぼろぼろな木製の扉を引こうとすれば、鍵が掛かっている様で開かない。


「やはり、鍵は掛かっていますよね……あまり騒がせたくありませんが、仕方ない」


ファジルは扉から少し離れ、ローブの裾から――――鎖分銅を取り出し、構えた。そして、ゆっくりと分銅を回し始め、徐々に速度を速めていく――――


「――――フンッ!」


ファジルが分銅を回転の勢いのままに扉に向かって振り上げると、元がぼろぼろだったこともあり、扉は容易く衝撃音と共に粉々になった。ファジルは息をつく。


「脆い。これなら蹴り飛ばした方が早かったかも知れませんね……っと、兵士達がこちらに来たりは……」


辺りを見回せば、路地裏の浮浪者達がこちらを焦点の合わない目で見ているものの、兵士達がやって来る様子は無い。


「……来ませんね。早く向かわないと……」


砕けた扉を跨ぎ、廃墟に侵入する。入って少し歩けば、直ぐそこに地下への階段が現れた。ファジルは迷うこと無く階段を降りるが、どこか怪物の口の中に自分から飛び込んでいる様な錯覚を覚えた。


階段の下は、アイモス研究所の方角に向かって真っ直ぐに伸びる坑道だった。視界を阻む霧は無いが灯りも無く、真っ暗である。


「暗いですが……まぁ、問題はありませんね」


ファジルは人差し指を立てる。すると、指先から円錐状の炎が現れ、道を照らした。


警戒しながら、しかし、速やかに、ファジルは坑道を進む。この坑道はアイモス研究所の倉庫に繋がっているものだ。魔導師と言うものはどうしても一般の目に触れさせるべきではない代物(人の体の一部や禁じられた薬品等)を扱う必要が出てくる。そのような物品を人知れず運び込む為、この坑道は作られたのだった。


恐らくアイモス研究所の敷地に入っただろう地点でも、地下には霧が無かった。最奥まで進むと、地上へと登る階段と、跳ね上げ扉。


跳ね上げ扉が荷物で塞がれてはいないかとぞっとする想像をしながら階段を登り、ファジルは扉を押し上げる。想像は現実にはならず、容易く扉は開いた。だが――――


「っ!」


ファジルは咄嗟に息を止める。扉の隙間から暗緑の霧が流れ込み、あっという間に坑道を満たした。


しばらく息を止めていたファジルだが、その間に霧が消えてくれる筈もなく、息継ぎを余儀なくされる。もうどうしようも無いのだから、思い切って吸ってしまおう。諦めたファジルは大きく息を吸った。


影響は――――無かった。少なくとも、ファジルが実感するものはだが。しかし、毒性が無くとも霧はファジルの行く手を多大に阻む。視界は何の役にも立たず、ファジルはなんとか倉庫の壁を探り当て、記憶を頼りにアイモスの塔を目指す事にした。


壁を探る為に伸ばした自身の手先すら霞む視界の中をファジルは進む。倉庫の出口を見つけた。扉を開けて外に出ればやはり濃霧。屋内よりも更に濃いかもしれない。自身の足元に何が有るかすら判然としない様になった。


倉庫から出ると、アイモスの塔へと続く大きな道に出る。屋外へ出れば壁伝いとは行かない。ファジルは今度こそ記憶のみを頼りにそれらしい道を歩いていった。


「あっ」


ファジルの足が何かにつまづく。足元に何かが転がっているようだ。身を屈め、何につまづいたのかを確かめようと足元に手を伸ばすと――――


「痛っ!」


ファジルは飛び退いた。指先に液体の様な物が触れたかと思えば、焼ける様な感覚に教われたのだ。指先を見ると、見事に焼けただれている。もう一度身を屈め、今度は手を触れずに、物体を確認する。


最初は何かよく分からなかったが、詳細を確かめているうちに、()()と目があった。


「――――あ」


それは死体だった。不可解な死を遂げた死体だった。妙な玉虫色の液体に侵されており、全身が火膨れにまみれ、所どころが骨を露出してしまう程に溶解し、生臭い悪臭を放っている。


一瞬、円卓の誰かではないかとファジルは恐怖した。だが、そうではなかった。かといって見覚えが全く無い人物でも無い。その死体は、円卓派ではないものの、アイモスの弟子の一人だった。


「な、何で……こんな。一体何が?」


尋常ではない死に様にファジルは吐き気が込み上げる。なんとか抑え、頭に冷静さを取り戻す様努力し、これを為した存在がまだ近くにいるのではないかと辺りを見回した。


どれだけ見回しても見えるのは霧のみ。だが、ファジルは気付いた。臭いだ。死体から発生している臭いが、自身の足元だけでなく、ありとあらゆる方角から漂ってきている。


「……まさか」


ファジルは臭いの方向に足を進めてみた。別の死体があった。円卓派ではない。また別の方向に歩くと、やはり死体。そのまた別へ……そこにも死体。死体、死体、死体、死体、死体…………


ファジルは死体に囲まれていた。何十、否、百に届こうか。全て同じ死因で、皆、アイモスの弟子であった。


遂に嘔吐するファジル。本当に、何が有ったと言うのだ。だが、幸いと言うべきか、死の河の中に円卓派の死体は一つも無かった。


「大丈夫……皆、生きてる。絶対に」


ファジルの希望の灯火が萎んでいくが、消える事だけは防いだ。まだ火種だけでも残っている内は止まるわけにはいかない。


死の河のは中をファジルは突き進む。そろそろ、アイモスの塔の前に着く頃だ。

拙作ではイホウンデーを旧き神の一柱として扱っています。

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