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〈30〉最終話、友雪の娘

柿沼がいる弁護士事務所の会議室に柿沼に呼び出された人々が集まった。

テーブル席の上座に実巳の父である本庄実吉が座っていた。

実吉もまた代議士。

七十一歳でもともと左足が悪く、どこに行くにも杖が手放せない。

実吉は椅子に腰かけ、両手を杖の取っ手に載せて、目を瞑むっている。政治家としての風格からか威厳が漂っていた。

その隣横に実巳の妻の和香が座っていた。

和香は正面に座る夏子と鞠子に視線を送っていた。

夏子は姿勢よく座り、鞠子のことを気にしていた。

夏子の隣に鞠子が座り、鞠子は両手をバッグを抱いて俯いていた。

少し離れた下座に友雪が座っていた。

友雪は夏子の隣に座る鞠子をチラッと見た。そのとき友雪は鞠子が両手で抱いているバッグを見て動揺した。

鞠子が両手で持っているバッグは友雪がプレゼントしたキティちゃんのバッグ。

友雪は後ろめたい気持ちになり、目を逸らした。

それも無理のないこと。

今から自分をパパと言い張る鞠子に自分がパパでないことをはっきりさせなければいけないのだから。

〈もう既に針の筵の中に僕はいる……〉

 友雪は緊張した面持ちで俯いた。

 柿沼がテーブル席の傍に立って進行し始めた。

「お忙しい中、お集まり頂きまことにありがとうございます。本日、お集まり頂いたのは交通事故で無念の死を遂げた本庄実巳氏のお子様である服部鞠子さんの養子縁組について、まずはお顔合わせとして本日お集まり頂きました。レストランもご用意してありますから親睦を深めあっていただければと思っております」

「なら初めからレストランで良かったんじゃありません?」和香が言った。

「そうなのですが、その前に今一度確認したいことがございまして、まずはこちらにお越しいただきました」

「柿沼さん。今更、確認したいことってなんですか? 鞠子さんは実巳さんのお子なんでしょう?」

「ええそうです」

「なら、確認する必要なんて何もないんじゃありません」

「そうなんですが、少しだけ手違いというか誤解がありまして、その誤解をこの場で解いてからレストランの方へ行きたいと思います」

「誤解?」

「はい。実は鞠子さんが自分には父がいると言い張るのでそのことをこの場ではっきりさせたいと思い、今井さんにも来ていただきました」柿沼は友雪を見た。

和香も下座に座る友雪を見た。

夏子も友雪を見たが鞠子は俯いていた。

友雪も俯いていた。

「そこにいる今井さんは鞠子さんがパパと呼んで慕っている方です」

「パパ? 父親なのですか?」和香は友雪を見ながら柿沼に尋ねた。

「父親というか、鞠子さんが父親と思っている方です」

和香は一笑した。

「なんだ。私はてっきりここの事務の方だと思っていましたわ」

「いいえ、違いますよ」柿沼も微笑んだ。

「……」友雪は何も言わず、ただ恐縮し、俯いていた。

「パパを笑わないでください!」鞠子は柿沼を睨んだ。

 鞠子は柿沼に敵意を剥き出しにした。

鞠子は夏子にパパの電話番号を教えると言われても聞けなかった。友雪に会いに行っても名乗ることもしなかった。もし名乗ったら大切なものが壊れてしまう気がして怖かった。それを柿沼は今、鞠子が大切にしていたものを土足で踏みにじろうとしている。しかも、パパを見せしめにするこんな下劣な場を設け、鞠子が大切にしてきたものを引き裂こうとしている。鞠子は柿沼が許せなかった。

柿沼は肩をすくめた。

「これはこれは失礼しました。奥様、私が事実をはっきりさせたいのはお分かりになったと思います。そのためにわざわざ今井さんに来てもらったのです」

和香は背もたれに身を預けてため息をついた。

「……」友雪はこれからここで自分は晒し者になる。晒し者になるためにここに呼ばれたのだ、とはっきりと自覚した。

「では、これから今井さんが鞠子さんのパパなのかどうかこの場ではっきりさせたいと思います。今井さん。私が今井さんに質問しますから、『はい』か『いいえ』でお答えください。事実だけが知りたいのでそれ以外は結構です」

