プロローグ
とある場所に建つ石の尖塔の頂上、蝋燭の灯りには照らされる部屋の中で、一人の老人が書き物机に向かっていた。見事に純白の紙の上にインクを走らせ、なにやら文字を書き連ねている。
老人のいる部屋に壮年の男が入ってきた。男は背後から、老人に対して親しげに声をかける。
「よぉ、爺さん。久しぶりだな」
老人は振り替えることなく、だが、十分な親愛をもって応えた。
「はは、その爺さんという呼び方はいつまでも変わらぬな。今や君も、私とそう変わらぬ年齢だというのに」
男は老人が向かっている机に近づき、背後から文章の内容を盗み見た。どうやら物語のようだ。題名にあたる部分には大きく、「繰り返すもの」と書かれていた。
男は驚いたように尋ねる。
「あの戦いを物語にするのか?」
「ああ、私の記憶の中で風化させるには、余りに勿体無い体験だったからね」
老人は懐かしむように目をほそめる。
「あの戦いは誰も知ることが無い。あの時代を生きた全ての人類を巻き込んだというのに、結局人々の知るところでは無くなったのだ。引き起こした神々と、私と、君、あの戦いで死んだ者達、そして、あの二人を除いては……思っていたより多いかの? まぁよい」
おどけたように肩をすくめてみせる老人に、男は呆れ顔を向けた。
「彼女が許すか?」
「許すさ。かの戦いが実在したことを示す記録は一切無い。多くの人の目に触れたところで、良くできた空想としか思われぬよ」
語りながらも、老人のペンは進み続ける。
「私は綴る。今は忘れ去られた、遥かなるハイパーボリア大陸で起きた、あの恐るべき戦いの物語をな」




