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〈12〉早乙女綾香

「久しぶりにちょっと友達のところに行ってくる」

友雪は婚活クルーズのことは両親には内緒にしていた。純子も友雪のことが心配だったが友達に会いに行けば、また元気になると思い「いってらっしゃい」としか言わなかった。

友雪はリュックを背負って家を出た。そして、シャングリラに行き竜司に駅まで車で送ってもらった。

「楽しんで来いよ。出来ればいい嫁さん、見つけろよ」

友雪は苦笑した。

 友雪は電車やバスを乗り継いで集合場所の港町に向かった。

 婚活クルーズには二十名ほどの男女が参加するいたってシンプルなお見合いイベント。

男性の参加費が三万円ということもあって予約待ち。女性も審査だけで無料ということもあり県外からの参加者も増え、予約待ちと大盛況イベントとなっている。

 友雪が集合場所の港に着いた。眼前に広がる海を見て、なにか海の広さに気分があらわれる思いがした。

〈やっぱ、海っていいなぁ〉

 岸壁にはクルーズ船が停泊していた。そのクルーズ船を眺めている小さめのキャリーバッグを持った参加者らしき人もちらほらいた。

友雪は時間まで婚活クルーズの参加者に送られてきたパンフレットを読み返した。

待ち合わせ時刻が近づくにつれて参加者がクルーズ船の前に集まってきた。

するとクルーズ船から蝶ネクタイをした司会者とみられる人物とスタッフジャンパーを着た男性一名、女性二名の関係者が降りてきた。

「婚活クルーズ参加者はお集まりください」

 参加者がぞろぞろ司会者の周りに集まった。

「本日は婚活クルーズにお申込いただきありがとうございます。事前にお渡ししたパンフレットにも書いてある通り、これからこのクルーズ船に乗って沖で停泊して海釣りを楽しんでから無人島へ向かいます。そこでバーベキューをして親睦を深めていただき翌日、付き合いたいと思った方に男性が女性に告白してこの港に寄港します。いたってシンプルですがこの出会いの場を有意義なものにするか否かは参加者の方にかかっています。主役は参加者の皆さんです。皆さん、初対面で照れや恥ずかしさはあると思いますが、この婚活クルーズだけはそういうものをなくし積極的にコミュニケーションをとっていただければ、と思っています。何かありましたら、私の他にスタッフジャンパーを着た三人のサポートがいますのでお声をかけてください。それでは今から乗船してもらいます。乗船してから皆さんには自己紹介をしていただきますので宜しくお願いします」

 出港して暫くしてからクルーズ船の参加者一同が座っている場所で一人一人自己紹介をした。自己紹介といっても至ってシンプルで名前と出身地と今の仕事や趣味、そして、この婚活クルーズに参加した動機や意気込みを一人、一分ほどの自己紹介をした。皆どこか緊張な面持ちでよそよそしいところもあった。

この婚活クルーズを機に結婚相手を見つけて田舎で補助金をもらって農業を始めたいとか、代々地元でやっている家業を発展させたいとか、この婚活クルーズにかける熱意を感じ取ることは出来た。

友雪はそんな参加者の熱意を聞いて自分の参加動機が明らかに場違いで不遜だと痛感した。なぜなら友雪はこの婚活で結婚相手を見つけて田舎で何かしたくて参加しているわけではない。ただ自分の落選生活を変える機会になれば、という気分転換で参加しただけだった。

 友雪は自己紹介が自分の番になったとき「プロのシナリオライターになるために地元に戻り毎年テレビ局のシナリオコンクールに応募してます。ですから、今はまだ無職です」と事実だけを述べた。友雪にはそれしか言えなかった。

しかし、それはそれでかなり異色な自己紹介だった。

 司会者は「ぜひ、地元を舞台にしたドラマをたくさん書いて、観光名所になるといいですね」とフォローしてくれた。友雪は苦笑しがら会釈した。

 自己紹介が終わった時には参加者はそれぞれ第一印象から希望相手が出来ていた。中でも男性、女性の一人気は友雪にも想像がついた。

男性では殿村泰史。自己紹介で地元の銘菓のイケメン御曹司。

女性では県外からの参加者、早乙女綾香。明らかにこんな片田舎にいる女性という感じがしないグラビアモデルのような美しさとスタイルを兼ね備え、際立っている。

おそらく参加者の男性の多くは、あまりの美しさから高嶺の花と敬遠する男性も多いだろうと友雪は勝手に想像した。


 参加者の自己紹介が終わって間もなくすると船は沖で停泊した。

「今から釣り大会を始めます。何が釣れるかは運しだいですが魚を釣り上げることが目的ではありません。この釣りを通じて親睦を深めて良い人を釣り上げてもらうための釣り大会です。必ず隣が異性になるようにしてください。男性同士、女性同士にならないようにお願いします。それはこの婚活イベントの決まりごとですので宜しくお願いします。魚が釣れる釣れないに関わらず楽しんでください!」

 参加者の中には初めて釣りをする人も多かったので、スタッフが間に入って教えた。

並びも必ず男性、女性と交互になっているので自然と会話が生まれたり、会話がない男女間にはスタッフが割って入り、話しやすい場を作ったりして、婚活イベントらしくなっていた。