「わかりました」

「では、いきます。今井さんは鞠子さんの実の父ですか? 血の繋がりはありますか?」

「いいえ」

 鞠子の顔が曇った。

「では、夏子さんとご結婚されましたか?」

「いいえ」

「鞠子さんと養子縁組をして養女にしましたか?」

「いいえ」

 鞠子は今にも泣きそうな顔をした。

「では、鞠子さんとは親子の繋がりはないのですね」

「はい」友雪は小さな声で答えた。

すると鞠子が涙を流しながら声をあげた。

「繋がりはあります!」そういって鞠子はキティちゃんのデザインがあるバッグをテーブルの上に置いた。友雪は鞠子を見た。友雪は初めてしっかり鞠子を見た。そして、鞠子がテーブルに置いたバッグも見た。

〈ああ、間違いない。あの夜、シャングリラに居たのは鞠ちゃんだ。この子が鞠ちゃんなんだ〉

鞠子はバッグの中から沢山の手紙をテーブルの上に出した。

「この手紙は幼いころからパパからもらった手紙の一部です。みんなパパが私のために送ってきてくれた手紙です」

柿沼は苦笑を浮かべた。

〈また始まった。どんなに泣きわめこうと法律には決して敵わないことを教えてやる〉

「私はこの手紙にどれだけ助けられたか、勇気づけられたか。私が今こうしているのもパパからの手紙があったからと言っても過言ではありません! 断言できます!」

柿沼は感情的にならず、冷静な口調で言った。

「わかってます。鞠子さんにとって今井さんがどれだけ大切な方かわかってます。ですが、この前から何度も言っているように日本の法律では手紙のやり取りをしていたからといって親子にはなれないんです。法律上、今井さんは鞠子さんにとって赤の他人なのです」

「赤の他人ではありません!」

「失礼しました。赤の他人ではありませんね。友人、そう文通相手。鞠子さんがパパと言っている人は世間でいう文通相手でしかないんですよ」

「違います! 文通相手じゃありません! 私のパパです!」鞠子は涙を流しながら訴えた。

「いやいや、参ったなぁ。これじゃ水掛け論だ。一向に前には進まない。進まないから本日、今井さんに来ていただいたのです。この質問ではっきりさせましょう。今井さんに聞きます」

