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繰り返すもの(更新停止)  作者: ザルジス
一章 花道
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夜闇より黒き法衣

「全員、居るわね?」


ムーサの確認に円卓の魔導師達は頷く。大広間を抜け出した彼女らは一度自分達の根城に戻っていた。通常、宴の後となれば楽しい一時の余韻に浸るなどしている事だろうが、今の円卓に楽しげな雰囲気は無い。むしろ、重く張りつめていた。それは、宴の終わり際にアイモスが行った()()を重く見ての事であった。


「全く、アイモスも見栄が強いわね。まだ実行していない内にあんな大々的に宣言をするなんて。絶対に成功する確信でもあるのかしら」


そう言って首を捻るムーサ。次いで、メトロスが重々しく口を開いた。


「先生のお考えは分からんが、これで我々は失敗する訳にはいかなくなったわけだ。『やはり何も出来ませんでした』などと公表する羽目になれば先生は勿論、我々アイモス一派全員の名誉も地に堕ちる。万全を期さなければならない。特に、エウフォリオン」


メトロスがエウフォリオンに目を向ける。エウフォリオンはいつも通りの傲岸さでふんぞり返って見せていたが、その顔にはあまり余裕が見られなかった。


「先程君に起こった事は同情に値する。しかし、それが君の集中に支障をきたす様であれば代わりを探さねばならん」


エウフォリオンは鼻を鳴らす。


「余計な気を回さなくていい。むしろ、あれのお陰で儀式への意欲は増すばかりだ。俺は絶対にのしあがってやる……! 見返してやる……!」


語気を強めるエウフォリオンの余裕の無さは据え置きだったが、その瞳には野心が煮えたぎっていた。


「私は正直、先生の言葉に驚いている」


今度はゴットラムが口を開く。腕を組み、普段の気難しい顔を更に難解にしていた。


「ヨク=ゾトースは底知れぬ神である事は明白だった故、恥ずかしい事に、今宵の儀式はかの存在の力の一端である化身を呼び出す程度のものだろうとどこか軽んじていた。――――勿論、それだけでもただの怪物を呼ぶより遥かに大きな危険があるがね。君達もそうではないか?」


魔導師達は少し迷いながらも頷く。魔導師としてはあまり認めたく無い事実だった。あまりの現実感の無さに目の前の儀式を無意識に軽く見ていたなど、恥でしか無かった。


「神そのものを降臨させるのは莫大な代償や時間を要する。危険も大きい。その為、神そのものでは無く、神の一部を呼び出すのがこの手の儀式の定石だ。得られる利益は少なくなってしまうがな。だが、先程の先生の口ぶりでは……」


「神そのものを呼ぶかもしれないと?」


ファジルが続きを答えると、ゴットラムは大きく頷いた。


「ああ、そうでなければ、あんな大言が飛び出ようか?」


ファジルは思い出す。ウマルは今宵の儀式を、ヨク=ゾトースに知識を授けてもらう儀式であると言っていた。しかし、それがハイパーボリアの魔術史を塗り替える程のものなのだろうか? 世界に変革をもたらす程のものなのだろうか? これから行おうとしているのは、自分達には想像が追い付かない()()であるのかもしれない。ファジルの心に不吉な予感が走る。きっと、他の皆も同じ予感を感じているだろう。その予感に確信を与える様に、ゴットラムが更に続けた。


「神は人の身で制御出来るものではない。出来ないからこそ、神と呼ばれ崇められ、畏れられるのだ。例えどれだけの力を持とうとも決して軽く見てはいけない存在なのだ。故に……」


ゴットラムは一度言葉を切り、皆の顔を見回した。そして……


「今宵、我々は死ぬかもしれぬ」


皆が心の奥で感じていた事を言葉にする。魔術の探求に死の危険は付き物だ。誰もが知りながら、どこか軽視している事実。それを今、円卓の魔導師達にはっきりと突きつけられていた。


