題名未定 240512
私の生き方について考え、書きました。
あるところに鷲がいました。
広げた翼は大きく、しっかりした羽根が生え揃い、つやつやと輝いていました。
鷲が一つ羽ばたくと、どこまでも高く舞い上がることができます。
鷲は、自分が、はたしてどこまで飛べるかもわからないまま、高く高く、遠く遠くに飛んでいきました。
太陽を背負って空を飛ぶ鷲の姿を、地を歩く生き物たちは皆、網膜を焦がしながら見つめます。
太陽の光が、鷲の身体を黒く染めます。彼らは、鷲がどのくらい高く飛ぶのか、どのくらい早く飛ぶのか、翼を広げた輪郭から想像していたのです。眩しさに目を細めながら鷲を見上げていました。
鷲の方からも、地を歩く生き物、海を泳ぐ生き物、同じように空を飛ぶ生き物がよく見えました。
太陽に照らされる生き物たちをどんな高い空からでも、じっと見ていました。
鷲はとても良い目を持っていたのです。
地上での争いも、波が荒れる様子も、良く鷲には見えました。
鷲は、他の生き物が傷ついている姿を見ると、自分の身も同じようにずきずきと痛むような思いがするのでした。
嵐のときは、自分の翼で、雨風を防げないだろうかとも考えました。
それは、鷲が生きとし生ける命全てを愛していたからです。
空を飛ぶもの、地を歩くもの、海を泳ぐもの。ありとあらゆる生き物が生きている姿が、鷲にとっては美しく思われるのでした。
空を飛んでみたい、そう思う生き物は、鷲を大声で呼びました。
鷲にはどんな小さな声でも聞こえます。その翼をたたみ、空から降りてきた鷲は、呼んだ生き物の話す言葉に耳を傾けました。
生き物は鷲の姿を、その時初めて見るのでした。焼け焦げた瞳で、ぼんやりと鷲を見つめます。
たたんだ翼の大きさも、肉を割く嘴の鋭さも、その生き物は知りませんでした。
思っていたのと、ちがうな、と、思いました。
ただ、鷲は優しい目をしていたので、生き物は臆せず、鷲に言いました。
「一枚羽根をくれないか。」
、と。
鷲は、こんな地味な色の羽根でいいのなら、と、その生き物に、むしった羽根を差し出しました。
生き物は、その羽根を握りしめると、お礼もそこそこに、楽しそうに駆けていきました。
鷲は生き物が喜んでくれたことに満足して、また空へと戻っていきました。
そしてまた陽の光を浴びながら飛ぶ鷲に、手を伸ばす生き物がいました。
助けを求めるその生き物のために、鷲は風を切って急降下します。
死にかけた生き物は、やはり、鷲の羽根を欲しがりました。
「寒い夜が怖い。凍え死んでしまうかもしれない。」
、と言うのです。
鷲の羽根は地味ですが、一枚一枚が分厚く、鷲の翼をしっかりと覆っていました。
鷲は、お安いご用だと言って、むしった羽根を、何枚も差し出しました。
ぶつん、ぶつんと羽が抜けるたびに、翼に痛みが走ります。ただ、鷲は、求められるがままに、羽根を生き物に渡し続けるのでした。
また羽根は生えてくる、そう思って、その生き物が凍えてしまわぬように、鋭い嘴で自分の羽根をむしります。できるだけ多くの羽根を差し出します。
そして、生き物が満足すると、鷲はまた、翼を広げて空に戻りました。
鷲が飛び去った後のことです。鷲のむしった羽根に包まれて、その生き物は、ひっそり凍えて死にました。
よろよろと鷲は空を飛びました。溺れるように、斜めになりながら進んでいきます。
羽根が少なくなった、すかすかの翼を広げて、できるだけ遠くまで飛んでいくつもりです。
そこに、鷲を求める生き物が、そして、鷲と飛んでくれる生き物がいるかもしれないと考えていたからです。
鷲は誰かと飛んでみたかったのです。どこまでも共に飛んでくれる生き物を、探していたのです。
飛ぶ途中で、鷲は、色々な生き物に会いました。
鷲を、美しいと讃えるものも、憧れると尊敬するものも、思ったよりもみすぼらしい姿にがっかりするものもいました。
雀ほどの大きさだと思って鷲を呼んだ小さな生き物は、鷲の大きさに縮み上がり、逃げ出しました。
遠くまで飛んできて、鷲は一匹の蝶を見つけました。
蝶の一対の羽は、鷲の目を奪いました。思わず鷲は舞い降りました。
明るい陽射しの中でひらひらと舞う蝶を鷲は見つめました。その羽は、世界で一番美しいと鷲は思いました。
きっと、自分の探していた生き物は、この蝶だと思いました。
ぼろぼろになった翼を折りたたんだ鷲を、蝶は憐れんでくれました。
「もう羽根を与えなくてもいいのだ」と言いながら、鷲の翼にとまります。
蝶を肩にとまらせた鷲は、その言葉を聞きながらも、さらに羽根を与えます。
「もう羽根をあげるのをやめなさい。」
一対の羽をひらひらさせながら、蝶は何度も鷲に言いました。
どうして鷲は羽根を与えてしまうのか、蝶にも、鷲にも、わかりません。
悲しい顔を見たくない、と、鷲はぼんやり考えます。
鷲は今日も羽根をむしりながら思います。
まだ飛べるだろうか、どこまで飛べるだろうか、飛べなくなったらどうなるのだろうか、と。
その鷲の横をひらひらと、呆れながらも蝶が舞っていることだけが、鷲にとっての喜びなのでした。