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〈2〉友雪、岐路に立つ

友雪は、夏子が中退した後も映画研究会で自主映画を作りながら、テレビ局が主催するシナリオコンクールにシナリオを応募し、プロのシナリオライターへの道を模索していた。

映画研究会に所属する学生のほとんどがプロ志望。将来、映像の世界に携わりたいという夢を抱いていた。その夢を叶える手段としてテレビ局や映画会社が主催するシナリオコンクールに応募して入賞する。入賞すれば、デビューするチャンスにもなるし、就職の際、テレビ局や映画会社、ドラマ制作会社へのアピールにも繋がる。そういう意味もあって映画研究会の学生のほとんどは部活動とは別に個別でコンクールへのシナリオや自主制作した映像を応募をしていた。

しかし、コンクールに入賞するのは狭き門。

応募者は千人を超え、入賞者は三、四人。ほとんどの学生は入賞することなく、就職も希望する映像関連の会社に就職することなく一般企業に入社する。

友雪もコンクールに入賞することなく、ドラマ制作会社にも就職することも出来ず、ドラマとは無関係の一般企業に就職した。

これを機にドラマとは縁を切ろうと思うも学生時代の名残なのか、日常の生活の中に、ふとドラマのネタになるようなものを見つけると、ついそのネタを膨らまして物語を想像してはメモを取っていた。そのメモがたまると暇な時間にシナリオを書いた。

シナリオが出来上がれば一縷の望みを込めてコンクールにシナリオを応募していた。

しかし、狭き門が開くことはなかった。

そんな生活を続けて会社員として五年目を迎えた春のことだった。

友雪、二十七歳。

大学の同級生で映画研究会に所属していた友雪の数少ない友人、中島朔に飲みに行かないか、と誘われたときのことだった。

「今年も応募したのか?」中島が聞いてきた。

「いや、会社が忙しかったから今回は見送った。お前は」

「俺はもう書いてないから。ドラマは見る方に回ったから」

「そっか」

「それより映研にいた穂高のこと覚えてるか?」

「穂高?」友雪はしばらく考えた。「いや、記憶にないなぁ」

「まぁそうだろうな。映研に籍を置いていたけど、俺たちと一緒に映画を撮ることはなかったからなぁ。機材だけ借りて自分で自作自演のショートムービーばかり撮っていたから」

「見たことあるの?」

「ああ、ショートムービーを二三本。なんかチャッチィっていうか、わざとそうしてるのか、なんかよくわからなかったけど。まぁ、穂高の趣味だったのかな」

「ふ~ん。その穂高がどうかしたのか?」

「アメリカのケーブルテレビが主催するショートムービーコンクールで大賞獲ったんだよ」

「大賞⁉」友雪の声は裏返った。

「ああ。アメリカで働いている映研OBに聞いたんだ。向こうの専門誌に載ってたらしい。プロフィールに俺たちの大学の映研出身って書いてあったって。俺もネットで確認したら、マジ載ってたよ」

「本当か」

中島は頷いた。

「まさかアメリカで賞を取るなんてほんとビックリだよ。でも、あいつらしいといえばらしいのかもしれない。あいつ、帰国子女で英語ペラペラだったから。なんかあの自作自演のショートムービーも日本人には分からなくてもアメリカ人にはウケるのかもしれない」

「……」友雪は唖然とした。

「ほんと、あの訳の分からないショートムービーを取っていた穂高がアメリカで大賞を取るとはね。なんか、それ聞いたとき、正直、驚いたっていうよりショックだったよ。あんな訳の分からないショートムービーでもやり続ければ何か起こるのかなって。ほんと、世の中わかんねぇなぁ」

友雪も心ならずショックを受けていた。

同じ映研に所属していた学生がショートムービーで大賞を獲った。しかも、アメリカで。予想だにしないニュースだった。

そのあと中島と映研時代の思い出に花を咲かせて朝まで飲み明かした。

しかし、友雪は穂高のことを聞いてから、ずっとその衝撃が頭に引っかかっていた。

中島と別れた後、ふと自分の人生を想像した。

このままドラマとは無関係の会社に勤め続ければ、おそらく出世もするだろう。妻をめとり家族を持つことも出来るだろう。

しかし、そこに生き甲斐はあるのか?

やりがいは見出せるのか?

はたしてそこに達成感は存在するのか?

そこで自分は満足できるのか?

心からの喜びはあるのだろうか?

プロのシナリオライターになるのは至難の業。まずテレビ局や映画会社が主催するコンクールで受賞ないし入賞しなくてはならない。そのコンクールには毎年千を超える応募があり、選ばれるのはほんの数人。ほとんどの人が落選し、プロへのチャンスも得られない。そんなものに人生を賭けるのは無謀と言っても過言ではない。

しかし、もしコンクールに入賞し、プロへのチャンスを掴めれば。そして自分のドラマがテレビで流れたら。喜びは計り知れないだろう。そんな喜びは普通の人生ではとてもあり得ない。そう考えると人生を賭ける価値があるように見えてならない。

友雪は今の人生は今のところ想像の範疇にある。

そりゃ人生、長く生きていれば山もあれば谷もあるだろう。

しかし、それは自分が望んだ山か? 望んだ末に堕ちてしまった谷か?

おそらく貰い事故、青天の霹靂のようなものがほとんどだろう。決して自ら望んで出来たものではない。なぜなら本当に望んでいるのはプロのシナリオライターになることだから。それが夢だから。

自分のドラマがテレビや映画館で流れるという喜びは至高なもので、自分が望まなければ決して得ることのできない喜び。誰もが叶う喜びではない。

しかし、今の生活からはどう鑑みても決して味わうことの出来ない喜び。

まさに見果てぬ夢。

その見果てぬ夢を穂高はやってのけた。それはまさに穂高の執念。プロになるという想いの強さ。

想いの強さだけは友雪にもある。

しかし、人生の岐路に立たされた就活時代、プロになるということがあまりにも現実的には思えなかった。雲をつかむようなもの。一区切りつけることが妥当に思えた。

友雪はとりあえず諦めたが穂高はやってのけたのだ。

友雪の心は逡巡していた。

〈穂高は穂高と割り切り、このまま今の人生に留まるか、それとも現状を捨て、人生を賭けて夢に向かうか……〉

友雪は今、二十七歳にして初めて今後の人生を左右する運命の岐路に立った。



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