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〈1〉いい人

友雪は夏子が好きだった。

友雪は、事あるごとに夏子に「あなたっていい人ね」と言われた。言われる度に舞い上がった。

〈ひょっとして脈ありなんじゃないか?〉

〈もしかしたら、なっちゃんと付き合えるかも?〉

友雪は甘い期待に酔いしれ、酔った勢いのまま夏子に告白した。

「ごめんなさい。あなたはとってもいい人だけど、私のいい人にはなれない」

彼女にとってのいい人とは、親切な人、優しい人、当たり障りなく気兼ねなく付き合える人……。

要は都合のいい人、何でも頼める親しいお友達に過ぎない。

〈そりゃそうだよな。冷静に考えればなっちゃんと俺じゃ、月と鼈。あまりにも不似合い過ぎる〉

いい人は所詮いい人であって彼氏には慣れない。

友雪はいい人だからといって恋人になれるわけではないことを知った。それは夏子が大学を中退する前のことだった。

今井友雪、服部夏子、二十一歳。


友雪が夏子と出会ったのは夏子が中退する前に行われた学園祭の花形、キャンパスクイーンコンテストだった。

友雪は大学の映画研究会に所属し、自主映画を作っていた。その映画研究会がキャンパスクイーンコンテストで使用するイメージ動画の制作も請け負っていた。それは映画研究会のPRにも繋がり、毎年のサークル活動の実績と宣伝にも一役買った。

キャンパスクイーンの候補に残る女子大生は、卒業後はテレビ局のアナウンサーやアイドルになるような容姿端麗な女性ばかり。当然、スカウト目当ての芸能事務所もやってくる。

その選りすぐりの候補者の中にいて夏子はキャンパスクイーンの最右翼だった。

容姿は勿論、夏子はとても快活で、物怖じせず、飾らない性格の持ち主で、その性格も加味して他の候補者の中で一人だけ学生離れした色気のある大人の女性が混ざっているように見えた。

男子学生たちはそんな夏子の大人っぽさに惹かれ、女子学生たちの中にも『夏子様』と憧憬を抱いているものもいた。

友雪はそんな夏子にいい人と言われ、錯覚していたのだ。

夏子のいい人という恋人はもう既にいた。

本庄実巳、二十七歳。

曾祖父の代から政治家で選挙区は本庄王国と呼ばれ、生まれながらにして政治家の地位が約束されていた。実巳は今、政治家の父の秘書をしていた。

本庄家の悲願は一族から内閣総理大臣を出すこと。それを果たすのが自分の役目だ、と実巳は思っていた。

夏子は二十歳の頃、人づてで銀座の高級クラブ雅で働き始め、実巳と出会った。

「俺が日本を変える」

「変えるって、日本の何を?」

「政治をさ」

「政治? 政治の何を変えるの? 投票率の低さから多くの国民は政治に関心ないんじゃない?」

「わかってる。政治に関心がないのは国民のせいじゃない。今の政治家がつまらないからだ。人が面白くない。何かを期待させる雰囲気もなければ気概もない。演説でも当たり障りないことばかり言う。誰にも嫌われることのない置きに言った内容しかいわない。そんな人間の話を聞いて楽しいか? この人なら日本を変えてくれそうと思えるか?」

「思えないけど。でも、当たり障りのないことを言うのは当然じゃない。人に嫌われていたら当選しないわ」

「でも、言わなければいけないことは沢山ある。それを言って変えてくれそうと思ったらその人に投票しないか? たとえば高齢者の自動車事故なんかまさにそうだ。早急な対応が必要なことだ。しかし、政治家は何も言わない。交通事故に遭われた被害者にさえ寄り添いもしない。それでいいのか?」

「良くはないけど。高齢者を刺激するようなことは言わないわ。投票者のほとんどが高齢者なんだから。高齢者を敵に回したら政治家になれないわよ」

「高齢者を敵に回すと厄介になるのは選挙だけじゃない。そもそも政界の重鎮も高齢者だからな」

「無駄なあがきなんじゃない?」

「だから変えるんだよ。日本を引っ張るはずの政界が未だに年功序列じゃ、変わるものも変わらない。その構造を終わらせる。それが俺の役目だと思ってる。そのために大胆な政策や改革を打ち出していく。たとえば議員の定年制ないし当選回数に上限を設けるとか」

「そんなこと出来るわけないわ」

「だからやるんだよ。そんな何年も議員やって目立った成果も得られないのなら一般企業じゃ左遷だよ、左遷。第一、政治家は終身雇用じゃない。国民の役にも立てず醜態を晒してるだけの重鎮にはなりたくないね」