「はい」

「今井さんは法律上、鞠子さんのパパですか?」

「いいえ」

「そもそも、こうして鞠子さんと会うのもあなたは初めてなんですよね」

「はい」

「では改めてお尋ねします。あなたは鞠子さんと血の通った親子ですか?」

「いいえ」

「戸籍上、親子ですか?」

「いいえ」

「では、あなたは社会的に鞠子さんとは親子でも何でもないんですね」

鞠子にとっても残酷な質問だ。

友雪は回答するたびに自分が裏切り者、卑怯者になっていくと感じた。

友雪は躊躇した。

それを察した柿沼が言った。

「何も迷うことなんてありません。事実だけを答えてください。本当の親子ではないのですね?」

「はい」

「違う! あなたはパパがそういうように誘導している! パパだけが私のパパなんだから!」鞠子が泣き叫んだ。

柿沼は取り乱すことなく、感情的にもならず大人の対応をした。

「でも、今、こうして、鞠子さんがパパと言っている今井さんがパパではないとはっきり答えたのです。今井さんは鞠子さんのパパではないのです」

「あなたがそう言わせたくせに!」

「違いますよ。私は事実を答えてくださいと言ってるだけです」

「私がいじめられているときも、助けてくれたのはパパだからね! パパが私に勇気をくれたんだからね!」鞠子は涙ながらに訴えた。

「これからは本庄家が鞠子さんを守ります。ねぇ奥様」

和香は目の前で繰り広げられている茶番を急に振られて「ええ」と軽く返事をした。

「これからはもういじめられることはありません。安心しください。万一そのようなことがあったら、私も鞠子さんを守りますから」

鞠子は俯く友雪を見ながら静かに涙を流し続けた。

友雪は顔をあげることが出来なかった。

友雪はただ、この嵐が過ぎ去るのを待った。


これでいい。

これで全てが終わる。

ままごとから始まった偽りのパパも何もかも全て終わる。

出直そう。

何もかもリセットし、ここから僕も鞠ちゃんも何もかもやり直すんだ。

間違った人生を正すんだ。


友雪はそう思いながら嵐が去るのを身を小さくして耐えた。耐えることが全ての始まりになるのだ、と。

すると嵐の中から「パパ……、パパ……」と呼ぶ声に友雪は気が付いた。

鞠子が友雪の方を向いて呼び続けていたのだ。

友雪はそれに気が付き、顔をあげて鞠子を見た。

鞠子は涙を流しながら声を絞り出すように言った。

「パパ。私を独りぼっちにしないで……」


涙はどこにあるのだろうか

瞳の奥に涙の湖水でもあるのだろうか

感情が溢れると心が震えて涙が生まれるのだろうか

これほどまでに零れ落ちる涙は一体どこにある

零れ落ちる涙は決して自分の意思で止めることは出来やしない


友雪は鞠子の言葉を聞いた瞬間、涙がとめどなく友雪の目から零れ落ちた。

〈ああ、自分は何をやっているのだろう。僕は何をやろうとしているのだろう〉

友雪は人目をはばからず鞠子と見つめ合いながら共に泣いた。

「パパ。ずっと寂しかったんだからね! 会えなくてずっと寂しかったんだからね!」

鞠子は涙を流しながら優しい声で友雪にお小言を言った。

友雪は思った。


自分にとって他愛ない手紙のやり取りが、鞠子にとってどれほど大切なものだったのか。

かけがえのないものだったのか。

それがたとえままごとであったとしても、鞠子のパパとして手紙のやり取りを始めたときから、僕は鞠子のパパになっていたんだ。

出直すも何もない。

僕は鞠子のパパなんだ。


友雪は泣き顔をあげて、鞠子の隣に座る夏子を見た。

夏子もまた涙を流しながら友雪を見ていた。

「なっちゃん、ごめん。僕は鞠ちゃんが僕のことをパパと呼んでくれるのなら、僕は鞠ちゃんのパパでいたい」

鞠子の泣き顔に笑みが浮かんだ。

夏子は涙を流しながら大きく頷いた。

友雪、鞠子、夏子の三人だけのときが一瞬訪れたが、柿沼がそれを潰した。

 柿沼は感情的になって入ってきた。

「冗談じゃない! 何言ってんだよあんた! 今井さん、あんたを呼んだのはそんなことじゃない! 事実だけを言ってもらうために呼んだんだ!」

「柿沼さん。これお返しします」友雪はカバンから二百万の札束の入った包み紙をテーブルに置き、柿沼の方に差し出した。

「僕にやり直す人生なんてない。僕は鞠子の父です。鞠子はクズ人間になる僕を救ってくれた愛しい娘です。」

「お金云々じゃないよ! 金を返せば親子になれるとかそういう問題じゃないんだ!いいかい、あなたと鞠子さんは血の繋がりもなければ、戸籍上の繋がりもないんだ! この法治国家の日本ではあんたと鞠子さんはただの他人同士なんだよ、わかる、俺の言ってる意味」