「ただ死ぬだけならまだ幸運と言える目に合うかもしれぬ。その事を何よりも深く心に刻み、儀式に臨むことだ。――――逃げるなら、今しかないぞ?」


ゴットラムの忠告に、円卓に重い沈黙が降りる。昨夜アイモスの要請を受け入れた際にも自分達は覚悟を問われ、覚悟を決めた筈だった。だが今、更なる覚悟を求められている。ファジルは考えた。きっと、ウマルはこれを想定してはいなかったのではないか? ファジルは隣に座るウマルの横顔を盗み見る。ウマルは机の上で両手を組み、俯いていた。心なしか顔色が悪い様に見える。


「ウマル……」


ファジルはウマルの背にそっと手を当てた。


「大丈夫」


ウマルは小さく、ファジルに聞こえる程度の声量で呟いた。


沈黙の中、エウフォリオンがゴットラムに問う。


「そう言うお前は……行くのか?」


エウフォリオンにしては珍しく、ゴットラムを真っ直ぐに見つめての問いだった。ゴットラムは自嘲を含んだ笑いを洩らし、答えた。


「私は行く。我が知識欲は死程度では止まらんようだ。君も、理由は違えど死に向かって行けるのだろう?」


当然そうなのだろうとゴットラムに問い返され、エウフォリオンは吠える。


「勿論だ……! ここで引き下がるくらいなら死んだ方がマシだ!」


声高々に宣言されたそれを、ゴットラムは不敵な笑みで受けとった。


「フッ……その意気込みを普段から見せてくれれば我々は良い友になれるだろうにな。では……ファジル、君はどうだ?」


ゴットラムは、今度はファジルに問いかける。突然の問いかけだったが、ファジルは慌てなかった。ファジルの腹は既に括られていた。ここで諦めるのはウマルの命を諦める事と言って良い。そんな事は許容できない。


「愚問です。覚悟はあります」


「ファジルがこう言っているのだ。君も引けぬな? ウマル」


次いでウマルに問いかけるゴットラム。未だ青い顔をしながらも、ウマルは答える。


「自分が死ぬ覚悟なら……とうの昔に出来ている」


ウマルの返答に満足そうに頷いたゴットラムはその後、仲間一人一人の顔を順に見ていった。


「私はそもそも死にそうな魔術ばっかりしてるし」


あっけらかんと言い放つファムム。


「ファムムが死に向かうのはいつもの事だ。私がそれに付き合うのもな」


ファムムの頬を撫でながら言うハーロル。


「至上の名誉を得る機会、逃すつもりは無い」


胸を張って堂々と言い切るメトロス。


「私は特に欲しいものは無いけれど、旦那を一人見送るつもりはないわ。この若さで未亡人なんて嫌だもの。死ぬ時は一緒よ」


そう言ってメトロスの腕を取るフィレーネ。


「芸ってのは今まで人が見たことも無いものが一番受けるんだ。生き残って、誰も見たことが無い神を芸の種にしてやるぜ」


腕を捲って意気込むタラン。


「大勢の男を愛するには金も入り用でね」


不敵に笑って見せるライラ。


「お嬢様が行くなら行かねぇと、神に首を切られる前に御当主様に首切られちまうからなぁ……行くんだよな? お嬢様」


ティマーズの問いに、ムーサは当たり前だと頷いた。


「魔導師の高みを目指す者としても、円卓の長としても、引けないわ。それに、どちらにせよ私達はやるしかない。退路は絶たれているのよ、アイモスにね。恥辱に満ちた余生を選ぶなら別だけれど……そんなつもり、無いわよね?」


