〈7〉初めての繋がり
翌日、友雪はさっそく母の畑仕事を手伝った。畑仕事といっても自分たちが食べるだけの野菜を育てている家庭菜園。農家として出荷するようなものではない。
昔は栄治が会社員をしていて、栄治の両親と純子が農業をしていた。
しかし、両親が亡くなると同時に農業を辞め、自分たちの食いぶちだけ野菜を育てていた。たまに作っては野菜を道の駅に販売に行くのが純子は楽しみの一つでもあった。
友雪は純子と一緒に昼食をとると午後は実家の軽トラを借りて鞠子に送る手紙の用紙を買いに駅前に向かった。
駅前に行くと書店と文房具店が合わさったお店があった。
友雪がお店に入るとまず本売り場に行った。ドラマ書きとして、どんな本が平積みされているのか。また表紙のイラストと帯を見るとどこか創作思考が触発された。
そして、文房具の売り場に行くと母と幼い女の子が文房具を見ていた。
友雪はそれを遠巻きに眺めた。
女の子がどういうものを触るのか、何が良いのか。幼い女の子は文具をとっては母に見せながら色々選んでいた。
友雪はその姿を見て、ふと思った。
〈鞠ちゃんはあれぐらいの女の子かな……。おそらく、二人もこんな感じなのかな……〉
母と幼い女の子が文房具売り場から出ていくと友雪は売り場に行った。
可愛らしい用紙はあったが種類は少ない。東京と違い選択肢が少ないのも田舎あるあるなのかもしれない。
友雪は女の子が手に持っていた用紙を選んだ。いかにも女の子が好きそうなピンク色の用紙に可愛いキャラクターが用紙の縁に描いてある紙だ。手紙を入れる可愛らしい封筒もあったので一緒に買った。
文具店を出て郵便局に向かった。
友雪は夏子から来る手紙を郵便局留めにしようと考えていたのだ。
友雪は郵便局の自動ドアが開き、「いらっしゃいませ」の言葉を聞いた途端、踵を返し外に出た。
「いちいち、ここまで手紙を取りに来るのか?」
頻繁にあることではないと思うが、わざわざ駅まで来る用事もない。
友雪は郵便局の前で考えた。
「ようは近所に送ってもらえばいいんだ」
友雪は郵便局留めの手続きをせず比都瑠村に戻った。
友雪はシャングリラの前で軽トラを止めた。ドアを開けると、カウンターの中の調理場で竜司が仕込みの準備をしていた。
「こんちは」
「おう。もう飲みに来たのか?」
「違いますよ。今日はちょっと駅前に買い物に行ってきただけです」
「駅前も随分変わっただろう。随分閉まっている店が多いからな。ここも同じだ。人がいないからイノシシは畑荒らすし、テンは鶏襲うわ、もう野生動物の楽園だよ。まさにシャングリラだ。いずれ俺もテンやイノシシ相手に商売するようになる」竜司は笑った。
奈美がドアをあけて店に入ってきた。
「あら、友ちゃん来てたの」
「ええ、ちょっと先輩にお願いしたいことがありまして」
「お願いってなんだ?」
「ちょっと、住所を貸してくれませんか?」
「住所? 住所なんて借りて何すんだよ。なんか悪いことにでも使うのか?」
「違いますよ」
「あ、わかった。純子さんに知られたくないことに使うんでしょ。エッチなものの届け先とか」奈美がニヤニヤしながら言った。
「違いますよ。でも、母さんには知られたくないのは当たってます」
「じゃぁ、なんだよ」
「手紙です。手紙の送付先にここの住所を使わせてほしいんです」
「手紙の送付先。もしかして彼女か」
「違いますよ」
「じゃぁなんだよ」
「怪しい手紙は御免よ」
「別に怪しくありません。四歳の女の子からの手紙です」
「四歳の女の子?」
友雪は頷いた。
「もしかしてお前の子供?」
「違いますよ」
「じゃぁ、なんだよ。もしかしてロリコン?」
友雪は苦笑した。
「もう、ここでも面倒になるのか。そんなやましいことなんて何一つありませんよ。四歳の女の子は僕の知り合いの子供なんです。その知り合いから手紙が届くことになってるんです。要はその知り合いから娘の文通相手になってくれって頼まれたんです。それで実家に女性から手紙が届くと母さんが過敏に反応するんで家には送られたくないんです。それで出来れば手紙の送付先にここの住所を貸して欲しいんです」
「なんだ。そういうことか」
「別にやましいことに使いたいわけじゃありません。住所、貸してもらえませんか」
「別にいいけど」
「ほんとですか」
「構わないよ」
「ありがとうございます」
「それでその手紙はいつ届くんだ?」
「いつというのはないんです。不定期でいつ届くかわかりません。その子が手紙を出したくなったら出すし、出さなくなったらそこで終わりです」
「なんだよそれ」
「そんなもんです。子供の遊び相手ですから」
「そんなことないわよ。女の子はそういうの結構まめよ」奈美が口を挟んだ。
「まめだったんですか?」友雪が奈美に尋ねた。
奈美は苦笑した。
「いやぁ、私はめんどくさがりだから」
「大体、そんなもんだと思いますよ。その子も今。なんか字書いたり絵描いたりするのが楽しいみたいで。そのうち幼稚園で友達と遊ぶのが楽しくなったら終わります。大君もそうでしょ?」
「そうね。大も女の子ばかり追いかけてるわ。一体誰に似たんだか」奈美は竜司を見た。
竜司は目を逸らし、仕込みの準備を続けた。
「そんなもんですよ」
「でも、案外、長く続くかもよ」奈美はニヤリと笑った。
友雪は駅前から買ってきた可愛らしい手紙に手書きで書いた。
これで母さんに詮索されずに済む、と安堵した。
その夜、シャングリラに飲みに行くついでにバス停傍にある郵便ポストに投函した。
これが二十七歳の友雪と四歳の鞠子の初めての繋がりだった。