「わかってます。でも、鞠ちゃんが僕をパパと呼んでくれるうちは鞠ちゃんのパパでいたいんです」

 鞠子の顔がパッと明るくなった。

「いや、鞠ちゃんがパパというからパパでいたいなんて、そんなの全く通用しないんだよ。論外なんだよ。そんなんでパパになれたら法律なんていらねぇんだよ!」

「すみません」

「いや、すみませんじゃないよ! ああ、わかんねぇ! あんたもあんただ! いい歳こいて。あんたにも日本の法律のことを説明しなきゃいけないのか?」

「わかってます。でも、僕は鞠ちゃんのパパでありたい」

「いや、ありたいからパパになれるとか、そういう問題じゃないって言ってんだよ!今井さん、さっきまで自分は鞠子さんの父親じゃないって答えたよね」

「答えましたが鞠ちゃんが僕をパパと呼んでいるうちはパパでいたいんです」

「ああ、わかんね。ここでも水掛け論? もういい加減にしてよ! それとも出るとこ出るしかないの。裁判ではっきりさせる?」

「たとえ、裁判ではっきりさせても鞠ちゃんが僕をパパと呼んでくれるのならパパでいたい」

「いや、いたいも何も裁判したら、確実にあんた負けるの! 日本はあんたをパパとは認めないの。わかる?」

「それでも、僕は鞠ちゃんのパパでいたい」

「もういい加減にしてよ。ほんと今井さん。このまま行くとあんた、一銭も手に入らないよ」

「構いません」

「後悔するよ」

「構いません」

「勝ち目なんて全くないんだよ。どんなにあがいても法律上、勝てないんだよ。法治国家で生きている以上、法律が絶対なんだよ。それ、わかってる言ってる?」

「わかってます。でも、それでも鞠ちゃんが僕をパパと呼んでくれるのなら僕は鞠子のパパでいたい。僕から鞠ちゃんの手を放すわけにはいかないんです!」

「ああ、もう疲れる。わかった。そこまでいうなら裁判ではっきりさせよう。こんなままごとで裁判を起こすなんて聞いたことないわ。ま、そこまでいうなら仕方ない。裁判で恥かいてもらうしかないな。そうしよう。そうしましょう!」柿沼は半ば呆れ、投げやりに言った。

するとその直後、ガツンという強い衝撃音が室内中に響いた。

その音にここにいる人たち驚き、身をビクッとさせた。

柿沼も驚いた。

室内にいるものはゆっくり音がなった上座を見た。

実吉が上座で目を見開き、両手で持っている杖で床を強く突いたのだ。

一同、言葉を発することもなく、身動き一つ取れず、室内は緊張感に包まれた。

実吉は杖に両手をついたまま、ゆっくり腰を上げて立ち上がった。

和香は実吉を見上げた。

実吉は和香を見ることなく言った。

「和香、帰るぞ」実吉はここで何事もなかったかのような口調で言った。

「あ、はい」和香は慌てて答え、立ち上がった。

「あの。本庄様⁉」柿沼が慌てながら実吉に声をかけたが、実吉はその言葉を聞き入れることなく出口に向かった。

和香が慌てて、会議室のドアを開けた。

実吉は和香が開けているドアから外に出た。

和香も続いて出て行った。

バタンとドアを締まる音がした。

柿沼はただただ茫然と立ち尽くした。

友雪は鞠子と夏子を見た。

鞠子も夏子もまた友雪を見ている。

三人は頬を涙で濡らした顔で笑った。


実吉は迎えの車の後部座席に乗っている。その隣に和香が乗っている。

車内には会話はなく、和香は緊張していた。

車が赤信号で止まったとき、実吉が口を開いた。

「和香」

「はい」

「つまらぬことを考えるな。周りの戯言に惑わされるな。政治家は周りにとやかく言われるものだ。そんなことをいちいち気にするな。誰がなんと言おうとお前は私の娘だ。私の娘として信念をもって生きろ」実吉は静かに和香を諭した。

「はい」

和香は目頭に熱いものが込み上げてくるのを感じた。

実吉が私の娘と言い切ってくれたことが嬉しかった。

実吉の一言で和香は身も心も軽くなった気がした。

青信号になり車は走り出した。

のちに本庄和香は政治家になり、女性目線で社会の変革を志すようになる。


夏子と鞠子は今も二人で暮らし。友雪は実家で暮らしていた。

あの日から三人の間に主だって変わったことはない。

法律上、友雪と鞠子は親子ではない。

三人の間で変わったことがあるとすれば、友雪も鞠子もお互いの顔を知り、何も隠すことがなくなった。手紙以外にも電話やSNSで話したりもしていた。

しかし、友雪は手紙の宛名だけは未だシャングリラに送ってもらっていた。

友雪は鞠子のことを両親には伝えていない。両親に伝えていないのは親子といっても社会的には親子ではない。

そのことを柿沼の前では拒絶したが友雪自身もわかっている。

それをどう両親に話したらいいのか?

話して理解してもらえるものなのか?