ムーサは円卓を見回して言う。皆、深く頷いている。円卓の意思は改めて一つになった。


「さぁ皆、部屋にローブと必要な物を取ってきて。それと、心を落ち着けてくる事。四半刻後にアイモスの塔に集合よ」


ムーサの号令で、魔導師達は散り散りになって自室に向かう。


ファジルもまた、自身の研究室に向かおうとした。だが一人、円卓にウマルが座ったままであることに気付き歩みを止める。


「ウマル……?」


ウマルは焦るように視線をあちらこちらに動かしていた。身体が自由に動いたなら、きっと貧乏ゆすりの一つもしていただろう。そんな落ち着きが無い様子のまま、口を開いた。


「……さっき言った通り、自分が死ぬ覚悟はある。円卓の誰よりも固い自信があるよ。だと言うのに、僕は生きていられるなら生きたいなんて軽い考えで皆を死の危険に巻き込んでしまった。馬鹿だったよ……」


吐き出されたのは、後悔だった。ファジルは僅かに怒りを覚える。まだ、自分を責めるのかと。


「生きたいと望む事が軽いとは思いません。死を覚悟する事と生を望む事、それぞれは矛盾するものでは無いと思います。それに、皆の決意を聞いていなかったのですか? 巻き込んだのはウマルだとしても皆、自身の意志でこれからに向かうのですよ」


だから、自分を責めなくて良いのだ。そう伝えようとするが、ウマルは取り乱した様に尋ねた。


「だけど君は? 君はきっと、僕の為に行くんだろう? 君は今、僕の為に死に向――――っ!」


言い切る前に、ウマルの口は塞がれた。――――ファジルの、唇によって。


驚きに目を開き身を引かせかけたウマルの身体をファジルは強引に抑えこみ、より接吻を深いものにする。ウマルも次第に大人しく応じる様になった。十分な時間ウマルを感じると、ファジルはようやく顔を離す。


呆然とファジルを見るその灰色の瞳を見つめ、ファジルは言う。


()()あなたとこれからもずっと居たいのです。()()これからもあなたに生きていて欲しいのです。私が死に向かうのはあなたの為? 思い上がらないでください……私は、私の為に行くのです。分かりましたか?」


「……ああ、十分に」


パッと笑顔になってファジルはウマルを立ち上がらせた。


「分かったなら、さぁ、ウマルも準備して来て下さい。また後で会いましょう?」


「ああ、また後で会おう」


二人は、それぞれの道に向かう。






◇◆◇






しばらくして、ファジルは円卓がある図書棟の二階にある、自身の研究室に居た。綺麗すぎも汚くも無く、特にこれといった特徴は無い部屋だったが、唯一目立つ点があるとすれば、鎖や様々な形状の刃物、鎚といった懲罰官が用いる道具が壁にかけられていることであろうか。


ファジルはドレスからローブに着替え、椅子に座って一息をつく。そして、ここ二日間の事を思い返した。激動と言う言葉を使うなら、まずこの二日間が相応しいだろう。ウマルと結ばれ、ムーサと和解し……これから、人生最大の魔術儀式に臨むのだ。


人生の幸福と不幸は交互にやってくるものだとファジルは考えていた。ウマルとムーサの件は、今のところ人生で最も幸福な出来事だ。なら、これからの儀式で待っているのは、人生最大の不幸ではないか? 過った考えは直ぐに振り払った。


ふと、ファジルは外の空気を肺に取り込みたい衝動に駆られる。悪い方向に考えが行くのは淀んだ空気のせいだろう……ファジルは窓を開け放った。人通りの少ない裏手に面したファジルの研究室から見える景色は月の光も灯りも無く真っ暗闇で、昼間であれば見える筈の生い茂った草木も何一つ見つからない始末である。


目的通り新鮮な空気を吸おうと深呼吸をするファジル。しかし、ある程度吸ったところでファジルは急遽呼吸を止めた。


何か、異臭がする。


不思議と不快ではないが、ただただ嗅ぎ慣れない、正体に全くの見当もつかない()()が漂ってきていた。それを嗅ぎとったファジルは、一体何がそれを放っているのかと暗黒に目を向ける。何かが見つかるとは思っていなかった。建物が軋んだ際に音の出所に意識せず目を向ける程度の、軽い確認だった。


