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〈23〉いじめられっ子

 年末に友雪は三十六歳になった。

去年は四方三有紀という元ナンバーワンキャバ嬢が比都瑠村にやってきた。比都瑠村はいつになく盛り上がり、シャングリラで行われた忘年会は普段、顔を出さない人も遊びにきていつになく大盛況だった。

 年が明けて一月。鞠子から手紙が届いた。

内容は第一志望の中学校に合格したというものだった。文面からは喜びしか伝わってこなかった。

「これは何か吉兆かな。こんな俺をパパと呼ぶ少女がいるんだ。俺も頑張らないと。頑張って俺も志望校に合格しなくちゃいけないんだ」

友雪は二月の締切に向けて最後の追い込みに打ち込んだ。

二月、友雪はシナリオコンクールに作品を応募した。

しかし友雪はどうしても強気になれなかった。

毎年自信作を応募しているのに一次審査さえ通らないでは自信のもちようがない。

半信半疑の気持ちは拭えなかった。

七月、その気持ちはまたしても的中した。友雪はまたしても鬼門の一次審査で落選してしまったのだ。

三有紀は当てもなく比都瑠村に出没する友雪の姿を初めて見た。

「今井さんは何をしてるの?」三有紀は奈美に尋ねた。

「何をっていうか、何て言ったらいいのかな……」奈美が答えあぐねていた。

「自分を取り戻すために藻掻いてるんだよ」竜司が三有紀に言った。

「そう。今は辛いけど、人間、落ち込むところまで落ち込めばやがて底につくから」

「底?」

「そう、底。底まで落ちれば上がるしかないでしょ。友ちゃんはそれがわかってる。結局、自分が何をしなければいけないのか。だから、それまでそっとしておいてあげて」

「それはいいけど、底についたら今井さんは一体、何をするの?」

「また作品を作り始めるのよ。落ちた作品以上のドラマを作ろうと思うようになればまた元に戻るから。今はまだ時間がかかるけど大体七月を過ぎれば立ち直る。いつもそうだから」

「これが手伝いにいってたお婆ちゃんが言っていた七月の風物詩ってやつね」

「まぁ、そうね」

「今年も終わらなかったなぁ」感慨深く竜司が言った。

「でも、人は叩かれて強くなる。今井さんはよりパワーアップして帰って来るんじゃない」

「いつも三有紀は前向きだよね」

「そうお」

「そうよ」

「案外、三有紀ちゃんのような人が友雪の嫁さんになったら、なんか人生いい方向に変わるんじゃないか」

「え、私が」

「どう?」

「考えたことないなぁ」

「じゃぁ、考えてみたら」

「そうね。考えてみることを考えてみるわ」三有紀は微笑みながら竜司の提案をはぐらかした。

「でも、これが友ちゃんを奮い立たせるかも」奈美が封筒を掲げた。

「何?」三有紀が尋ねた。

「友ちゃんの大事なお友達」

三有紀は奈美の手に握られている封筒を見た。


 奈美はそれとなく鞠子からの手紙を友雪に何も言わずに渡した。

友雪はそれを黙って受けとった。

手紙の内容は読まずとも察しがついた。中学受験という厳しい戦いを経て志望校に入学した。その学校で青春を謳歌している内容がしたためられているのだろう、と。

それに比べて俺は何をやっているんだ。全く何も変わらない。何一つ変えることが出来ない。

そう思いながら封筒を開けて手紙を読み始めた。


パパ、お元気ですか?

パパのアドバイスが聞きたくてお手紙書きました。

今春から通い始めた中学校のことです。

私のクラスにいじめられっ子がいます。

その人は露骨にいじめられているわけではないのですが、クラスのみんなに無視されています。

勿論、友達も出来ません。

あんなに勉強して志望校に入学して楽しい学園生活が待っているはずなのに、それがクラスのみんなに無視されて一人孤独になっていることが私は理解できません。

無視しているのはクラスでも中心的な人たちでその人たちに同調するように他の生徒もその子に関わろうとせず無視するようになっています。

パパ、私はどうすればいい?