友雪は不安だった。

しかし、鞠子が『夏休みにパパの実家に遊びに行きたい』と言い出した。

娘の鞠子がそういうのに自分がそれを拒むことは友雪には出来なかった。

友雪は腹を括り、夕べの食卓でそれとなく話し始めた。

「母さん」

「何?」

友雪は栄治を見た。

栄治は黙って食べ続けていた。

友雪は意を決して切り出した。

「実は僕の娘が夏休みにこの家に遊びに来たいっていうんだ」

純子は思わず箸を落とした。箸は床の上でカランカランと音を立てた。

「え、娘⁉ 友ちゃん、娘がいるの⁉」純子は目を見開いて驚いた表情で友雪を見た。

栄治も箸を持つ手が止まった。

「うん」

「そんなこと、一言も言ってなかったじゃない!」

「いや、娘といってもそんな言うほどのことじゃないから」

「言うほどのことよ!」

「いやぁ」

「東京にいたとき、彼女との間にでも出来たの⁉」

「そんなんじゃないよ」

「じゃなんなのよ! もしかして学生結婚してたとか⁉」

「してないよ」

「じゃぁ一体どういうことよ⁉」純子は取り乱した。

「どういうことって。ただ僕のことをパパと慕う少女がいるんだ」

「なにそれ⁉ もしかして援助交際か何か?」

「違うよ」

「じゃぁ、何よ! 何なのよ!」純子は捲し立てるように尋ねた。

「何なのって」友雪は何て言ったらいいか言葉に詰まった。

「友ちゃん!」純子が焦れて友雪に迫った。

すると栄治が純子に言った。

「お前、少し落ち着いたらどうだ。そう、お前がギャンギャン言っていたら友雪も話すに話せないだろう」

「でも、あなた」

「でももクソもない。少しは落ち着いたらどうだ」

純子は深呼吸して気を落ち着かせようとした。

「友ちゃん。お願い」

「僕の娘というのはね、その女の子にはパパが居なくて、その子がまだ幼い頃、自分がパパ替わりになって手紙のやりとりをしていた女の子なんだ。その子は今、中学二年生になったんだけど、僕が本当のパパでないことを知っているのに、僕のことをパパと呼んでくれてる子なんだ。その子が夏休みにパパの実家に遊びに行きたいと言ってるだけなんだよ」