――――しかし、それは見つかった。闇の中に静かに直立する、黒い人影が。黒い法衣を着た、何者かが。


ファジルは己の目を疑う。大きな木々すら空間と見分けがつかない闇の中であるのに、ましてや、かの人影が来ているのは真っ黒な法衣なのに、その人影だけはくっきりと浮かび上がる様に認識できた。むしろ、周囲の闇がその人物の纏う黒に敗北し、明るささえ発している様に思えた。ファジルが今まで見たことの無いような、真の漆黒だった。


フードを被り顔は見えないが、うつむいている様に見える()()を、ファジルは凝視した。目が離せなかった。頭の中に、今朝のウマルとの会話が甦る。


『黒いローブの怪しい人物が蓙を広げているのを見つけてね。その人物が執拗に奨めてきたのが、あの祈祷文と儀式の手順が書かれた紙束だった』


ヨク=ゾトース召還の直前に現れた黒い法衣を着た何者か。これが偶然である事があり得るだろうか。ウマルの言っていた黒いローブの人物というのは、あの人影の事ではないか? そう思い至ったファジルは、もうそれ以外に答えはないと確信した。


――――確かめなければ。


ファジルの心に妙に確固とした使命感が湧き出てきた。


――――あの人影の元に行かなければ。


普段なら躊躇するような、無謀な考えで頭が占められる。


何かに急かされる様に人影の元に向かおうとするファジルは階段を降りる手間すら惜しくなり、窓から二階の高さを飛び降りて深淵へ降下する。


着地の際に僅かに足を捻ったようで、鈍痛がファジルを襲った。しかし、ファジルの足は一瞬の戸惑いも無く人影へと歩みを進める。足が勝手に動いているかのようだった。人影に近づくにつれて、ファジルの脳内の冷静な部分が危険信号を発した。それでもファジルは不思議と後戻りをする気になれない。足は進み続け、異臭はますます強まり、ファジルはどこか他人事ながら、全く異なった世界に迷いこんだ様に感じた。


遂にファジルは人影の前に立つ。手を目一杯伸ばせば触れられそうな距離だった。視覚、聴覚、嗅覚……五感のどれでも無いが、確かに存在する何かが、人影の異質さを残酷なほど感じさせる。それでもファジルは人影に問いかけた。


「あなたは……誰?」


ファジルが尋ねると、人影は今まで俯かせ続け、フードで隠していた顔を、遂にファジルに見せる。


「――――っ!」


続く言葉をファジルは失った。――――人影が見せた顔は、ファジルの顔そのものだったのだ! 否、目だけは違った。 紅玉の様に赤く輝く光彩はそのままだった。しかしその周り、人であれば本来白い筈のその部分だけは、彼女が纏う法衣の如く、漆黒に染まっていたのだ!


「な、なんでっ!」


訳も分からず困惑するしかないファジルに人影は手を伸ばす。ファジルは後退り、手の届かない所まで逃げた……筈だった。手は尚もファジルに向かって伸びる。そう、()()()いた。手首と肘の間が黒くどろどろとした液体のような物に変化し、蛇のようにファジルに迫る。


更に後退ろうとしたファジルは、飛び降りた際に足を挫いた事もあってか、足をもつれさせて転んでしまった。


「誰か――――」


叫ぼうとした口は、追い付いた手――――黒い液体に呑まれ、最早手の形をしていなかった――――に塞がれた。液体は徐々にその体積を増し、ファジルの口だけでなく、鼻をも覆う。ファジルは息が出来なくなり、伸ばされた手を掴んで振りほどこうと激しくもがくが、何の成果も為せない。


酸欠で霞む意識の中、ファジルは思う。――――ここで死ぬのだろうか……ウマルに、何の助けにも成れず死ぬのだろうか……


(ウマル……ごめんなさい……ごめんなさい……)


ウマルに何度も謝罪しながら、ファジルは意識を失った。

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