〈16〉友雪、引き籠る
純子は心配していた。
友雪が部屋にいることも知らずに洗濯物を部屋に置きに行ったとき、友雪は自室で横になって体を丸めて蹲っていたのだ。
「どうしたの?」と尋ねても友雪は何も答えず、一層体を丸めた。
純子は友雪がいつ帰ってきたのかも気づかず、何があったのかも知ず、たった一日で友雪は別人になってしまったと思った。
シナリオコンクールで落選し、ショックに打ちのめされる友雪の姿は知っている。そして、その失意から立ち直ろうと必死で前に進もうとする姿も見てきている。
しかし、今の友雪はコンクールの落選とは全くの無関係な気がした。無関係なことで友雪が生気を失っていると思えた。
それは食事の支度が出来て呼びにいくと「今は食べたくない」「何もいらない」といい、「どこか悪いの」と聞けば「どこも悪くないよ」とだけ答え、ただ体を丸めて蹲っていた。
八方ふさがり。
純子は悩んだ。
七月に友雪のコンクール落選での落胆する姿を見て。そして、八月、家を開けて帰ってきたときの晴れ晴れとした笑顔を見た。
そして今は、何かに打たれ体を丸めて蹲っている友雪を見て、純子は不安でいっぱいになった。
純子は栄治が今の友雪の姿を見て何か言うのではないかと思い、自分が知るここ数日の友雪のことを話した。
栄治は何も答えなかった。ただ黙って聞いてそのまま何もしなかった。
そのことに純子はホッとした。
そもそも栄治は友雪の三十三歳の誕生日に腹に据えかねていたことを言って以来、友雪とは話をしてなかった。
純子は今の友雪の失意を竜司なら何か知っていると思いシャングリラにいった。
「そうか。それで友雪、顔出さないのか」
「何か知ってるの?」
「知ってるというか」
竜司が話しづらそうなのを察して奈美が口を挟んだ。
「実はコンクールに落選して、気分転換に婚活クルーズにでもいってくれば、と友ちゃんに話したの」
「婚活クルーズ⁉」純子は初めて聞いて驚いた。
「そう。自治体が主催している一泊二日のお見合いパーティー」
「それに友ちゃんはいったの?」
「最初は乗り気ではなかったんだけど、帰ってきたらいい出会いがあったみたいで婚活クルーズにいってよかったって話してたんだけどね」
「……」純子は驚き、言葉が出なかった。
「それで先日、その出会った彼女と初デートにいったのよ。でも、それ以来、一切顔も出さず何の報告もないから私たちも心配してたの」奈美は竜司を見た。
竜司は頷いた。
「そう……」
「上手くいかなかったのね。せっかく、友ちゃんにもなんか良いことが起こったと思ったのに……」奈美は落胆した。
「でも、良かった」
「何がよかったのよ!」奈美は竜司に嚙みついた。
「いや、俺たちが興味本位で友雪に聞き急がずに済んだってことだよ。もし純子さんから何も聞かされずに浮れ気分で友雪に聞いてみろ。最悪だったぞ」
「そうね。そうかもね」
「ほんと、いつもいつも、みんなに心配かけてごめんなさい」純子が頭を下げた。
「謝らないでください。友雪は俺の弟みたいなもんだから別に気にしないでください」
「そうよ。友ちゃんは私たちの家族も同然よ」
「ありがとう」
純子は竜司と奈美から友雪のことを聞き、原因が何なのか分かっただけでも少しホッとした。竜司と奈美の存在は心強かった。
純子は竜司から聞いた婚活クルーズのことは栄治には言わなかった。友雪も自分に何一つ話さなかったのだから知られたくなかったのだろう。
〈このことには触れないでおこう〉
みんなが友雪をそっとした。
純子はご飯だけは食べてほしいと、部屋の前におにぎりを置き、ドアを軽くノックして合図を送り一階に戻った。
はじめは食べてもらえなかったが、暫くするとおにぎりがなくなっていた。それを見たとき純子は心から安心した。
結局、友雪は十日間、部屋に籠りきりだった。
しかし、友雪も部屋に籠ってずっと横になって体を丸めていたわけじゃない。
確かに二日は体を丸めていた。誰にも会いたくなかった。会いたくはなかったが自分を見失ってはいない。綾香に対しても憎しみに駆られることもなかった。それどころか綾香が言っていた人脈というものを友雪は微塵も考えたことがなかった。
「早乙女さんのいうことも一理ある。人脈があればそれをツテに潜り込むことが出来る。もし親がその業界の人なら親のツテでどうにでもなる。いや親が実力者ならなんとでもなる。世襲はその最たるものだ。この世はお金という人もいるけどそのお金でさえ人脈が金脈を生む。人脈はあらゆるものに勝る。そんなこと俺は考えたこともなかった。それを早乙女さんはわかっていたんだ。早乙女さんは強い人脈を、自分が輝く人脈を手繰り寄せようとしていのかもしれない。たくましい人だ」友雪は微笑んだ。
その微笑みは嘲笑ではない。がんばってるな、という素直な微笑だ。
友雪は時の経つのも忘れ、ひたすら考えた。
自分には業界に入り込める人脈は一つもない。学生時代に映研にいてもほとんどの部員は映研とは無縁な職業についている。何人かは業界に入った人もいるがその中に友人はいない。
友雪は友達と呼べる人はほとんどいない。
友雪は人脈以外に何か違うアプローチはないか、と考えた。
コンクール一択ではあまりにも狭すぎる。ましてや自信作が一次審査も通らない。受賞作を読んでも負けたと思えないのではこのまま遮二無二に応募してもプロになれる可能性は見えない。雲をつかむようなものだ。しかも人脈というアプローチは今の自分には非現実的。いや、多くのプロ志望者は業界との人脈がないからコンクールに応募する。結局、コンクール一択しかないのか?
そのために何をしなければいけないか?
それは毎年、前年を超える面白いドラマを作り続けるしかない。それが最も有意義なこと。それはたとえプロになっても同じ。常に過去の自分の超えていくドラマを作り続けなければいけない。
その答えに辿り着くのに五日が過ぎた。
その頃にはもう綾香への未練はなかった。いや振られた時点で終わっていた。
綾香への想いは会う前が一番熱く、会って自分の現実を言われとき綾香への想いは終わった。
友雪は振られはしたが今の自分の状況を客観的に言ってきた綾香に感謝していた。
それは誰も言わなかったこと。友雪さえも客観的に自分を見たことがなかっただけに余計衝撃を受けた。ましてや人脈など考えたこともなかった。
友雪が部屋に籠っていたのは綾香への失恋もあるが、それは三日ほどであとは客観的に自分の置かれた立場、プロになるためのコンクール以外のアプローチを考えていたのだ。
「俺は失恋してもドラマのことを考えてしまう。俺にはドラマしかない」
友雪は綾香の言葉を思い出した。
〈今のままではきっとあなたは何も叶わない〉
友雪は苦笑した。
「俺は何も叶わないかもしれないけど、藻掻いてみよう」
友雪は自分を取り戻した。
友雪が部屋を出ると純子とばったりあった。
「友ちゃん⁉」純子は友雪をみてびっくりしてその後の言葉が続かなかった。
「ちょっと出かけてくる」
「そう」
純子は家を出て行く友雪の後ろ姿を見送った。