「じゃぁ、その子は本当の娘ではないのね?」

「本当の娘じゃない。けど、その子は僕のことをパパと呼んでくれる」

「その子にもご両親はいないの?」

「母親がいる。でもその母も僕とその子の親子関係を認めているんだ」

「じゃぁ、友ちゃんはその子のお母さんと結婚するの?」

「しないよ。そのお母さんに最近、いい人が出来たってその子が言ってきたから」

「なんか、よくわからないんだけど……」純子は解せないという顔をした。

「別にお前が分からんでもいいじゃないか」

「良くないわよ。友ちゃんの子供でもない友ちゃんの子が来るなんて、あなたわかる?」

「いいじゃないか。要は友雪の娘が遊びに来たいって言ってるんだ。迎えてやればいいだろう。それだけのことじゃないのか?」

「でも」

「でもなんだ?」

「……」純子は言葉に詰まった。

「友雪の娘が遊びに来るんだ。お前の手料理で振る舞ってやればいいじゃないか」

純子は黙った。何か腑に落ちない顔をしている。

「母さん。会えばきっと好きになるよ。ほんとにいい子なんだ」

純子は友雪を見た。

「そりゃ、楽しみだな。うちはお前一人賑やかだからな。その子が来たらいつもと違う賑やかさになるんじゃないか。お前も楽だろう」

「はいはい。どうせやかましいだけの女よ」純子は少し不貞腐れた。

それを見て友雪は微笑んだ。

このとき始めて父に助けられたと思った。

友雪は難癖付けてくるのは栄治とばかり思っていただけに栄治が友雪のいうことを何も言うことなく受け入れてくれたことが嬉しかった。

「じゃぁ、私はその子に友ちゃんの娘として接すればいいのね?」

「孫が遊びに来たと思えばいいんだろ。そうだな、友雪」

「それでいいよ」

「初孫か。そりゃ、楽しみだな」そういって栄治はご飯を食べ始めた。

「じゃぁ、その子が好きな食べ物とか、色々聞かなくちゃね」

「ありがとう」

「なんていう名前なんだ?」

「服部鞠子。鞠ちゃんと呼んでくれればいいよ」

「鞠ちゃん。鞠ちゃんか」栄治はどこか満足そうな顔をした。

 純子は栄治を見て、思わず微笑んだ。

三人は黙って夕食を食べ始めた。

三人の心の中にはそれぞれ複雑な思いはあるも、その行先には幸福感があった。

三人とも満足そうな顔をしていた。


鞠子が友雪の実家がある駅に降りた。

鞠子の学校が夏休みに入り、さっそく友雪の実家に遊びに来たのだ。

友雪は車で鞠子を迎えに行き、駅前で待つ鞠子を乗せた。

そして、二人は車で実家に向かった。

「乗り換えとか間違えずによく来れたね」

「来れるよ。スマホもあるし。それにここへ来たのはこれで二回目だから」

友雪は考え深げに言った。

「知ってるよ。初めて来たとき、俺は鞠ちゃんがいるのも知らずに醜態晒したんだ。あの後、奈美さんに散々も叩かれたよ」友雪は笑いながら言った。

「奈美さんか……」鞠子は黙った。あの夜のことを思い出していた。

「ほんと、俺はダメなんだ。シナリオコンクールには全く箸にも棒にも引っかからないし、ほんと鞠ちゃんがパパと呼んでいる人は何をやってもダメな人間なんだ」

友雪は運転しながら自虐した。

「パパ」助手席に座る鞠子が友雪を呼んだ。

友雪は横目で鞠子をチラッと見た。

鞠子は友雪を見ながら言った。

「どんなパパでも、私のパパだよ」

友雪は運転をしながら目頭が熱くなった。

鞠子は友雪の顔を見て言った。

「あ、パパまた泣くの?」

「泣かないよ」

「パパは鞠子のパパだからね」鞠子は友雪を泣かそうと言った。

友雪は目頭を熱くしながら前を向いて運転した。

「あ、泣く!」

「泣かないよ。それよりいつまでこっち過ごすの?」

「夏休み中、ずっと」

「ずっと? 何もないよ」

「パパがいるよ。それにパパのお父さんお母さんに、奈美さんも竜司さんもいる」

「まぁ」

「それにママは彼氏がちょくちょく遊びに来るから私がいたらお邪魔でしょう」

「なんだ。そういうことか。厄介払いにあったのか」

「違うよ。そんなんでパパの実家に来たいって言ったんじゃないよ!」

「いいよ」

「よくない!」

「いいんだよ。俺の両親も鞠ちゃんに会いたがってるし、奈美さんも竜司さんも比都瑠村の人もみんな鞠ちゃんに会いたがってるから」

「ほんと?」

「ほんとだよ」


そう、

君は僕を救ってくれた。

僕は君からの手紙を金や夢を叶える手段にしようとした。

しかし、君は僕からの手紙を親子の絆に変えた。

ダメ人間からクズ人間になる僕を君は救ってくれた。

この世にかけがえのないもの、尊いものがあることを僕に教えてくれた。

こんな僕に無償の愛を教えてくれた。

僕は君の手を僕から離すことは決してしない。

そして感謝の証しとして君のことを書くよ。

とても長い手紙になる。

君とであった頃からだから。

僕がどれだけ君に救われたか、

君の手紙に癒されたか、

辛く閉ざされた人生に暖かな光を照らしてくれたか、

僕はそのことを書きたい。

そしていつか、君が旅立ちを迎えたときに渡したい。

それが僕の夢だ。


比都瑠村はもうすぐ。

みんな鞠子を待っている。




   〈終わり〉



「また、お手紙かくね」を書いていたとき、Uru 『あなたがいることで』を聞いてました。

なんかイメージソングとしてハマったのかな。


友雪のイメージキャストは、小島よしおさんなんかいいのかな。

あなたなら、誰をキャスティング、イメージしますか?

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― 新着の感想 ―
素晴らしい物語だと思います。特に、感情の機微やキャラクターたちの内面描写が非常に丁寧で、読者の心に響く構成になっていますね。鞠子と友雪の関係性が、血縁や法律の枠を超え、純粋な愛情とつながりを描いている…
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