どうすればクラスから無視を無くすことが出来ますか?

どうすればみんな仲良く楽しく学園生活を送ることが出来ますか?

パパならどうしますか?

私はどうすればいいのか分かりません。

何かいい手立てがあるのなら、とアドバイスが聞きたくてパパに手紙しました。

パパ、教えて。


友雪はこの手紙を読んだとき、予想外の内容に驚いた。そして、友雪は助けを求めてきている鞠子にどう答えればいいのか分からなかった。いじめられたという経験が友雪にはなかった。

「学校の先生に言えばいいことなのか。学校の先生にいってもいじめで不幸な結末になってるニュースはよく見かける。希望する中学校に入ってもいじめは存在するのか……」

友雪はどう対処すればいいのか皆目見当がつかなかった。

〈自分が落選して落ち込んでいる場合じゃない〉

 内容が内容だけに友雪はシャングリラにいき奈美と三有紀を店の外に呼び出して手紙を読んでもらった。女性である二人なら鞠子に何かいいアドバイスが聞けるのかもしれないと思ったからだ。

しかし、三有紀の手紙を読み終えてから言ったのはアドバイスではなかった。

「この子、いじめられてる」

「私もそう思う」奈美が呼応した。

「でも、手紙には」

「わかってないなぁ。この子はあなたのことを心配させたくないのよ。だから自分ではなくクラスメイトに置き換えてアドバイスを求めてきたの。それにいじめって、自分で『私いじめられてます』なんて中々言えないものよ。だからいじめられっ子は親にも内緒にして、最悪、自殺しちゃう子がいるんじゃない」三有紀は真剣な眼差しで友雪をみた。

「自殺……」友雪はショックを受けた。そばで聞いていた奈美も神妙な面持ち。

「実は私もここに来る前、いじめにあったんだ」突然、三有紀が告白した。

「え、三有紀が!」奈美が驚いた。

「そう。いじめられて、なんか嫌になってここに来たの。じゃなきゃ、こんな田舎、来ないわ」三有紀は笑った。

「三有紀がいじめにあうなんて信じられない。それってキャバクラで」

「そう」

「ナンバーワンだったのにいじめられていたの?」

「いや、ナンバーワンだった店ではいじめられてない」

「じゃぁ」

「引き抜きにあったんだ」

「引き抜き?」

「私がいたお店は大衆キャバクラで接待で会社役員やお偉いさんが使うような大手ではなかったんだけど、それでもそこでナンバーワンになって、その界隈では知らない人はいないというほど有名になったんだ。そしたら同じ繁華街で全国展開している大手キャバクラからスカウトされたの。『君ならもっと輝ける。全国一位も夢じゃない』って。私もまんざらでもなかったからその誘いにのったの。そして大手キャバクラに喜び勇んでいったら、とんでもない扱い受けたわ」

「……」友雪と奈美は黙って三有紀の話を聞いていた。

「全くホールには出されず、洗い場でグラス洗い。こっちは大手の戦力になるつもりでやってきたのにただの雑用要員よ。それで店長に言ったの。なんでキャバ嬢として働けないのか? そしたらこう言われたわ。『君を戦力とは思っていない。そんな大衆キャバ嬢にうちの店でウロウロされては困る』って」

「何それ」

「要は、私がいたキャバクラが目障りになったから店を潰すために人気者になった私を引き抜いたのよ。私はそこで飼い殺しにあい孤立したわ。今思ってもほんと酷い扱いだったわ。私のいた前のお店もほどなく潰れたわ」

「……」

「それで人間不信になっちゃって、何もかも嫌になったところに山ちゃんに誘われたの。ほんと気晴らしのつもりでね。でも、ほんと来てよかった。ここの生活はほんと人間らしい生活してる。キャバクラ時代は結構、頑張り過ぎてたから。無理していたときもあった。でも、ここにきてほんとリラックスして生きてる。なんせ普通に生きるのに大したお金なんてかからないし、シャングリラに来る人は欲まみれの人じゃないし、ほんと人の幸せってなんなんだろうってつくづく考えさせられるわ」