「お、大胆発言」

「政治家は年齢じゃない。未来へのビジョン、想像力、変化を恐れない人が政治家になって活力を与えるんだ。政治家は時代の最先端をいかなければいけない。そうして国民を引っ張っていくものなんだ」

「本庄王国のプリンスがそんなこと言っていいの? あなたもいずれ政治家になるんでしょ? 絶対、世襲議員って言われるわよ」

「議員は世襲でやるものではないことぐらいわかってる。確かに俺は議員になるきっかけはそれを使う。しかし、長々とやるつもりはない。政治家になって自分がやりたいことをやったらスパッと辞める。尿石のように政界にしがみつくつもりはない。引き際は心得てるつもりだ」

「ふ~ん、そうなんだ」

「馬鹿にしてるな」

「感心しているのよ」

「それが馬鹿にしてるんだよ」

「夏子。もう少し、お行儀よくね」傍にいた雅のママが夏子を窘めた。

「実巳さん、ごめんなさいね。この子、まだ入りたてなの」

「ママ。大丈夫ですよ。忖度なしの会話は楽しい」

「どうぞ、ご贔屓に」夏子は微笑んで見せた。

「どこか棘があるのよね、この子」ママは苦笑した。

「でも私、言霊ってあると思う。だからビッグマウス、私は好きよ。あなたならやってくれそうな気がする」

「誉め言葉として素直に受け取るよ」

 実巳は夏子とはフィーリングが合うと思った。

その後も実巳は夏子に突っ込みを入れられながらしゃべった。場は盛り上がった。

会話で夏子に揚げ足をとられるようなことを言われても、どこか憎めない魅力があった。ママもそこに惹かれ、夏子はクラブ雅の顔になると思っていた。

夏子がキャンパスクイーンコンテストで大人っぽく見えたのはこの誰にも物怖じしない度胸、そして、どこか憎めない愛嬌もさることながら、クラブ雅に遊びを知る大人たちを相手に更にその資質は磨かれ、所作や立ち振る舞いが培われていったのが大きい。

夏子自身も接客業が性に合っていると思っていたし、何より楽しかった。

そして、どうせやるなら普通に生きていたら出会うことのない銀座の高級クラブに遊びに来る一流と呼ばれる人を相手にしてみたかった。

夏子にとってホステスはまさに天職。

実巳は夏子と出会った頃には既に父が決めた会社経営者の娘と結婚していた。

勿論、政略結婚である。

夏子との関係は明らかに不倫。

しかし、夏子はそのことは全く気にも留めなかった。

ただ好きになった相手に奥さんがいただけ。それぐらいにしか思っていなかった。

奥さんから実巳を奪おうという気は毛頭なかった。

〈人生は一度、心の赴くまま生きてこそ幸せ〉

夏子は、今が幸せならそれでいい。

しかし、実巳の妻、和香はそうはいかなかった。

夏子のことを夫を掠め取ろうとする雌猫、と蔑称した。

「なんでも、手に入ると思ったら大間違いよ」

和香は夏子に思い知らせてやりたかった。

しかし、将来、代議士になる夫を妻、自ら陥れるわけにはいかない。スキャンダルを公けに晒すわけにはいかない。でも、あの雌猫の好きなようにさせたくない。

和香は、そんな憎悪を滾らせたまま密かに好機を伺っていた。その好機が学園祭のキャンパスクイーンコンテストだった。

和香は夏子がキャンパスクイーンの候補になったことを知ると、夏子が銀座の高級クラブで働いていることをキャンパスクイーンコンテストを主催している事務局にリークした。

それを聞いた事務局の学生は、キャンパスクイーン候補が銀座の高級クラブでホステスをしているというのは心象が悪いのでは、と言うこととなり、夏子に自ら辞退するよう促した。

夏子は事務局の学生の言うことを受け入れた。

こうして夏子はコンテストの舞台に上がることなく幕が下りた。

和香はことのほか喜んだ。取るに足らない学生のお祭りでも自分の手で引きずり下ろしたことが嬉しかった。

しかし、夏子は和香と同じ熱量を持っていなかった。

コンテストも学園祭の余興の一つ。ただのお祭り。クラブ雅でホステスとしてやりがいを見出している夏子にとっては取るに足らないことだった。逆にどこか大学生でいることに魅力を感じていない夏子にとってそれを終わらせるにはいい機会と思い、そのまま大学も中退した。

友雪は夏子が中退することを知って夏子に告白し、友雪はいい人にも色々あることを知った。



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