 また魚が釣れればそれはそれで盛り上がりを見せ、参加者の距離は自ずと縮まっていった。距離が縮まると男性が自分の希望する女性の傍に場所移動したり、参加者の間で動きが出始めた。そんな中でも希望相手が被っていると魚を釣り上げてアピールしたい、いいところを見せたいというライバル心が芽生えたり盛り上がりを見せていた。

友雪も船に乗って釣りをするのは初めてだった。初めての沖釣りを友雪なりに楽しんでいたが、周りの参加者ほど熱くはなっていなかった。友雪は他の参加者のように女性に良いとこみせてアピールしたいという思いはない。そもそも場違いなのだ。友雪はそのことを重々承知していたため欲もなくただ海釣りを楽しんでいた。その欲のない雰囲気が功を奏したのか、友雪は早乙女綾香に声をかけられた。現金なもので美人の名前は覚えてしまう。美人役得というべきか、美人は目立つと言うべきか。特に友雪はドラマを描いているということもあって、人の名前には興味があった。早乙女綾香。品がある佇まいに美しさが際立つ彼女には似合っている名前だと思った。

「釣果は?」

「坊主です。何か釣れました?」

「いえ、私、魚触れないんで釣れなくていいんです」

すると、突然、友雪の釣り竿の穂先が海の中に引き込まれるぐらいしなった。

「あ、引いてる」綾香が咄嗟に言った。

友雪は竿をたくし上げてから「お、なんか来たかな」

友雪はリールを巻き始めた。

綾香は友雪の傍にきて釣り糸の先の真っ青の海を見た。

友雪はリールを巻いた。そして暫くすると魚影が見えた。

綾香がたも網を持ってきて、魚を掬おうとした。

「大丈夫?」

「もっと近くに寄せて」

綾香はたも網に魚を入れるが持ち上がらない。

「竿もって」友雪がたも網の取っ手を握り、竿を綾香に渡した。そして、魚の入ったたも網を甲板に引き上げた。

「何が釣れたの?」

「イナダじゃないかな?」

「イナダって」

「出世魚だよ。イナダが成長するとブリになるんだ」

「縁起もんね」

「俺も出世したいよ」

「シナリオライターになりたい?」

「知ってるんだ」

「自己紹介で言ったじゃない」

「よく覚えてたね」

「私も女優目指してプロダクションに所属していた頃があったから」

「ほんと。でも何となくわかる。スカウトされたんだ」

「わかる?」

「わかるよ。特にこの婚活クルーズでは一人だけ違う。際立ってる」

「そうお。でも、あなただって際立ってるわよ」

「僕が?」

「他の人はいかにも結婚相手を探しに来ているのに、あなたからはそういう欲が感じられない。なんか、焦りも見えないし、がっついてもいない。よく言えば自然体。悪く言えば他人事」

友雪は自分を見抜いた綾香に驚いた。

「そうかな」友雪はしらを切った。

「違う?」

 友雪は少し返答に困った。

「確かに。僕は他の人と違って結婚願望ありきで参加してないからそう見えたのかな」

「結婚願望なしで婚活クルーズに参加したの?」

「皆の自己紹介を聞いて、なんか申し訳ないと思ったよ」

「興味本位で参加したことに?」

「違う。なんていうのかな。なんか今を変えるようなきっかけというか、変えてくれそうな何かを探しにきたのかな」

「それって結婚相手じゃないの?」

「いい人がいればそれもいいのかもしれない。けど、俺が変えたいのはやっぱ今の現状。中々プロになれない現状を変えるために今までにないものを生活に取り入れてみようと。とりあえず婚活クルーズの話が出たんで参加してみたんだ。勿論、これに参加したからってプロになれるわけではないのはわかってる。でも、何か藻掻いてみたいんだ。俺には藻掻くことが必要なのかなって。それに値段も手ごろだったし」

 綾香は友雪のいうことを黙って聞いた。

友雪は綾香を見た。

「早乙女さんは結婚相手を探しに?」

「勿論」

「女優さんは辞めたんだ」

「とっくに辞めたわ」

「なんか勿体ないなぁ。一際目立っているのに」

「目立っているかもしれないけど、芸能界に入れば私ぐらいの人はいくらでもいるわ。上には上がいるってまざまざと思い知らされた。あの世界で勝ち抜くなんて私には出来ない。だから綺麗さっぱり辞めた」綾香はあっけらかんと言った。

「そうなんだ。でもなんか勿体ないな」

「随分、話がはずんでますね」

そういって綾香の隣に釣り竿をもってきたのは殿村泰史。友雪が男性一番人気と思ったイケメン御曹司。

「何か釣れましたか」

「イナダが釣れました」

「自分もここで釣ってもいいですか?」

殿村は見た目からして自信に満ち溢れ、地元の名士のせがれ感が漂っていた。

友雪は自信に満ち溢れている男が苦手だった。それは友雪自身がシナリオコンクールで負け続け、自信を失っているということも多分にあった。

友雪はあえて気を利かせるふりをして「じゃぁ、俺、向こうで釣ってきます」と言った。そして去り際に綾香の傍を通るとき綾香が小声で友雪に囁いた。

「ね。芸能界ではチヤホヤされなくても、こっちではチヤホヤされる」

友雪は綾香を横目で見た。

綾香は口元に微笑を湛えていた。

綾香は自分のことが分かっていると友雪は思った。


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