「人って色々あるのね。三有紀をみてるとそんなことがあったとは思えないんだけどな」

 三有紀は友雪をみた。

「いじめられっ子はね、みんな顔で笑って心で泣くの。だからいじめられていることを知らない周りの人は、いじめられっ子のことを聞かれても普段と変わりなかったっていうの。いじめられっ子はほんと優しいから両親や周りの人のことを考えて本当の姿を見せないのよ」

「そうね。中々、私いじめられてますとは言えないよね」

「でも、この手紙の少女は今井さんに打ち明けてきた。この子は今井さんに頼ってきたのよ。ちゃんと向き合わないといけないと思うよ」

「向き合いたいけど、どうしたらいいかわからないんだ。それにもし鞠ちゃんがいじめられてるなら、ほんとなんとかしたい」

「そうね。私が言えることは自分の中で抱え込むのではなく、もっと周囲を巻き込んで大事にした方がいいと思う。いじめってほんと陰湿な人間がやることよ。だから、その陰湿を大っぴらにした方がいい。ここに陰湿ないじめが存在するって公然と広めた方がいい。クラスメイトだけじゃなく先生も学校もその地域も何もかも巻き込めるものなら全部巻き込んだ方がいい。自分ばかり困るのではなく、みんな一緒に困らせた方がいい。いじめを自分一人で解決しようと思っちゃいけない。そんな代物じゃないから。いじめってほんと怖いよ。人を死に至らしめるものだから。はっきり言っていじめはただの人殺しよ。弁解の余地ないわ」

「……」友雪は三有紀の言葉を聞いて鞠子のことが心配になってその場に固まった。

「でも、この子、友ちゃんにクラスメイトがいじめられてるって嘘をつくなんてほんと健気ね。心配させたくないのね。友ちゃん、ほんと何とかしてあげないと。私も協力出来ることがあるなら協力するから」

「私も力になるわよ。これでも時間とお金とキャバクラで築いた人脈なら少しはあるから」

「ありがとう。奈美さんと四方さんに話してよかった」


友雪は家に帰り、さっそく手紙に向かった。ことは急を要することだけにどうすればいいのか、何を書けばいいのか考えあぐねていたが、いざペンを持ったとき、もう考えることはなかった。三有紀の助言を自分の言葉に置き換えて手紙に書き綴った。それが今、自分が鞠子の力になれる方法だと思ったから。


鞠ちゃんへ。

自分一人で抱え込まないで。

自分一人で解決しようとしないで。

いじめは一人で解決することはできない。

パパやママ、学校の先生やクラスメイト、鞠ちゃんの傍にいる人、ご近所の人、警察の人、全ての人を巻き込んで。

巻き込まれた大人が困るなんて思わないで。

一番、辛い思いをしてるのは鞠ちゃんなんだから。

泣いてもいいんだよ。

叫んでもいいんだよ。

決して一人で悩まないで。

苦しまないで。

いい子でいようなんて思わないで。

大声で「いじめないで!」と叫んでいいんだよ。

苦しかったら叫んでいいんだよ。

叫ぶことは悪いことじゃないんだ。

悲鳴をあげることは悪いことじゃないんだ。

鞠ちゃんのSOSがしっかり周りに聞こえるように。

いじめっ子にも聞こえるように叫んでいいんだよ。

叫ぶのが恥ずかしいのなら僕が傍に行くよ。

僕と一緒にいじめないでって叫ぼう。

鞠ちゃんが叫ばなくても僕が鞠ちゃんの代わりにみんなにはっきりわかるように言うよ。

だからもう、一人で抱え込まないで。

ママの前でもいい子でいようと思わないで。

ママに言っていいんだよ。

ママは鞠ちゃんのことが知りたいんだから。

だから、いじめられていることを言っていいんだよ。

決してママの前でいい子でいようなんて思わないで。

僕はいつでも鞠ちゃんの味方だからそのことを忘れないで。


鞠子は友雪から届いた手紙を読んだ。

泣いた。

心を震わせながら泣いた。

涙を流しながら何度も何度も読み返した。



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